第172話 これは宿命だ
「うーん……そうか」
翌朝、タンジーがロキドスだとシーザに話したが、その反応は思いのほか薄い。
今までで最も重要な報告をしたつもりなので、肩透かしを食らった気分だ。
「泣き虫ねぇ。それだけじゃ正直……」
「最後の決め手は直感だな」
「普段理論派の癖に、急に感覚派みたいなこと言い出したな」
シーザは疑わし気にディンを見る。
てっきり同意してくれるとばかり思っていたのでディンも自然と渋い表情になる。
「実際に会話して、ピンときたんだ。信じられないのか?」
「別にそういうわけじゃないけどさぁ」
シーザは少し言いにくそうに横目でディンを見て、ぽつりと言う。
「ディンはなんだかんだ殿下のこと好きだろ?」
「……んだよ、それ」
「お前が殿下に肩入れしてるのは会話の節々で感じるんだよ。アンフェアな視点で判断するのは危険だと思う」
思わぬ指摘だった。
「客観的な視点で言ってるつもりだが?」
「本当かよ。お前、身内には結構節穴なところあるからなぁ。ミレイが魔術師って気づいてなかったし」
「ミレイとライオネルを横並びさせるなよ。ライオネルに対して身内意識はない」
そう言いつつ、敵であってほしくない願望があるのは確かだ。
何より直感で判断するというのも確かに自分らしくない。
「ディンのことは信じてるけどさ。殿下の可能性も残しておくべきだ」
シーザは遠まわしにディンの主張を流した。
ライオネルとタンジー。この二人が容疑者として残った時、タンタン以外は全員ライオネルの方に疑いを傾けた。
その根拠の一つがライオネルの持つ魔術師としての資質だ。
「お前も気づいてるだろうが、殿下は強力な魔力を持ってる側の人間だ。魔術師の道を選べば大成しているだろうな。少しでも優れた個体に転生しようと考えるなら第一候補に挙がる」
魔術師らしい視点だが、一理あると思う。
何よりライオネルの周囲にはエリィやベンジャという魔人もおり、魔術師団を嫌っていた点なども含めると、ライオネルの方が色々としっくりくるのも確かだ。
でも、前日にした会話が不思議と頭に残っていた。
タンジーがロキドスだ。
なぜかそういう確信がある。
ただそれを言語化するには直感という言葉を使う以外ない。
伝わらないもどかしさがあったが、これ以上何も言わないことにした。
今は自分だけが答えを持っていればいい。
「ちなみに……ディンから見たロキドスってどんな奴?」
「少し似てるかも」
「誰に?」
ディンは自分を指さす。
シーザは冗談だと受け取ったのか、肩をすくめた。
「とりあえず今日やるべきことに集中しようぜ」
二人並んで魔術師団本部にある地下の瞬間転移部屋へ向かう。
向かう先は王宮。
目的はゼゼの遺物であるダーリア王国の最終兵器、天狼星を手中におさめることだ。
もっとも天狼星のある聖域に関しては謎が多い。
入る権利を持つのは王族のみだという噂だが、真意は定かではない。
「もうすでに奪われてる可能性は?」
「ない。この前、聖域の調整をしたばかりだしな。王族に入る権利があろうとゼゼ様の許可なしに絶対入れない。ゼゼ様って基本自分以外は信じてないしな」
シーザは断言する。説得力があるが、天狼星のある虚空間まで辿り着けるかはノープランだ。
聖域がどういうものかさえディンやシーザは知らない。
「まあ、どうにかなるよ」
詳しいことは言わないが、シーザは何か当てがあるようだった。
「あとあくまで確保だからな。王都を塵にするほどの破壊力って話だ。個人が扱っていいもんじゃない」
「……わかってる」
瞬間移動の台座の上に立った時、横目でシーザを見る。
「俺からも言っておくが、ベンジャがいても感情の波を立てるな。今はまだその時じゃない」
「わかってる」
ふわふわに変身してないシーザは正面を見たまま表情を変えず答える。
魔術師たちにとってもエルフ族にとってもゼゼは特別な存在だ。
ルビナス攻防戦の裏側を聞いて幻滅した部分があったとしても、エルフ族の魔術師であるシーザにとって思い入れのある存在なのは間違いない。
誰よりも悲しみを抱いているはずだが、シーザはディンの前でそれをほとんど出さない。
「さっさと行こうぜ」
