第169話 二択か
王宮地下にあると言われるダーリア王国最終兵器、天狼星。
その実態を知る者は魔術師団内には全くおらず、どこにあるかもはっきりしない。
だが、これが敵の手に渡るのは最悪だ。
一刻も早く確保する必要があるのだが、勇者の孫とはいえ王宮の出入りに手続きは必須。
緊急であることを告げて、ライオネルとの面会が決まった日取りは翌日だった。
よって、シーザと話し合い後、ディンはいったんロマンピーチ邸のあるミッセ村に戻っていた。
正直、休む間も惜しいほどやるべきことも考えるべきことも多いが、多すぎて思考がまとまらない。
「二択か」
その中でも頭を悩ませているのは重要な選択肢。
浮かんで消える二人の顔。
少し頭を整理したくて、散歩することにした。家を出ようとすると玄関扉の前で立っていたのはキクだ。
「やあ」
挨拶は爽やかだが、目にクマができており、いつも以上に不健康に見えた。
「仕事は?」
「やりがいがある。ただ僕も気分転換に歩きたくてさ。ロキドス探しの進捗も把握しておきたい」
キクはそう言って微笑む。
ミーナの魔法を無力化する魔道具製作を頼むと、目を輝かせてキクはそれに没頭していたので、今日までキクに話していないことが色々とたまっていた。
ディンはキクに前日仲間に話した内容を端的に説明する。
どのタイミングか不明だが、伝達魔術でゼゼはシーザに重要なメッセージを残していた。
「転生するための条件は血の繋がりが必須らしい」
とても重要なことをさらっと告げたが、予想の範疇だったのか、キクは片眉を軽く上げて「へぇ」というだけだ。
「まあ……憑依転生なんて本来不可能なものなんだからそれくらいの縛りがあるのは必然だよね」
最初聞いた時ディンは驚いたが、同時に自然と腑に落ちるものがあった。
血の繋がりのある妹のユナだから転生できたのであり、家族以外ならディンは転生できていなかった。
「エリィ・ローズに魔人が転生した事実を含めるととても面白い結論にたどり着くね」
頭の回転が速いキクはここで気づく。
魔人はロキドスの濃い血が流れていると言われており、言ってみれば魔王ロキドスと血縁関係のようなものだ。つまり、エリィ・ローズという王族に魔人が転生できたということはロキドスもダーリア王国の王族に転生できることを意味する。
それによりはっきりしたのは、魔王ロキドスが最初に転生したフィリーベルの正体……
「フィリーベルは……ダーリア王国とトネリコ王国の王族の子ってことだ」
「だから、フィリーベルは一生日陰者として生きたのか……繋がったね」
他国の王族と結婚するのは禁忌ではなく、むしろ政略結婚として頻繁にあったが、トネリコ王国王族は昔、他国の混血を避ける純血主義を重視している時期があった。
その時期に許可なく子を成してしまったのなら、フィリーベルは存在してはいけない子だ。祖父エルマーに箝口令を出し、フィリーベルという存在自体が歴史に抹消された事実も腑に落ちる。
「つまり、ロキドスの容疑者は王族の血を継ぐ者。トネリコ王国の王族、ダーリア王国の王族。そして、孤児だね」
キクはいちいち察しが良くて助かる。
「ああ。ベンジャの例もあるからな」
ベンジャ・シャノン。その出生は孤児だ。アルメニーアの修道院で幼少期は過ごしていたが、生まれながら魔力が高く、魔術師団が身元引受人となった。
その後、第一王子ライオネルに引き抜かれ、現在は平民でも入団できる王宮戦士団に所属。
ライオネルの護衛隊長にまで出世した。
ベンジャの出自は不明だが、間違いなく王族の血を継いでいる。
誰の子かと考えた時、導き出される答えは一つ。
「ベンジャはフィリーベルの子供だ。普通に考えて、他に子供がいてもおかしくはない」
よって容疑者はダーリア王国とトネリコ王国の王族。そして、王族の血を継ぐ名もなき孤児となる。
ここからさらに絞る材料となるのが魔人レンデュラとの会話だ。
レンデュラによると、ロキドスは勇者一族を観察している位置におり、さらに言えばユナが昏睡から目覚めた後、会話した人間の中にロキドスがいることを仄めかした。
「ディンがユナちゃんとして会話した人間の中にいるってなるとだいぶ絞れるな」
「ああ。だが、さらに絞れる」
ゼゼの記憶を読んで、物語の背景がはっきり見えた。
ロキドスの目的はゼゼ討伐。その執着はディンからするともはや異常だ。
「ゼゼへの執着心から……ゼゼと接触できる位置にいる人間だ」
「なるほど。思えば、最初に転生したフィリーベルも魔術師団ご用達の病院に勤めていた。ゼゼ様と少なからず接触していた可能性は高い」
「それを含めると……二人に絞れる」
キクはそれを聞いて驚きの表情を見せる。
「へぇ。面白い。そのうちの一人はずばり……ライオネルだろ?」
ディンはうなずく。
「基本、秘密主義のゼゼは王宮で国王としか面会しない。王妃や第一王女のイネスもゼゼと会える立場なんだが、二人から接触した記録は一切ない。が、ライオネルは何度も面会してる」
