第166話 武器を持つのは、覚悟があるってことでいいな?
その後、私は自分の討伐隊と合流した。私がいなかったことの説明は北の森の異変にいち早く気付き、一人で向かったと言うだけで全員が納得した。
私の強さは他の討伐隊より突き抜けているので、戦いになるなら一人の方が断然やりやすいということを、皆は知っていた。
一声かけなかったことに対し訝しむ者もいたが、誰もそれを口には出さなかった。
その際、ミーナを討伐したこと、魔人たちを追い払ったことを説明した。
「アリア隊のみ先行して街に戻ってます」
「私たちも戻るぞ」
自分の隊員を引き連れて全速力でルビナスへ続く斜面を駆け上がる。
問題はどの程度、蹂躙されているのか。
北側の警備が多少薄くなろうが、城壁の守りは固い。
城壁の上から数の暴力で遠隔攻撃を浴びせれば、魔人とはいえ簡単に突破できない。
突破した時にはちょうど南に出た精鋭部隊が戻ってくるというのが私の読みだった。
その読みを間違えたと気づくのは北門を見た時だ。
城壁の横っ腹をマグマのような灼熱によりぽっかりと穴が空けられており、大きなロスなく魔族は城壁を突破していた。
空いた穴から一気に魔獣がなだれ込んでおり、城壁内は想像以上の惨事となっていた。
建物に燃え広がる炎で明るくなった街を見て私は一瞬固まるが、聞こえてくる人々の悲鳴で我に返る。
「……とにかく人を助けるのが先決だ。私が狩る」
一気呵成に私は目に映る魔獣を狩り続け、街を駆け巡った。
その後、すぐに情勢は傾き、魔獣の殲滅に成功したが、私が想定した以上に街の被害は大きかった。
城壁内のおおよそ二割ほどの区画が被害を受けており、その中にある建物はほぼ損壊されていた。
ルビナスを守る騎士団から詳細を聞くと、魔人たちが相当暴れたらしく、それを相手取ったのがアリアだ。
アリアは予想通り獅子奮迅の活躍を見せて、魔人たちを退けたらしい。
一体も仕留められなかったのは計算外だったが、街の中と外では戦い方も変わる。
住民を守りながらの戦いを強いられ、アリアも勝手が利かなかったのだろう。
魔人のことは一旦頭から消し、生き残った住民の救出や治療の手伝いに専念した。
子供や妊婦が重傷を負っているのを見ると、胸が痛んだ。
この凶兆を呼び込んだのは私だ。
子供の無垢な瞳と目が合う。
重なるミーナの瞳。
私は思わず視線を逸らした。
夜明け前にあらかたの手伝いを終えると、自分の討伐隊の一人に声をかけられる。
「ルドルフ討伐隊のことですが」
そう切り出し、死体を見つけたことを端的に説明され、私は驚いた表情をした。
死体のあった場所を聞きだし、私は単独でそこへ向かった。
当然全部把握済みだが、万が一にも誰かに疑惑を持たれてはならない。
何も知らない私ならこう動くだろうと考えての行動だ。
ルドルフの最後を見届けた場所に戻ると、すでに太陽が昇っていた。
壁のようにそそり立つ大岩と大岩の間に伸びる一本道。
太陽の当たらない影のトンネル手前で背中を向けて立っていたのはアリアだ。
私に気づき、振り返る。
返り血と埃にまみれており、右腕と頬はわずかに火傷していた。
「苦戦したみたいだな」
アリアはそれに答えず、眉をひそめて私を見る。
アリアは感情が表情に出やすい。明らかに私に対して不満を抱いているのが見て取れた。
「あのさ」
肩に乗せた大剣を下ろし、地面に突き刺す。
「話がちげーよ。南から魔族が来るって話だったよな? 真逆の北から来たんだが?」
「言ったろ? スミの予知は絶対じゃない。わずかな行動のずれで大きく変わることもある」
「真逆から来るなんてことあるのかよ? わざわざまわりこんで、敵が襲ってきたってか?」
その眼には何かを疑う感情がともっていた。
「私に言われても困る。文句があるならスミに言え」
