第170話 ドラマチックなのが好きだからさ
「よし、休憩終わりだ。忙しくなるぞ!」
キクのやる気に着火したようで、勢いよく駆けだそうとしたが、ふと思い出したようにこちらを振り返った。
「どうした?」
それには答えず、ポケットから何かを取り出しディンに向かって投げる。
それを掴んで、確認すると透明な球体だった。宝飾品のように美しいが、異常なほど魔力が込められているのがわかる。
「ゼゼ様からもらった。圧縮魔術で圧縮させた魔力の塊だ」
「天狼星か?」
「違う。いざという時の外部魔力源ってところだ。魔力量を一時的に押し上げて大魔術を発動させる時とかに使えると思う」
「なるほど。いざという時の切り札になりそうだな……」
ゼゼとの交渉でちゃっかり利益を得てるキクに呆れつつ、とても貴重なものをキクが譲った事実に不気味さが増す。
「んな顔するなよ。これは僕なりの善意だ」
「お前の口から出る善意なんて信じられない」
「ふっ。日頃の行いのせいだな……まあ、単純に魔道具師じゃなく魔術師が持つことに意味があるものだと判断しただけさ」
「……それでも無料なんて俺たちの間でありえないだろ」
それを聞いてキクは少し考えこむ素振りを見せてから言う。
「魔道具の力でロキドスを追い込むことができたとしても……きっと倒すことはできない。最後にものをいうのは魔術師の自力だ」
「かもな」
「その時、立っているのはフローティアとかタンタンじゃなくて……ディンであってほしいと思ってさ」
キクの言葉に思わず、たじろぐ。
「んだよ、それ」
「だって……ディンは魔術師だろ?」
面と向かって指摘されて変な気分になる。
こそばゆくて何も言えない。
「まあ、とにかく勇者の孫が決めて欲しいなって思っただけ。ドラマチックなのが好きだからさ」
そう言って微笑み、キクは駆け出していった。
ミッセ村はどこを切り取っても牧歌的な光景が広がっていて、たまに歩くとなんだか心が落ち着く。
ミッセ村をぶらついたおかげもあってか、ずいぶん気分転換になった。
すでに夕日が出ており、ディンも自分の邸宅に戻るか迷ったが止める。
「会いにいくか……」
広場から西に向かってしばらく歩く。道なりに進むと教会があり、その先に新しくできた修道院がある。さらに少し進むと、元修道院である建物が見えた。
それは祖父エルマーが身寄りのない子供のために作った孤児院だ。
祖父エルマーの志に共感した者たちにより運営されており、ローハイ教の信者たちが多いが、運営費はロマンピーチ家が捻出している。
ディンからすれば、金と時間を食うだけのものにしか見えなかったが、今となっては祖父のやろうとしたことの意味がわかる。
自分とその周りだけじゃなく、他者へ貢献することの重要性。
年の近い子がいたせいか、祖父エルマーだけじゃなくユナも定期的にこの孤児院を訪ねていた。
ロマンピーチ家にとって関わりの深い場所であり、憩いの場といっても良い場所だが、今は意味合いが変わっている。
頭を悩ませる二択の一人が、今日はここにいることをディンは知っていた。
二つに一つ。
引っ掛かりは頭にあるが、後一歩確信が持てない。
孤児院は緑に囲まれた場所にひっそりたたずんでいる。
左右にある長方形の建物はそれぞれ子供たちの生活する場だ。その真ん中は広場となっており子供たちの遊び場でもある。
広場の奥にある建物は礼拝堂で屋根の上に十字架が立っている。
広場には複数の子供たちが無邪気にかけっこをして遊んでおり、ディンは遠目にそれを見ていた。
「子供は無邪気でいいね」
ふと広場の隅で木刀を持って相対する二人の子供に気づく。
二人とも真剣な表情で木刀を構え、踏み込むタイミングをそれぞれ伺っていた。
その時、唐突に昔のことを思い出す。
子どものころ、勇者の孫としての自負心から鍛えていた時の話だ。
王族と交流を持ち、ライオネルとも知り合ったタイミングだった。
なぜそういうことになったかはっきり思い出せないが、ライオネルと木刀で打ち合うことになったのだ。
当時は子供で浅慮だったせいか、相手が王族だという意識より負けたくないという思いが上回り、ライオネルの肩に渾身の一打を打ち込んだことを今でも思い出す。
打ち込んだ瞬間、ライオネルが呻きその場で膝をついた。
その周囲を大勢の人が取り囲んだ時、事の重要性に気づき、ディンは青ざめた。
「大丈夫だ」
ライオネルは痛みをこらえつつディンに向かって微笑んで見せた。
青紫色のあざができ、打撲痕ができていたが、ライオネルは最後まで表情を崩さなかった。
あの時のことは今でもはっきり覚えている。
思えば、身内が死んだ時や次期国王としてプレッシャーに押しつぶされそうな時もライオネルは同じ表情をして見せた。
たまに弱音を吐くことがあっても、公衆の面前では気丈に振る舞う。
それがライオネル・ローズ。
「あっ……」
ディンはここで気づいた。
二択の絶対的な違い。
「ユナちゃんだ!」
てくてく近づいてきたのは木で作った簡素な人形を持つ五才くらいの女の子。
無垢な瞳をこちらに向けて笑う。
「お友達に会いに来たの?」
「……まあね」
「じゃあまずは私と遊ぼう!」
(なぜそうなる?)
心底そう思ったが、ちょうど塔の鐘が鳴り、「ごはんの時間だ!」と言って子供はそっぽを向いて歩き出した。
建物に入る直前、思い出したようにディンの方を振り返る。
「お友達は今お祈りしてるよ」
それだけ言って子供はてくてくと建物の中に入っていった。
夕食より序列が低かったことは残念だと思う一方、遊ぶ手間が省けてホッとする自分もいた。
気づくと、広場から子供たちがいなくなっていた。
自然とディンの目は奥にある礼拝堂に移る。
ディンはゆっくり近づき、礼拝堂の中央扉を開いた。
石造りの奥行のある空間。左右に窓が均一に並び、柔らかな夕日が差し込んでいる。
装飾の一切ない静謐な空間には長椅子が並び、一番奥にシンプルな祭壇がある。
祭壇の前で片膝をついて祈りをささげる背中を見つける。
ディンは祭壇に向かってゆっくり歩く。
二択の一人である第一王子ライオネル・ローズ。
ライオネルは……次期国王としてのプライドがあるのか、絶対に泣き顔を見せない。
今まで一度もライオネルが泣いたところをディンは見たことがなかった。
――涙腺ぶっ壊れ野郎
ゼゼの記憶から覗いた魔王ロキドスは……ずっと泣いていた。
残ったもう一人の容疑者……
祈っていたエプロンドレスを着た少女はゆっくりとこちらを振り返る。
目からこぼれる涙をぬぐい、ディンに気づくと微笑む。
そこに立っていたのは……泣き虫タンジー。
その顔が一瞬、ゼゼの記憶で見た魔王ロキドスと重なる。
ディンは何も言わず、タンジ―に向かって魔銃を構えた。