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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編
151/223

第151話 お前の見たその花は本当に枯れていたのか?

 ロキドスが最初に転生した人間の名はフィリーベルという男。

 昔、その男について話をした記憶があったが、詳しくは思い出せなかった。

 だが、顔の前で花束を持つロキドスを見て、ゼゼの記憶の蓋が唐突に開いた。




 その日、ゼゼは魔術師団本部の私室にある男を招いていた。めったに会うことはないが、会う度に花束を持ってくる男だ。


「前も言ったよな? お前から花をもらっても困るだけだが?」 

「魔王討伐した同志への弔いですよ」


 男は柔和な笑みを見せる。


「……まあ、いい。単刀直入に本題に入る。出自不明の男をタンポ―病院にねじ込んだのはお前か? 勇者様」


 ゼゼと対面するソファに腰をかけるのはエルマー・ロマンピーチ。


「勇者様というのはやめていただきたい」


 わずかに困った表情をして、エルマーは微笑みを崩さず答える。

 魔王討伐後、おおよそ二十年以上経過していた。短く刈り上げた短髪や口元に生やした髭もわずかに白髪が混じっており、鍛え上げられていた肉体もいくらかしぼんで見える。


 当時とは見た目は少し変わったが、中身はあまり変わっていない。戦いでは恐ろしく熱い男だが、それ以外ではいつもおおらかなのが特徴だ。 


「冗談だ。で? 理由は?」


 ゼゼは言葉少なく追及する。タンポ―病院はゼゼ魔術師団も利用する施設であるため、最低限の身元の確認はする。たとえ孤児だとしても実力があれば、特に問題はない。が、フィリーベルという人間はその出自が明らかに改竄されていた。


 いわくつきなのは明らかで、ゼゼが事情を知るであろうエルマーを呼び出したのはもっともな対応だ。


「理由は言えませんね。それが答えです」


 エルマーは申し訳なさそうに軽く会釈する。言葉の中に察しろという意味が含まれていた。

 だが、その機微に気付かぬふりをしてゼゼは続ける。


「フィリーベル・ムーン。偽名だな。調べて驚いたが、ロキドスにさらわれて疑似家族になっていた子か……」


 機密として世間に知られていないが、魔王ロキドスにさらわれていた者が複数いたことはゼゼも知っていた。


「そこまで知っているのなら答える必要はないのでは?」


 エルマーは柔和にほほ笑み、ひげを軽く撫でる。


「なるほど、フィリーベルは王族関連の子か。ただの貴族の隠し子にここまで頑なに口を閉ざす理由はないからな」


 エルマーは肯定も否定もせず、柔和な笑みを浮かべたまま何も言わない。


「問題はありませんよ。医者としての腕も保証します」


 そこで話は終わった。あくまで確認であり、エルマーがその男は怪しい者ではないと保証するのであれば、ゼゼとしては特に何か言うつもりもなかった。


 久々に対面したせいか、エルマーを見て思ったことがぽつりと口から出る。


「お前も年を取ったな……儚いものだ」

「時間は進み続ける。それが生物の運命ですよ」


 静かにエルマーは答える。


「この世の理を破る者も中にはいる」

「ロキドスは死にましたよ」


 睨むゼゼに対し、エルマーは微笑を崩さない。二人で会う時は必ずロキドスの事に話がそれる。それだけゼゼの中で引っかかりがあった。幾度となくかわされた会話であるが、エルマーは嫌な顔一つしない。

