第17話 こいつが序列一番?
「最後の課題をクリアしました」
ディンは意気揚々と笑顔でアランに報告する。一方のアランはどこか渋い表情だ。
「うむ。まあ、そうなんだけどさ……さんざん特訓したよな? 引き寄せと反発!」
「それはそれ。これはこれってことで。戦いとは臨機応変にするものでしょ?」
満面の笑みで返されて、アランは何も言い返せない。
引き寄せと反発で徹底的にアランと格闘していたにも関わらず、本番の課題のために秘密兵器を隠していた。
【これが伏線ね。相変わらずずる賢い野郎だ】
念話でシーザはぼやく。しかし、ルール上は何も問題ないし、相手の隙をつくやり方としては悪くない。そのはずだが、心情的に納得しない人間は当然一定数いる。
「ちょっと待て!」
気を失い、介抱されていた対戦した男は目覚めるなり声を荒げた。
「ずりーぞ! いきなり魔道具をぶっ放すなんて! これは魔術師の戦いだ!」
「魔道具の使用は認められているはずだけど?」
実際、この訓練で武器の使用は自由であり、魔道具の持ち込みも許可されている。
「そうだけど! お前、隠し持ってただろうが! そういう小賢しい真似するなってこと! ここは魔術師が正々堂々自分の鍛錬を試す場なんだから」
ディンはその甘さに思わず鼻で笑う。
「街中にいるマフィアやならず者にも同じ言い訳するんですか? 相手が同じ魔道具を持っていても、ずるいと言い訳するのが魔術師ですか?」
「それは……」
「常在戦場という言葉を常日頃、祖父は掲げていました。訓練においても戦場にいる心構えで戦う。あなたがそうやっていちゃもんつけるのは、そういう精神のない証拠だ。それが魔術師か?」
「まあまあ、落ち着け。ユナ」
皆が口をあんぐりする中、アランがいさめるように割って入る。
「ユナの言い分もわかるし、正しい。ただユナもちょっとあれだ……やはり暗黙の了解というものがある。模擬戦で一級魔道具を使うのはな」
あくまで訓練であるので、相手を出し抜くような行為は望ましくないとアランはほのめかした。しかし、ディンは異論を唱える。
「所有する魔道具を使うのは普通ですよね? 一級魔道具を所有しているのも才能の一つだ」
当たり前のように言われて、アランは戸惑った表情を見せる。魔銃自体は一般に普及されているし、別段珍しいものではない。が、ディンの持つ魔銃のように連射性能の高いものはなかなかお目にかかれない。
「普通じゃねーよ! 一級魔道具を使うなんて、金にものを言わせたような戦いじゃないか! 勇者の孫として恥ずかしくないのか!」
聞き捨てならない言葉にディンは鋭く相手を睨みつける。
「今の発言、取り消せ!」
怒りを露わにしたことで場の空気が凍る。
「な、なんだよ急に……」
「ことあるごとにあなたたちは勇者の孫という言葉を使うね。勇者の孫らしく、清く正しく美しくあれ。その言葉で逆にあなたたちは私の行動に縛りを入れている。個性を殺す悪いことだという認識はないの?」
相対する男だけじゃなく周囲も各々複雑な表情で固まる。ディンはその場にいる魔術師たちを全員一瞥し、手合わせした男の前に立つ。
「もちろん、私も勇者の孫という矜持はある。そういう精神でありたいと思う。が、一人の人間であることを忘れて欲しくない。何より勇者の孫らしくあれと私に強く求めるなら、勇者の孫である優位性を使うことくらい問題ないでしょ?」
「そ……それは」
「どちらにしろ一級魔道具を大量に保有しているのは私の優位性です。これを放棄する気はないし、文句を言われる筋合いはない。いいね?」
その場にいた全員が二の句を告げなかった。