「僕としては殿下で決まりだな。次期国王が魔王ロキドスなんて……ドラマチックだしね」
キクは楽し気に笑い、ディンは呆れる。
「お前の冗談は笑えねーよ」
「しかし、殿下は典型的なアンチ魔術師団でしょ? 増幅魔術の禁止を提案したのも彼だし、魔術師団に害することをしていたのは事実だ」
「そうなんだけど、エリィやベンジャが近くにいた事実を忘れるな。それとなく思考誘導できただろうし……ライオネルが本格的にアンチになったのはユナの事故からだしな」
「ふっ。かばうね」
キクの言葉にイラっときたが表情には出さない。
実際、そういう側面は否めない。
ライオネル・ローズは他の誰よりも距離の近い王族であり友だ。
貴族とはいえそんな関係になるなど王族側が歩み寄らなければありえない。悪い意味で捉えると、今までのやり取りすべてが崩れ落ちていく気がした。
それが嫌なんだろう。
「でも、彼であるなら最悪だ。その事態は想定しないと……」
「わかってる」
これはディン自身が向き合わないといけないことだ。
幸いにもライオネルのことは良く知っているので、どこかで怪しい点がなかったか過去の言動を思い出すが、今のところ思い当たることはない。
「ちなみにもう一人の容疑者は?」
キクにその説明をしながら、二人並んで歩く。
ロマンピーチ邸は小高い丘の上にある。そこから家屋の並ぶ石畳みの道を道なりに下りていくと、やがて中心部の広場に出た。
その中心部に立つのは勇者エルマーの銅像だ。囲むように複数の花壇とベンチが置かれていた。村の人間が誰かしらおり、王都にはかなわないが、それなりに活気ある場所だ。
夕方前なので人の出入りは多く、ディンことユナに気づくと皆が笑顔で手を振る。
ミッセ村でロマンピーチ家を知らない者はいない。特にユナは人当りが良く皆から声をかけられていた。
はずだが、この日は皆の笑顔がどこかぎこちなく距離があった。その理由は単純で先日、ディンの死亡が正式に発表されたからだ。
詳細は伏せられているが、ローハイ教の動きのきな臭さから殺人と人々は噂している。
祖父の死は皆悲しんでいたが、ディンの死は驚きとして受けとめられていた。
村の人々はかける言葉が見つからないのか、誰も話しかけてこない。
どちらにしろ立て続けに起きたロマンピーチ家の訃報は村全体に影響を与えており、村の皆の表情は沈んで見えた。
「ロマンピーチ家みたいに沈んでるね」
キクは思ったことをはっきり口にする。
一番懸念していた母のエミーは覚悟していたのか、気丈に振る舞っていた。もっとも目に見える部分だけで一人の時に泣いていたかもしれないが。
ディンは少しの間、勇者エルマーの銅像の前に立っていた。若かりし頃の祖父の銅像であるせいか、いつもここに立つと違和感を覚える。
「こんな感じだっけ?」
「人の記憶なんて意外にいい加減なものさ」
祖父エルマーの銅像を見てると、自然と昔の記憶が溢れてきた。お互い生身の身体で会うことは一生ないのだと思うと、なんだかずいぶん遠くに来た気がする。
「まあ、容疑者絞りはディンに任せよう。両方僕はよく知らないし。それよりその先の話だろ」
「……ああ。ゼゼはいないんだ。お前の力も必要になる」
キクはどこか心ここにあらずといった表情で遠くを見ていた。今まで見せたことのない反応にディンは訝し気な目を向ける。
「んだよ、その顔」
「いや、少し弱気になっててさ。魔道具の限界を感じている」
「お前の口からそんな言葉が出るとはな」
「ゼゼ様が負けたことが少し効いてるかもね。とっておきのアシストをしたつもりだから、猶更だ」
表情からわかりにくいが、ゼゼが戻ってこなくなってからキクが少し気落ちしているのは気づいていた。
「……最高ランクの魔石を持ってしても、ロキドスを倒す火力はない。そこまで計算して魔石を作ったのかもな」
かつてディンが感じていた疑問。
――優秀な魔術師は一級魔道具に対抗できるのか?
この問いはすでにディンの中にも出ていた。
真に強い魔術師は一級魔道具を軽々と凌駕する。
「ロキドスはゼゼを倒すためだけに魔石を作り、魔道具を人類に与えた。俺たち全員舐められてるんだよ」
「そう言われると悔しいけど……」
「仕方ないから、面白い情報を教えてやろう」
「何?」
「カビオサで面白いモノを作ってるやつがいた。戦う自動人形だ」
ディンの説明をしばらく聞いていたキクは目を光らせ、「ほう」とつぶやく。
「……それ。使えそうだね」
「ああ。ただまだ実用段階には程遠かったから、お前の力が必要だ」
「指名は光栄だが……僕でいいのか? ドン・ノゲイトの協力を得られるなら魔道具師も紹介してもらえるだろ?」
「問題ない。違法魔道具の最前線と言われるカビオサで色々な魔道具に触れたが……キク、お前の魔道具が一番いかれてたからな」
キクはディンからの誉め言葉に目を丸くし、少し照れるような仕草で頭をかいた。
「ロキドスを後悔させてやらないとな」
「君といるとやはり退屈しないね」
そう言ってキクは不敵に笑った。