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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第九章 鸞翔鳳集編

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第176話 すべて理解しました!

 天狼星シリウスを確保した翌日、ディンはローハイ教に対応するべく、重要人物を自宅に極秘で招いた。

 自室の対面するソファに座るのは教皇の孫であるルーン・フリージア。

 ルーンは座るなり深々と頭を下げる。


「ディン様のお体を未だお預かり頂いている件、ご迷惑をおかけしております」

「重要な事件ですから仕方ないですよ」

「寛大なお言葉ありがとうございます。ただ、まだロマンピーチ家の元に届けるには時を要するかもしれません」


 そう言って再び深々と頭を下げる。

 未だディンの遺体がないため葬儀が行われていないが、ディンとしては自分の葬儀にどんな顔で出ればいいのかわからなかったので、しばらくは今のままでも問題ないと思っていた。


「捜査の手を一度止めたのですね?」


 暴走するローハイ教を止めるのが最も難題だと思っていたが、あらかじめゼゼが交渉していたらしく、ゼゼを記憶の神殿にかけて以降、その動きは完全に止まっていた。


「止めてるわけではありません。ゼゼ様から進言をいただき、一度深呼吸してる状況……ですかね。調査は継続中です」


 ディンを見る目が少しだけ鋭くなる。

 魔術師団への嫌疑が晴れていないのは明らかだ。よって今回の会談が極めて重要になる。


 ディンは最初に姿を消したゼゼについて言及した。

 対面するルーンはディンの説明に殊勝な表情でじっと一点を見たまま固まっていた。


「というわけでゼゼ様は故郷にお帰りになりました。王都の喧騒から離れて静かな森で余生を過ごしたいという本人の希望です」

「それは表向きで……何かあったんですね?」


 ルーンは断定的に尋ねる。

 ローハイ教が所有する聖剣の塔屋上で戦闘の痕跡が残っており、異常事態が起きたことをルーンは当然把握している。

 ディンはその問いにあえて答えず、視線を下に向ける。


「私の言葉には力がない。素直に耳を傾けてくれる人が……どれだけいるか……」

「ここにいます! このルーンがユナ様のお話を聞かせていただきます!」

「でも、大聖堂の時は……聞いてくれませんでしたよね?」

「そ、それは……」


 ルーンはそこで困った表情に変わる。


「私は兄のことで泣いて怒ってくれたローハイ教の皆さまが嬉しかったです」


 ぽつりとディンは言葉を落とす。


「でも、同時に怖くもありました。暴走しているように見えたのです」

「そういう側面は否定できませんね」


 視線を下に向けたままルーンは言葉を返す。


「……そして、何者かに意図的に暴走させられたようにも感じました」


 その言葉でルーンは視線をディンに向ける。


「どういうことでしょう?」

「兄の遺体が聖堂前に置かれていたことや遺体に高度な魔術の痕跡をあえて残したのはあまりにも作為的です。まるでローハイ教と魔術師団を潰し合わせようと画策してるかのようではありませんか」