「そのスミがいないんだが?」
「スミの力は貴重だ。念のため退避するよう進言したから、ルビナスから一時的に離れてるんじゃないか?」
「裏でこそこそ何やってんだよ」
私を睨みつけアリアは迷いなく切り込む。
「何のことだ?」
「しらばっくれんな」
棘のある言い方に私が睨みを利かせると、アリアは一瞬臆したが視線は外さない。
「北の森で魔人を迎え撃ったそうだな。随分、ヘルプが早い」
「嫌な予感を察知したとしか言えん。私だけなら一時的に離れても問題ない」
「ミーナの首も残さず完全に消滅させたのは?」
「腕や足だけ残しても仕方ないだろ。危険な相手だから全力でやっただけだ。私のやり方に注文をつけるな」
私が魔獣を狩る時、たびたび一定範囲を吹き飛ばして何も残らないということはよくあったので大げさな話ではない。
だから、私はしょうもない言い訳など一切せず、あくまで堂々と振る舞った。
証拠など絶対出ないからばれようがない。
「……ルドルフ討伐隊のことだ」
少し間をあけてアリアは切り出した。
「死体は運んだか?」
「ああ。ミーナの霧にやられて死んだ。外傷はなかった」
そう言って背中を向けて、アリアはしゃがみこむ。
そこは私が魔術を唱えた場所だ。
アリアは地面をじっと見つめていた。
「巨大な結界に閉じ込められて逃げられなかったみたいだ」
私は表情を一切変えない。
結界の外と内側ではミーナの霧による被害の差が激しく、内側は草花や虫などが死滅していた。
見れば明らかであるので、これは想定内の指摘で問題ない。
私がやったとばれることは絶対にない。
「ミーナの仕業か?」
私の問いにアリアは答えない。背中を向けたまま喋り出す。
「恐ろしくでかい結界だ。大魔術の発動にもかかわらず、他の隊員たちは察知していなかった」
「距離があったからだろう。私も気づかなかった」
「結界は一定時間のみ出現する縛りとなっていた。そして、効果が消えると同時に魔術印も綺麗に消える仕組みだ。これほど高度なものをミーナは扱えないはず……」
内心動揺していた。結界が消失した状態で、私の構築した結界の理論を理解できる奴などいないと思っていたからだ。
アリアを舐めすぎていた。
「もしかしたら魔王ロキドスが関与してるかもな。あいつは未知の魔術を使っていた」
アリアは背中を向けたまま、「かもな」とつぶやく。
「ただ私の考えではな……この結界は魔術の極みに達した魔術師の仕業だ。自分の仕業じゃないよう痕跡を消すくらいの腕前だからな。魔人たちがわざわざ痕跡を消すとも思えない」
「……」
「私の知る中で、それだけの技量を持つ魔術師は……一人しかいない」
そういう視点が抜け落ちていたことに気づく。半身振り返るアリアの射抜くような視線は、疑いではなく確信だ。
お互いの視線が交錯し、しばらくの間睨み合う。だが、私は一切視線を外さない。証拠は一切ない。
「なぜだ?」
私は何も言わない。アリアは先ほど地面に突き刺した大剣を握ろうと一歩進む。
「武器を持つのは、覚悟があるってことでいいな?」
私の言葉でアリアは動きを止める。
「本人の前ではっきり言えない腑抜けめ! そういう奴ほど裏でネチネチ下らん噂を垂れ流す」
それはアリアにとって聞いたことがないほど温度の低い言葉だったろう。無理もない。これは殺すと覚悟を決めた時の黒い感情が滲んでいる。
「憶測で濡れ衣を被せる者がいるなら……私は誇りを守るだけだ」
「本気か?」
私はそれに答えない。代わりに口ずさむ。
「たとへ我が身が地獄に落ち、煉獄に焼き尽くさるとも、朽ちぬ我が魂は地獄道を突き進まんとす」
血と罪で固まった道。
戻り道はない。
やると決めたなら、果てまで突き進む。
迷いも、愛憎も、罪悪感も、道を阻む邪魔者も、全部まとめて塵にするだけだ。
そうだろ? 姉さん。