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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第八章 ルビナス攻防戦 ゼゼの記憶編
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第159話 朽ちぬ我が魂は地獄道を突き進まんとす

 すべての知的生命体は脳に灼熱を宿す。




 時間という薪を焚いて、日々、記憶を燃やす。くだらないもの、どうでもいいものほど紙切れのようにあっという間に燃えて消える。


 だが、どうしても燃えない記憶がある。

 

 会議中にふと脳に流れるのは燃えない記憶群。



 ゼゼ・ウセンカだったころの自分だ。

 父と母、姉の四人で深い谷間にある魔の森の外れに棲んでいた。その森は広くはないが、白い霧に包まれていることが多く、エルフ以外の種族は誰も立ち入らない。


 そこでの生活は平凡だが平和だった。

 当時の私は色々な物事に対する関心が薄かった。好きな食べ物もなく、趣味と呼べるものもない。家事や料理や狩りなど生きることにおいて最低限のことはできるよう学んだが、うまくなろうという向上心がわいたことは一度もない。


 そんな中、夢中になり努力しようと思えたものが魔術だ。

 その摩訶不思議な奥深さに私は憑りつかれた。


 魔術はとても楽しくて、時間を忘れて熱中することができた。

 極端な話、魔術の研究ができて家族がいればそれ以上望むものはなかった。

 自分の魔術を鍛錬し続けて判明したのは、私には特別な才能があるということだ。


 私はエルフの森に選ばれた。

 選ばれた者は魔術においてより特別なものを与えられる。

 それはエルフの森にあるという神殿だ。


 神殿という名の仮想領域空間に魔術と魔力を貯めこめる。

 魔術印を己の身体に刻めば神殿と繋がり、いつでも引き出すことが可能となる。

 これを持つ者と持たない者では天地ほどの差がある。


 ゆえにエルフの森に選ばれた者は魔術師として突き抜けた存在になるのは確定しており、長年エルフが最強の魔術師の地位を確立している大きな理由だ。

 魔術師として生計を立てると決めた。そんな時生まれたのが三女のミーナ。


 その出来事がウセンカ一家のすべてを狂わせた。




 長い間目を閉じていた私は目を開いた。消えない記憶を脳の奥にしまい、現実を見る。

 巨大な楕円のテーブルに座るのは全員私と同じエルフ種族。人間社会で高い地位を築いたエルフ達による会議だ。


「議長。どうしますか?」


 進行役の男が議長と呼んだ男に尋ねる。

 議題は、先月未明、アセビという町の住民が一人残らず殺された大事件についてだ。首謀者はエルフ族のミーナだと判明し、エルフ族に対して人間社会から極めて厳しい目を向けられていた。