そう促され、ディンはカードを使う。それはゼゼ専用の転移カードであり、魔術師団と王宮の転移部屋を繋げるものだ。
一瞬で王宮地下にある台座の前にディンとシーザは転移する。
そこは天井が高く無数の石柱が並ぶ古代神殿のような大広間だ。
待っていたのは、両手を後ろで組むライオネルと縦に細長い護衛と思われる男。
「ユナ! おはよう。それとシーザさん。お久しぶりです」
ライオネルはいつも通りの如才ない笑みを浮かべてディンとシーザを出迎えるも、すぐに殊勝な顔つきに変わった。
「ディンの件……残念でならない」
そう言って目を伏せる。
一瞬で重苦しい雰囲気になるが、ディンはあえて笑顔を作る。
「お気遣いいただきありがとうございます」
「休まなくても平気なのかい?」
「じっとしているより動いている方が落ち着きますから」
「強いな、ユナは。今回は魔術師団の代表としてきたんだよね。退団したと聞いたが」
「ええ。それも含めて報告があります。そちらの方は?」
ディンがライオネルの隣の男に視線を向けると、細長い男は一歩前に出る。
「ユナ様、シーザ様。お初にお目にかかります。私は国王の主治医のルイッゼ・フリージアと申します。ディン様の件、突然のことで驚いております。お力を落とされませんように」
「ご心配いただきありがとうございます……にしてもあなたがルイッゼ様ですか」
「ええ。ルーンの兄と言った方が馴染み深いかもしれませんね」
神経質そうな男が口元だけ歪ませるように笑う。
死神ルイッゼの異名はダーリア王国に轟いている。
世界一の回復魔術師であるが、同時に世界一の狂人とも呼ばれていた。
身体のあらゆる部分を少しずつ切断し、状態維持魔術をかけてそれらを繋げ、腕や足、臓器の複製をしている男としても有名だ。
ユナが昏睡状態だった時、ルーンから兄のルイッゼを紹介したいと提案されたが、倫理観のない男と判断し即刻断った。
今、目の前のルイッゼを観察して、その判断は正しかったと確信する。頭のネジがぶっ飛んでそうな雰囲気がにじみ出ていた。
「……そういえば、ベンジャさんはいないんですか?」
「ああ。彼は別の仕事を一時的にね。問題かな?」
「いえ、全く」
ライオネルと並んで、雑談しながら移動する。
「喫緊の用件ってことだけど、その前にユナに案内したい場所がある」
地下から階段を上り、豪華な装飾が施された廊下をしばらく進むと、荘厳な扉の前に立つ鎧を着た王宮近衛兵が見えた。
物々しい雰囲気の二人がライオネルに気づくとそれぞれ頭を下げる。
「父の私室なんだが、ここははじめてかな?」
「そうですね」
国王であるアンベール・ローズは病弱で寝込むことが多い。本来、弱った姿を関係者以外に見せることはないが、勇者一族は特別なのか、ディンは一度だけ王の私室に入ったことがある。だが、ユナとしてははじめての場所だ。
ライオネルは開かれた重厚な扉の奥に進み、ディンたちもそれに続く。
中央に豪華なベルベッドのソファがあり、右手側には薔薇の彫刻が刻まれたテーブルと椅子が並んでいた。広々とした居間に入ってすぐライオネルは思い出したように振り返る。
「シーザさんはここで少し休んでいてもらえませんか?」
上品な笑みだが有無を言わせぬ圧があり、シーザはこくこくと首を縦に振る。
居間の隣は寝室となっており、中に入ると真ん中に赤い天蓋ベッドがぽつりとあった。
近くにたたずむ二人の使用人が揃って頭を下げ、「お変わりありません」と手短に説明する。
「ありがとう」
その言葉を合図に使用人とルイッゼは寝室から出ていく。ライオネルに促され、ディンはベッドのすぐそばにある椅子の一つに座った。
国王アンベール・ローズはわずかに吐息を立てて眠っているが、やつれた頬や生気のない顔色から病状は深刻であることが伺える。
「もう長くない」
隣の椅子に座ったライオネルはぽつりとつぶやく。
「昔から身体はあまり強くなかった。しょっちゅう倒れては公務を母や僕が代わりにこなしていた。ここまで騙し騙し回復魔術で生き長らえてきたけどそれも限界みたいなんだ」
「そうなんですね」
ディンはその残酷な内情を知っている。
アンベール・ローズは臓器が腐る病気にかかっており、回復魔術を施してその症状を一時的に和らげることはできるがまたすぐにひどくなる。