 ただ、居心地はあまり良くないのか、テーブルの上にある花瓶に何気なく視線が移る。


「見たことのない花です」


 株本から伸びた茎が途中で折れ曲がり、垂れるように薄紫色の花びらをつけている。正面から見ると花びらがすべて整列しているように見えた。


「魔の森で最近発見された原種だ」

「……ただ花びらはだいぶしおれてますね。処分しないのですか?」

「ふん。一見そう見えるがな」


 ゼゼは手を伸ばし、その花に魔力を注ぐ。すると、しおれていた花があっという間に咲き誇った。


「魔力を注げば咲き誇る魔の花だ。一日経てば枯れてしまう手間のかかる子よ。どちらにしろ枯れたと判断するのは早計だ」

「なるほど……私が無知でしたね」

「気にするな。目に見えるモノが事実と異なるということは往々にしてある」


 その隠喩に、エルマーは少し困り顔になる。

 だが、ゼゼは追及を止めない。


「お前の見たその花は本当に枯れていたのか?」


 エルマーは微笑んだまま少しの間、黙っていた。それはゼゼと勇者エルマーの間で幾度となく繰り返された質問だ。


 ゼゼも魔王ロキドスの死体は確認していたが、死ぬ間際は見ていない。不可能を可能にする魔術の行使をしたとするなら、死ぬ直前だ。


 とどめを刺したエルマーがそれを一番間近で見ている。

 ゆえにゼゼは聞かずにはいられなかった。

 エルマーは真顔になり、口を開く。


「私は魔王を倒しました。私一人の力で成し得たものではありませんが、私にとっての誇りだ。ですが、ゼゼ様が違和感を感じるというのなら、それも胸に刻みます」


 揺るぎないまっすぐな瞳だった。上っ面だけ取り繕い、飾りのような言葉を並べ立てる者は多いが、エルマーはそういうことはしない。


 心からの言葉を口にする。それを知ってるため、ゼゼは追及を止め、軽く息を吐く。

 エルマーはすぐに表情を崩し、口元に微笑みを浮かべる。


「もっともロキドスが生きていたら、私は力になれそうもありません。その時は……ゼゼ様及び、魔術師団の方々に踏ん張ってもらうしかありませんね」

「勇者様の癖に面倒な役割を押しつけるんだな」

「それが長い時を生きるゼゼ様の宿命ですよ」


 エルマーとの会話は不思議とイラつかない。だから、確認するように会うたびに同じ話をしてしまう。


 もう話すべきことは終わったが、すぐに部屋から追い出すのも忍びなく思い、取るに足らない質問を投げる。


「そういえば、そのフィリーベルという男。精神面に問題はないんだろうな?」


 戦場は人を狂わせる。

 魔族との戦いに生き延びたものでも、精神面を患い、不眠やうつ、幻聴に悩まされる者は多い。


 フィリーベルは幼いころ、魔王ロキドスと疑似家族という特殊な環境にいた男だ。戦場での後遺症と比べることはできずとも、何か後遺症があってもおかしくはない。


「そこは私も入念に確認しました。素人目線ですが、精神におかしい面はありません……ただまあ、なんというか少々風変わりな面もありますが……」


 エルマーはこめかみを掻いて、少し言い淀む。


「どういうことだ?」

「……そうですね。たまに言動が一致しない……というか。ん? と思うようなことがたまにあります」

「それはお前もだ」

「こりゃ一本取られましたな」


 エルマーは軽く自分の頭を撫でて笑う。あまり興味はわかなかったが、ゼゼは続きを促す。


「言動が一致しないって具体的にどういう感じだ?」


 そこでエルマーは少し考え込んでからゆっくり答える。


「……喜びや悲しみを過剰に表現するといいますか。明日が楽しみだと言って急に泣いたりします」

「はあ? 情緒不安定な奴ってことか? やっぱり精神に問題あるんじゃないのか?」

「ははっ。そこまでではないですよ……まあ……とにかく」


 エルマーは少し間を置いてフィリーベルの印象を一言で表す。




――泣き虫なんですよ





「君という星が舞う夜、陰陰滅滅なれど安寧秩序の日々は続く。


 日輪は廻る。


 君のいない朝、光が暗黒王を貫き、血の道は渇く。


 希望と愛の花が咲き誇り、人々は踊る。


 日輪は廻り、魂は巡る。


 君のいない昼、轟く平定の鐘を知らせるべく、太陽はより高く昇る。


 天下太平という夢幻泡影の中で人々は笑う。


 君という星は忘却の彼方。


 日輪は廻り、魂は巡り、宿命は交わる。


 暮れなずみ、大地が紅に染まり、一番星の君は現れる。


 そこは天国と地獄の交差点。


 闇が星を呑みこむ時、永遠の夜の帳が世界に降りる」




 現実に戻る。 顔の前に掲げていた花束をロキドスはゆっくり地面に落とす。

 ゼゼは言葉がすぐに出てこなかった。


「百年……いや、もっと長い月日だ。多くの犠牲を払ってここまできた」

「お前か……」

「ふふっ。見違えただろ? これが転生して生まれ変わった僕だ」


 涙を拭いながら、再び微笑む。


「こそこそ隠れまわって……今さらお出ましか?」





「私は勝てる確信があるまで耐えるんだ。そうやって戦ってきたから!」



 

 小動物のようなくりくりした目と金色の巻き毛の短髪。

 華奢な身体は頼りなく、身体から発する魔力はさざ波のように小さい。

 吹けば飛ぶようなそれは涙を流しながら微笑みを絶やさない。



 淡い水色のエプロンドレスを着る魔術師団見習いの女の子。

 ユナ・ロマンピーチの友人、タンジーだった。

 ゼゼは言葉が出てこずしばらくの間、固まっていた。


 タンジーは舌を出したまま、胸の前で薬指と小指を曲げて絡ませ、中指を立てる。

 檀陀印の結びと共に唱える。


「解呪」


 人という呪いからの脱却。

 舌に刻まれた魔術印が光り、タンジーからあふれだすとめどない魔力。

 瞳から零れ落ちる赤い涙とそのどす黒い魔力は紛れもなくロキドスだ。


「心臓を剥き出しにしたような薄っぺらい身体で君と打ったチェスは楽しかったよ。あれほど手に汗握る経験はかつてなかった」

「お前……」

「もっとも君が気づかないのはわかりきってたけどね。しょせん君は魔術の才能がない者には一切目を向けられない憐れなエルフだから」


 こぼれ落ちる赤い涙を両掌で意味なく受け止め、地面に落とす。

 花束も地面も赤く染まる。


「もっと他者を頼るべきだったね。そうすればここまで追い込まれることもなかった」

「いつ私が追い込まれた? ここでお前を殺せばいいだけだろ」

「かもね。では、ゼゼ・ストレチア。頂上決戦をはじめよう」


 ゼゼの中にわずかにこびりついていたタンジーとの思い出は消えて、残ったのは純粋な殺意。


 殺意と殺意が、果てまで白く染まる虚空間でぶつかる。

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