「ここで判断を誤れば取り返しのつかないことになるかと……」


 進行役の男が背中を押すように言葉を繋げる。

 議長であるルドルフは難しい表情で顔を固めたまま、じっと黙り込み、皆が決断を待っていた。ここで私の顔を伺うものは誰一人いない。


 名を奪われたミーナと私の関係を知る者はここには誰もいない。ここにいる者が知るのは魔術の才能でのし上がったゼゼ・ストレチアという一面だけだ。

 やがてルドルフはゆっくり口を開いた。


「ミーナは我々と同じエルフだ。だからこそ、暴走したミーナを止めるのは我々の責務である。すべてのエルフの力を集結させてミーナを討伐する」


 妹の殺害が確定した瞬間、私は一点を見つめたまま表情を一切変えないよう必死に努力した。


 エルフの会議というのは話し合いではなく、一番立場の高い者が意見を言いそれに皆が同意するかしないかという形をとる。


 一番立場の高い者に対して否定的な意見を述べる者はまずいない。よって、一番立場の高い者の意見でエルフの今後の動きが決まる。

 だから私も一切、否定の言葉を出すことなくミーナ討伐に賛成票を投じた。


 感情を呑みこめば正しい方に投票しているという自負もあった。

 私の中の灼熱で不都合はすべて燃やせばいい。

 そう思っても、逆に頭から離れなくなる。


 ミーナは純粋無垢な子供だった。素直な良い子であり、私のように魔力も高い。将来有望な魔術師になれると皆からお墨付きも得ていた。


 が、どこかで皆がおかしいとざわつきだしたのは十五才を超えた時。エルフの精神年齢は人間とほぼ同じ曲線を描き、十五才になればそれなりに自立できる精神年齢となる。

 だが、ミーナはずっと子供のような振る舞いだった。


 調べてみると、血も骨も肉も正常であるが、脳の部位にやや欠陥があるらしい。その病の前例はなかったが、「子供病」と当時のエルフたちは呼んだ。


 精神の成熟がなく、興味のあるものに偏りがある。興味のないものはすぐ記憶から抜け落ちる。どれだけ年をとっても、いつまでも面倒を見る必要のある子供という表現が正しい。


 といっても、ミーナに非があるわけじゃないので私たち家族は全く苦ではなかった。

 当時、やりがいすらあったと思う。だが、ミーナは前代未聞の最悪な魔法の使い手だったことがすべてを無にする。





 会議の終わり、誰もいなくなった廊下で待っていたのはスミだった。


「結果は知ってる」


 スミは私より頭一つ大きく、いつも紺のローブを羽織っている。

 他のエルフと一つ大きく違うのはスミの片目は夕日のように美しい赤で染まっていることだ。


 百年に一人発現すると言われる特異なる眼、魔眼の持ち主。

 本人はその瞳を見られるのが嫌なのか、白髪の長い前髪を垂らしていつも片目を隠している。


 二人並んで、廊下の壁にもたれたまま、しばらくの間黙り込んでいた。


「あれは事故だよ」

「……かもな」


 スミとは同郷の森に棲んでおり、事情を知る数少ない友人だ。スミの言葉に少し救われた気がしたが、個人的にミーナをかばう言葉は出てこなかった。千人以上の人間が死んでおり、もはやあれは事故の規模ではない。紛れもない大量虐殺だ。


「どうするの?」

「どうもできないだろ……」


 スミは憮然とした表情になる。その表情から私以上に納得していないのがわかる。

 気持ちはうれしいが、ルドルフ議長の決断は間違いではない。


 妹のミーナがやった行為は、間違いなくエルフ族の信用を落とす。

 これを食い止めるためには、同族の私たちが彼女を裁く以外にない。

 ミーナを殺すのは確定事項だ。


「私はミーナのこと……悪いって思ってない。悪いのはあの体質だけだよ。もし裁かれる者がいるなら、あれを利用しようとした奴らだと思う」


 ミーナは特異体質で魔法を操る。

 ミーナの魔法は、魔術ではなく雨や風や地震のような自然発生的なものだ。

 衰弱魔法。


 ミーナが自然発生させる霧は生物を衰弱させる効果がある。原因は一切不明で、霧の中に居続けるとどんな生物も半日ともたない。より濃度の高い霧を発生させると、耐性のある者も瞬く間に死ぬ。