一級魔道具、天使の慈愛で完全に治したとしても、また同じように臓器が腐る。
もともとの臓器が絶望的に悪いというのが医者の見解だ。
アンベールは人生の中で、天使の慈愛を少なくとも百回以上使用しており、上級ポーションの使用はもはや数えきれない。
巷で上質なポーションが全く流れないのは、アンベールが原因の一つだ。
本来の寿命は二十年もなかったと言われるほどの虚弱体質がここまで生きているのはある意味奇跡であるが、その治療費は莫大であらゆる面に歪みが生じていた。
治ることのない国王を強引に生き長らえさせていたのは後継者が育つまで待っていたと言われている。つまり、ライオネルが国王になる準備が整えば、アンベール・ローズは死ぬ運命にある。
ライオネルにとって王になることは、父と永遠の別れを意味するのだ。その心中は察するに余りある。
「不思議だな。平和な時代を僕たちは生きてるはずなのに、僕らの周囲には死がつき纏う。まるで死神が旋回しているかのようだ」
ライオネルは重い言葉を冗談めかすように言い、寂しげに笑った。
ライオネルは実の兄二人を亡くしている以外に、血の繋がりのない兄妹や親戚も亡くしている。
それは王室内での暗い謀略が関係しているのは明らかだ。目に見える部分は華やかだが、根元には黒い部分がたくさんある。
ライオネルが知らないはずはないが、それについては一切口にしない。
「昔、ディンとここで話をしたことを昨日のことのように思い出す。あいつがこの世にいないのは、なんだか変な気分だ」
ディンは思わずライオネルを見る。物思いにふける横顔で昔のことをはっきりと思い出した。
「今の自分から逃げたくなる時がある」
ディンが口にした言葉に驚いた様子でライオネルはこちらを見る。
「って思っちゃいますね。私なら」
「ちょっとびっくりしたよ。昔、ディンにそんなこと言ったんだ」
子供の頃、二人きりの時にライオネルは独り言のようにつぶやいた。当時は気の利いたことは言えなかったが、ライオネルが悲しげな笑みを見せたことだけはずっと記憶に残っていた。
「今も同じ気持ちなんですか?」
「今は違う。僕には王族としての責務があるし、逃げずに受け止める所存だ」
少し間を置いて、眠りにつく国王を見ながら続ける。
「これは宿命だ」
迷いのない言葉に覚悟が滲んでいた。
王族であることに悩み、苦しみ、憂いながらも、その責務をすべてを受け止める。
その過程をディンはそばで見てきた。だからなのか、やはりライオネルがロキドスだと思えなかった。
ロキドスが王族であることに悩んだり、苦しむはずがない。
何事もなかったかのようにライオネルはこちらを見る。
「さて。ここなら二人きりで重要な案件も話せるな」
部屋には眠りにつく国王以外には誰もいない。ディンは身体をライオネルの方に向けて切り出す。
「要件はゼゼ様についてです。すでに報告済みですが、ゼゼ様はエルフの森へ戻りました」
魔術師団の団員にも同じ内容を話したが、急な話に戸惑い訝しむ者が半数以上だ。のっぴきならないことが起きたことを誰もが察したが、詳細を追及する者はほとんどいなかった。
「何も言わずに去るとは……やはりローハイ教とのことで嫌気がさしたのかな」
「記憶を覗かれたことは誰にとっても屈辱ですし、きっかけになったのかもしれません。ただシーザによると、元々持病を患っていたようです。だから、どこかのタイミングで引退してゆっくり静養したい希望があったとか」
「そうか……」
納得したのかわからないが、それ以上ライオネルは言及しない。
「そしてその際、魔術師団が管理する王宮内の聖域について伝言を残していきました」
「天狼星か」
「ええ。厳密には私ではなくシーザですね。同族のよしみで天狼星について情報を共有しており、ゼゼ様に何かあった時はシーザが管理するよう指示を受けていたそうです」
ディンは適当な出まかせを並べ立てる。
「なるほど」
ライオネルは腕を組んで少し考え込む表情を見せた後、何事もなかったかのように立ち上がった。
「では、天狼星のある場所へ案内するよ。ただ辿り着けるかわからないけど」
誤字脱字報告ありがとうございます。
訂正済みです。




