第16話 妙に……胸に飛び込んできます
ユナが魔術師団に復帰した二日目。夕方ごろになり、ゼゼは訓練場に顔を出した。
隅にひっそりと立つ顔馴染みの人間を見つける。
「フローティア」
「お疲れ様です、ゼゼ様」
フローティアはゼゼに気づくなり背筋を伸ばし、一礼する。
「うむ。調子はどうだ? 対人の訓練に交じって、少しは魔術の何たるか学んだか?」
フローティアはもともと対魔族部隊に所属する。が、魔力制御に難があり、一時的に畑違いの対人で学んでいた。
「彼らから学べることは多々ありました。やはり制限の中で戦うのは難しいものがありますね」
街中での戦いは制限の連続だ。
かつてのように派手に魔術を使い、破壊した建物に対し素知らぬふりはできない時代となった。魔術の行使には責任が伴う。当然、魔術師団所属なら公共物を破壊しても、捜査中ならお咎めなしの場合も多い。
が、年々魔術の行使に関しては厳しい制約が課されているのが現実だ。だからこそ周囲に損害を与えない魔力制御が必須となる。
特にフローティアは一際魔力が高く、街中では自分のポテンシャルをまったく出し切れなかった。
「コツは掴んだつもりですし、無駄な魔力の消費ロスなど上達した部分も自分ではあると自負していますが……」
フローティアの視線の先にはユナがいた。
「自分より明らかに才能あるものを見ると、いろいろと感じるものはありますね」
ユナはアランと魔術を交えた組手をしているが、アランと遜色ない動きをしていた。
「うむ。ユナはすっかり調子を取り戻したようだな」
「魔力制御に関しては異常です。あれが才能なんでしょうか?」
フローティアは驚きを通り越して呆れた様子でいう。その瞳の奥にはやや複雑な感情が入り混じっているのがゼゼは察した。
ゼゼは昨日言わなかった違和感を口に出した。
「前のユナって魔力制御は下手糞だったし、魔力の消費も無駄だらけだったよな?」
「はい。圧倒的な魔力量でカバーしている印象でしたね」
今のユナは自在に魔力を制御し、無駄な消費が全くない。驚くべきことに魔術師団内でも最上位に位置しているように思える。
「三年間眠ってる間に魔術に対する体質が変わったってことか? そんなことありえるのか?」
ゼゼの独り言にフローティアは答えない。魔術に関してゼゼにわからないことはこの場にいる誰もが答えることができない問題だ。
「他に何か一緒にいて変わったことはなかったか? 三年前との違い。なんでもいい」
「喋ってる雰囲気などは三年前とあまり変わりませんが……」
言い淀み、フローティアは言葉を濁す。曇った表情から口にするべきことなのか悩んでいるのが察せられた。
「なんだ? はっきり言え」
「スキンシップが多くなったような……」
「ん? どういうことだ?」
「妙に……胸に飛び込んできます」
「別に女子同士でくっつくのはおかしくないんじゃ……」
「顔で胸をすりすりされたり、どさくさに紛れて胸を触ってきます」
時が止まったようにゼゼは腕を組んだまま固まる。
「まあ、触れ合いたい時もあるだろうし、じゃれ合うこともあるんじゃないか」
「ですね。ただ妙に回数が多いような……」
二人の間で沈黙が続く。
「それだけか?」
「もう一つ。気になるってほどではないのですが……」
「この際全部言え」
「着替えてる時……妙に視線を感じます」
再び真正面を見たままゼゼは固まる。
「気のせい……とかじゃなくて?」
「気のせいとかじゃなくて」
「ファッション的なものが気になるとか……?」
「主に脱いでる時に視線を感じます」
二人の間で再び沈黙が続く。
「長い期間人と触れ合ってなかったため、無意識下でスキンシップを求めるようになった。フローティアを観察するのは自分の身体が成長していないことを気にしているんだ!」
ゼゼは強引にそう結論付けた。フローティアは何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「ゼゼ様! お疲れ様です!」
野太い声を上げて、近づいてくるのはアランだ。汗だくになった身体を拭きつつ、ゼゼの隣に立つ。
「お疲れ。ユナはどうだ?」
「やはり天才ですね。あっという間に昔のユナに戻ってきた」
そう言いつつ含みのある表情をする。
「若干の違いも感じましたが」
「違い……な」
その先を口にしないのは、三年間眠っていた後遺症の可能性に触れたくないからだとゼゼは気づいた。魔力制御に関しては良い影響があったのだろうが、良い影響ばかりとも思えない。
身体は三年前のままだし、ユナを魔術師団に引き入れるなら、細かく身体の変化を観察する必要がある。
「課題はクリアしたのか?」
「ちょうど今からやるのです」
最後の課題。上級者同士の対人戦。実戦形式で戦って、相手を倒すという極めて単純な課題だ。
ユナと対峙しているのは上級者枠にいる十代で最も優秀な男だ。
お互い自信満々の表情で向かいあっている。
「なるほど。これからその成果が見れるというわけか」
横に並ぶゼゼは腕を組んで、口元だけ微笑む。
「ええ。徹底的に近接戦闘における引斥力魔術の使い方を叩き込みました。まだまだ途上ですが、ゼゼ様も驚くことでしょう」
アランは自信の笑みを見せる。
「さあ、ユナ。特訓の成果を見せてみろ!」
アランは意気揚々と叫び、開始の合図が鳴る。
その瞬間、ユナは後方にステップ。いつの間にか両手に何かが握られていた。
魔銃だ。ボタンを押すだけで魔弾が飛び出す。
両手から放たれる魔銃は見たことのない連射性能で対面する相手に無尽蔵に撃ち浴びせられた。
相手は呆気に取られつつ、即座に魔壁を展開し弾くも、異常な連射に魔壁は抉れていき、やがて貫通。
腹部に当たった魔弾は爆ぜ、相手はそのまま失神した。
開始直後の出来事に場は静まりかえる。
「私の勝利ということで!」
「あれ! 特訓の成果は!?」
アランは大声で叫んでいた。