「そういう解釈もできますが……高度な魔術を使用したというのが事実であるなら優れた魔術師の犯行であるのは明らかです」


 ルーンは冷静ながら鋭い目つきに変わり言葉を繋げる。


「ディン様は魔術師団が管理する虚空間に入った後、行方をくらましています。となるとそこで何かあったとみるべき。疑うべきはやはり魔術師団です」

「討伐記録全書の空間ですよね? そこは確か団員以外も出入りできるはずです」

「ゼゼ様の許可がないと入れません。それは一般の団員も同じです。許可なくその空間に出入りできるのは幹部と六天花と呼ばれる特別な魔術師のみ」


 場は静寂に包まれる。

 ディンはここで深刻な表情をしながらゆっくり切り出す。


「……詠み人のお役目を終えた直後には色々言えなかったことがあるんです」

「言えなかったこととは?」


 ディンは言い淀むふりをする。


「これを言っていいのか……判断がつかなくて。ルーンさんに相談すべきなのかも……私には判断が……」


 その言葉でルーンは自分が頼られたのだと察し、眼を見開き背筋がピンと伸びる。


「ユナ様! 私は何があってもあなたの味方であり、ここでの会話は一切他言しません! 誰かに話すことで物事が進むことは多々あります!」

「そうです……かね」

「そうです! ユナ様、私を信じて」


 そう言ってさりげなく近づき、隣に座って強引にディンの手を取る。

 ディンはしばらく思い悩んだ表情をした後、ゆっくりと口を開く。


「私も兄がいなくなった経緯は把握していました。だから、ゼゼ様の……討伐記録全書の記憶についてもこっそり調べたのです。どうしても知るべきだと思って……」


 それはきわどい告白だった。詠み人が読んでいい記憶はあらかじめ決められており、討伐記録全書の記憶に関しては対象に含まれていなかった。

 対象以外の記憶を勝手に読むことは禁忌であり処分の対象になりえたが、ルーンは何も言わず、「それで?」と続きを促す。


「……見たのです。ゼゼ様とある方のやり取りの記憶。ゼゼ様がその方に討伐記録全書の空間に入れるカードを渡していました。魔術師団員ではない方です」

「なっ! それは誰ですか!」


 目を血走らせ、前のめりになるルーンを落ち着かせるように間を空ける。


「私がその方に疑念を持ったのは、魔人のダンジョンに入った時です。魔人の罠により、皆がバラバラにされました。私とその方が音声転移による連絡ができる立場で、私が助けを求める連絡をしたのですが、彼から全く応答がなくて……」

「な、なんですって……」


 憎悪のはらんだ声がルーンの口から自然と出る。


「その後、彼は覚えてないとしらばっくれたのです。それが私の中でずっと引っかかっていたのですが、誰にも相談できなくて……」


 ディンは涙ぐみ、時間をかけて目から涙をひねり落とす。

 一粒、二粒、零れ落ちるそれをルーンはじっと見つめる。


「その方が討伐記録全書の空間に入れるカードを手に入れたのはディン様が入る以前のことですか?」

「……はい。でも、非公式の会談なので記録には残ってないと思います。彼は王族と近い立場におり、ゼゼ様も何か釘を刺された可能性があります」

「なるほど。証拠は一切ないと……当然、カードも処分済みでしょう」


 ぼそぼそとルーンはつぶやく。煮えたぎる何かを必死に押し殺しつつ、冷静に努めているようだった。


「……でも、私の言葉には証拠がありません。私に……力がないから」


 再び静寂に包まれる。うなだれるディンをルーンは聖母のような眼差しで見つめた後、ぎゅっと抱きしめる。


「ユナ様、お気持ち察します。どれだけつらく悔しい思いをなされたのか……私に話してくれたこと、とてもうれしいです」


 ルーンも涙を流していた。それはとめどなく溢れて止まらないようだった。しばらくお互い涙を流す時間が続く。

 それが落ち着いた頃合いにルーンが尋ねる。


「その輩の名前は?」


 どす黒い感情を抑え込むような声。間を置いてディンは答える。


「……第一王子の護衛隊長、ベンジャです」

「あいつが!」


 この世の憎悪を凝縮したような黒い感情が剥き出しになるが、ディンの視線に気づき穏やかな笑みを慌てて貼りつける。


「ユナ様。話してくれてありがとうございます」


 ディンの証言はでっち上げだ。当然、ローハイ教なりにその証言の真意をこれから精査するだろうが、記憶の神殿は読み取った記憶を管理できるよう設計されていない。

 ユナの証言の根拠となるゼゼの記憶はすでに消えており、嘘か真実かは藪の中。


 となるとローハイ教の信者たちは必ず勇者の孫の言葉に天秤を傾ける。

 何よりベンジャはつつけば埃が出るようなことを必ずやっている。


(ベンジャ。お前には俺殺しの罪をかぶせてやるからな)