 濃度の低い霧でもわずかに居続けると、身体に悪影響があるといわれている。

 その霧が発生するのはミーナの気分次第で、ミーナ本人にはコントロールできない。


 ゆえに自然と誰も近づかなくなり、ミーナに近づく心優しい大人たちはその霧を何とかしようと試みたが、私とスミと姉のモニカ以外全員死んだ。


 結果、同郷の森で残ったのはミーナに悪感情を持つ者。その中でも二つに分かれ、処分すべきと提案する者とミーナを利用したいと考える者がおり、私が頼ったのは後者だった。


 もし選択に誤りがあったのなら、あの時かもしれないと思うがもはや引き返すことはできない。


「もう会議で決まった。決定は覆せない」

「後悔はないの?」


 そう言われて私は黙り込む。

 ミーナがアセビにいるのはわかっていたのに私はずっと会いに行こうとしなかった。


 ミーナと会うと、あの霧をどうにもできない無力感をいつも突きつけられる。

 何より……それまで死んだ者たちの顔が頭に浮かんで、心がざわつくのがわかっていたから。


 ずっと距離を置いていた。


「私は一度ミーナと向き合うことから逃げた……」

「ミーナの霧をどうにかする方法をずっと探してただけじゃん! それにミーナのための箱庭は作ったんでしょ?」

「箱庭に入っても……あの霧をどうにもできないなら、自由はない。不幸の連鎖は続く」

「後悔はないの!? 家族なんでしょ!」

 

 私は言葉に詰まる。

 無垢なミーナの笑顔を思い出すと、胸が締め付けられる。

  

「だが、討伐する以外の方法はない」

「ある。人間社会に私たちの影響を残し続けることができればいいんでしょ? すべてうまくいけばできるよ」


 スミの提案に耳を貸したのは彼女が誰も持たない特別な魔術を持っていたからだ。その魔眼は未来を予見することができる。予知魔術の使い手だ。


 スミが主に予知できるのは不運や不幸などの凶兆だ。はっきりと目でとらえることができることもあれば、朧気でかすんでいることもある。


 スミの眼はある街を襲おうと画策する異物の存在を捉えていた。

 そして、くしくも不幸をばらまくミーナがその街の近くを徘徊する日と限りなくタイミングが重なっていた。


 スミの計画は、ある引き金を引き、いくつかの障害を越えれば実行可能に思えた。


 ルドルフ議長、アリア、そして異物である魔人の集団。

 すべてを盤上の駒のように操ることができれば、ミーナは助かり、人間社会からの信頼も回復し、エルフ族の地位は大きな影響を受けずに済むかもしれない。


 が、すべてうまくいったとしても、被害を被る者がいる。

 そこに対する罪悪感。スミも同じだろうが、表情には出さず言った。


「大丈夫。人の寿命は短い。多くの人間は自分が生きるより前のことに興味を持たない。私たちのやることは歴史に埋もれるよ」


 エルフから見れば、人はすぐ老いて死ぬ。そして、たかが百年前を大昔のように考えて、あまり頓着しない者がほとんどだ。その傾向には私も気づいていた。


 スミの悪魔のような囁きは、私にとっては救いの言葉に聞こえた。

 だが、まだ自分の中に迷いはある。


「スミは……いいのか?」


 スミからの提案だったが、聞かざるをえなかった。この計画に正義はない。

 あるのは個人的私情だ。それに付き合わせることに申し訳ない気持ちになる。


「私の父がミーナを利用しようとしたから私にも責任がある。でも、それだけじゃなくて……たぶん最後くらい心の思うまま生きたいんだと思う」

「最後?」

「私には時がない」


 それは薄々気づいていた。スミはここまで生きてきたのが奇跡だと言われるくらい病弱だった。

 私は言葉が出てこなかったが、スミのまっすぐな目を見て言葉は不要だと気づいた。


 私は息を深く吐き、口ずさむ。


「たとへ我が身が地獄に落ち、煉獄に焼き尽くさるとも」

「朽ちぬ我が魂は地獄道を突き進まんとす」


 どんなことがあっても目的を達成する。 

 その覚悟を問うエルフ族に伝わる精霊幻詩の一節。

 迷いなく答えたスミを見て私も覚悟を決める。


 灼熱で燃えない大事なモノ。 

 ミーナと一緒にいたのはもはや遠い昔のことだ。名を奪われて、名義上関係性はなくなった。


 それでも私はミーナを家族だと思っている。

 ミーナが殺されることを想像すると……心がちぎれそうになる。


「死ぬまで突き進むしかないぞ」

「鼻からそのつもり」


 私はスミと拳を突き合わせた。


 すべては妹を守るというただの私情。

 そのためにすべてを裏切る。




 正義のかけらもない私の完全犯罪計画が始まる。

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