【おい、アホ! 地が出てる! 今、思いっきりディンだったぞ!】
シーザの念話で我に返る。
「あっ」
全員の表情を見た時、まずいと今さらながら思った。
魔術師憎しの精神で言いたい放題言い負かしてしまったが、こいつらを敵に回したらユナの立場が悪くなるだけだ。どうやってうまく取り繕うべきかと考えていると、訓練場の入り口の扉がガタンと響いた。
「おっ! 人多いのになんか静かだなぁ!」
暢気な声と共には入ってくる人物に、自然と皆の視線が向く。
のそりのそりと歩いてくる非常に小柄な男。頭は爆発したような丸い髪形で個性的というより、どう見ても変人だ。
「おい! タンタン! 訓練にも顔を出さず、お前はどこをほっつき歩いていた!」
タンタンと呼ばれた男は、アランの怒声も気に留めず、ディンの存在に気づくと目を丸めて近づく。
「ユナじゃん! 噂には聞いてたけど、復活したんだぁ」
「お久しぶりです。タンタンさん」
まったく面識がないが、とりあえず挨拶する。年は二十前後。眠たそうな瞼をこすり、なんだか腑抜けた印象しかない。
「で? 何やってんの?」
「今さら顔を出すとは偉くなったな、タンタン」
ゼゼの言葉に流石に罰の悪そうな顔をする。
「ちょっとお腹痛くて……」
一瞬でばれる嘘を堂々と吐いた。全員、呆れた表情だが、常習犯なのか誰も咎める者はいない。
「まあ、ちょうどいい。ここにいる人間に序列一番の力を見せておけ。全員、どこか気が緩んでいるようなんでな」
「えーっ」
拒絶の表情を見せるが、ゼゼの言葉には逆らえず、タンタンは嘆息する。
「こいつが序列一番?」
ディンの疑問に答えるように念話でシーザが解説する。
【問題児らしいが、六天花の一番だ】
見た目だけだとモブキャラにしか見えない。
「力を見せるってどうやって?」
「そうだな……」
ゼゼはちらりとディンの方を見る。
「ユナと戦ってやれ」
「私と……?」
ディンは戸惑いつつも、一番戸惑っていたのはタンタンだった。
「病み上がりで年下の女の子なんか怪我させられないですよぉ。そもそも負けるわけないし」
負けるわけないという部分は、この世の絶対的法則のように響いた。
ちらりとタンタンを観察する。背はユナと同じくらいのチビ。筋肉も鍛えてるように見えず、立ち姿もやや猫背気味でだらしない。
アランのように筋肉隆々ではないし、フローティアのように魔力が圧倒的ではない。が、魔術師なんてのは見た目によらない傾向が強く、ゼゼなんて一見するとユナ同様、幼子にしか見えない。よって間違いなく何かあるのだろう。
「ユナ、タンタンに一撃与えれば、貴様を私の直属部下にしてやる。そうすれば貴様の知りたい情報も教えてやるぞ」
「ちょっと待ってください。もう課題はクリアしましたよね? 三日以内に上級者枠という約束のはずです」
先ほどの戦闘で勝利して、対人部隊の上級者の課題をクリアしたのは間違いない事実だ。
「と・り・あ・え・ず。三日以内に上級者枠と言ったぞ?」
(このチビエルフ、舐めやがって)
憎たらしい事この上ないが、先ほど揉めたばかりなのでぐっとこらえる。
「タンタンに一撃与えれば私の勝利。必ず事故についての詳細を話す。二言はないですね?」
「ああ。当てられるならな」
ゼゼの言葉尻から絶対的な自信が読み取れる。タンタンがどれ程優れた魔術師かわからないが、タンタンは明らかにこちらを舐めている。先ほどの発言から露骨に攻撃もできないだろうし、何よりタンタンはルーンからもらった魔道具の種をまだ知らない。
(一級魔道具で初見殺ししてやる)
「やりましょう」
これだけ優位な条件であるなら負けるわけにはいかない。