 ルーンは微笑みながらも目が血走っていた。憎悪が隠せておらず、目の前にいるディンも委縮しそうなほどだ。

 が、少し落ち着きを取り戻した時、ルーンは少し申し訳なさそうな表情に変わった。


「どうしました?」

「えっと。ゼゼ様のことを思い出して。ゼゼ様に働いた数々の無礼はなかったことにはできませんし、謝罪する機会もないと思うと……」


 強引に記憶の神殿にかけたのはルーンが率先して行ったことだ。ルーンなりに責任を感じているらしい。


「別の形で報いるなら、ゼゼ様も喜ぶと思いますよ」

「別の形……ですか」

「ええ。実はルーンさんに個人的な相談がもう一つあるんです」

「なんでしょう?」


 ディンは自分の魔術師団を作る計画を端的に話した。

 それに対し驚くも、熱心にルーンは首を縦に振る。


「確かに魔族がいなくなったとはいえ、魔族討伐部隊はまだまだ組織として必要ですね。なんと素晴らしい先見性! それにユナ様ほど組織を率いる人物としてふさわしい者はおりません!」


 基本、ルーンはディンやユナの提案に対し「なんと素晴らしい!」としか言わないので相談相手としては不適格なのだが、今回はスカウトが目的だ。


「というわけでルーンさんも私の魔術師団に入ってくれませんか?」


 ディンは特に工夫することなく真正面から誘った。


「わ、私が??」

「ええ。やはりルーンさん以上に頼れる方がいない。何よりあなたは魔術の才能がある。私に力を貸していただけませんか?」


 ルーンは少しの間固まっていたが、やがて言葉の意味を理解し、ドン引きするほど激しく泣き出した。


「ル、ルーンさん?」

「ああ。ユナ様にここまで必要とされるなんて! 人生最良の日!」


 そう叫びながら、ディンを無視してその場で祈りだした。

 こうなると待ち時間が長いので嫌だったのだが、終わるまでディンは渋々待つ。

 軽い朝食後すぐに始まった会談だが、ルーンの祈りによりすでに昼食の時間になりつつあった。


 勝手に食事休憩に入ろうと立ち上がったところでルーンの祈りが終わる。


「ああ。なんてこと! すべて理解しました! 今思えば、あれが天啓だったんですね!」

「ん? どういうことです?」

「最後にゼゼ様と話した時にユナ様の味方でいてくれとおっしゃったんです! あれこそユナ様に仕えろという神の導き! ゼゼ様に報い、ユナ様の期待に応えるためにもあなたの作る魔術師団に入団します!」


 興奮気味にルーンはまくしたてる。

 びっくりするほど自分に都合の良い解釈をしてるが、基本ルーンはこんな感じなのでいちいち指摘しない。

 それに魔術師団に入って欲しいのは本心だ。 


 時空魔術の素養を持つルーンの才能は紛れもなく本物だ。短期間に魔術師としてどこまで伸びるかわからないが、間違いなく力になる。


 そして、教皇の孫というのも大きなポイントだ。

 王族と教皇。現在、対立はしていないが見えない綱引きはあらゆる場所で行われている。

 勇者一族との関係もその一つだ。


 勇者一族は国の象徴でありその影響は大きく、教皇と王族にとってもその関係性は重要である。

 ユナが教皇の孫であるルーンと関係性がより密になり、教皇側に傾いていくのはライオネルにとって無視できないはず。


 となれば、現在ユナが独立した武力組織を作ることに反対しているライオネルも勇者一族との関係性を考慮して妥協せざるを得なくなる。

 つまり、ルーンとより親密な関係になればなるほど魔術師団を作りやすくなるというのがディンの読みだ。 


 何よりルーンはルイッゼの兄でもある。兄妹仲は悪くないことは把握しており、本命のルイッゼを引き入れられる可能性がぐんと上がる。

 これほど引き入れてメリットのある人物はいない。

 勇者一族への愛が重すぎるのが難点であるが……


 ふと気づくと、ルーンはディンの前でひざまずいていた。

 ルーンの並々ならぬ覚悟をディンは感じ取り、悪寒が走る。

 こうなると地の果てまでついてきそうな雰囲気がある。


「まあ、とりあえず……よろしく」

「はいっ! ユナ様。どこまでもお供します!」


 この後、ルーンはうれし涙を流しすぎて脱水症状に陥り、丸一日行動不能になった。

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