第15話 身体を使って覚えるのがなんだかんだ早いと思うので
指名された三人の男は上級者組の中でも優れている人間だとわかった。
佇まいからして隙がなく、魔力量も上級者組の中でも大きい。
が、その三人に対峙するアランの威圧感は凄まじく魔力もうねりを上げている。
それぞれ一礼した後、魔術解放。戦闘モードに移行したところでお互い構える。
わずかな静寂後、瞬きする間もなくアランが動いた。
十歩分以上はあった距離をアランは一瞬で詰め、真ん中の男の頭を掴み地面にたたきつける。
一人目制圧。
両側の二人はひるむことなく、自然と挟み込んだ状態になるアランに攻撃しようとする。
が、アランは両手を広げた途端、二人はそれぞれ後方に弾かれ、態勢を崩される。
反発。一瞬で片方の人間に近づき、殴打。二連撃まで防御するも三手目がボディブローに刺さり、倒れこむ。
二人目制圧。
背中を向けるアランに容赦なく放たれたのが魔力の塊、魔弾。
当たれば意識が飛びそうな威力だが、アランはその場でジャンプ。
三階建ての家と同じほどの高さの天井に一瞬張り付き、そこから軌道を変えて、男に襲いかかる。
男は一端距離を置こうとするが、身体が不自然に浮き上がり一瞬宙に浮きバランスを崩す。そこにアランの右腕が刺さった。
三人目制圧。
あっという間の戦闘だったが、とてつもなく濃密な時間。
ディンはその戦いぶりに釘付けとなった。
イメージする魔術師とは程遠かったが、アランは祖父エルマーのような戦士に近いのだろう。
【対人特化型だな。近接に持ち込むタイプの魔術師なんだろう】
シーザもディンと同じ印象を受けたらしい。
全員を倒したアランは何事もなかったかのようにこちらに近づく。
「今の戦いで反発と引き寄せ。何度使ったかわかるか?」
「五回です」
一見すると、身体能力が異常としか思えない動きだったが、からくりに気づくと案外簡単だ。自分の足を地面と反発させて、高速移動していたのだ。
引き寄せで相手を強引に近づけたり、反発で相手の態勢を崩したり、反発と引き寄せを効果的に使っていた。
「私もまだ発展途上だ。私には私の、ユナにはユナのスタイルがある。それを作り上げていけ」
「はい、わかりました。じゃあアランさん。お相手お願いします」
ディンの言葉にアランは少し怪訝な視線を向けた。
「私と組手をしたいと? 手加減はできんが?」
その眼はすでに威圧的だ。獰猛な獣のようで殺意すら感じる。
【おい。大丈夫か?】
シーザは念話で不安を訴えかける。
「身体を使って覚えるのがなんだかんだ早いと思うので」
アランとシーザ、それぞれに向けて言った言葉。
現状、六天花と接触できる機会は少ないのだから少しでも情報を得る必要がある。
――戦いというのは時に話す以上に相手を知ることができる
祖父エルマーの言葉を思い出し、ディンは好戦的な視線をアランに向ける。
アランはそれに応じるように魔力をさらに放出した。
ディンは戦いの心得がないわけではない。むしろ他の人間より多く戦うことにかけては学ぶ時間をかけた。
それは勇者一族であることが大きく影響している。勇者というのは勇ましくなければならない。口に出さずともそういう印象を持つのが世の人間の大半だ。
なよなよと剣も持てない人間だと信頼を勝ち得ない。そのことを幼いころに理解して以降、自ら剣や槍術を学んだ。フィアンセのミレイの影響を受けて、武術を習ったこともある。それらを習った結論はあらゆる部門で戦うという才能がディンにはないということだった。
全くセンスがないわけではなく、平均以上ではある。ただ一流にはなれない。
それに気づいたのは一流の人間たちから指導を受けてきたからだ。勇者一族の特権で優先的に学ぶことができた一流の戦士たちは身体をまとう雰囲気や佇まいからすでに違いを生み出していた。
自分にはそれがなく、どれだけ時間をかけてもそれを埋めることはできない。
そう悟ったディンは、戦う以外の強さを身につけるため、商人や貴族とのコネ作りに奔走するようになった。
そんなディンだが強さへの憧れを捨てたことは一度もない。戦いにおける技術を学ぶことは放棄したが、知識に関しては頭にインプットされている。
だから、アランと対峙した時、アランが一流であることもミレイと同じ最新の格闘術を扱うことも構えですぐ察した。
「ユナはまだリハビリ段階だ。タッチ方式でいこう」
いわゆる身体をタッチした地点でダメージ判定される実技訓練の一つで、完全にお子様向けだが、読み通りだ。
三十前後の男が見た目は十才程度の少女に攻撃を加えるというのは抵抗があるのだろう。
「俺は本気で殴る。六天花の実力を知りたいし、ついでに伏線を張っておきたい」
声量を落とし、ポケットにいるシーザに向かって宣言する。
【伏線……?】
「この後の試験のためにな」
【口出しはしねぇ。ただその身体であんま無茶するなよ】
一つしかない命。それを使いきったディンはいわばユナという借り物の身体で立っている。傷物にしちゃいけないことは誰よりも理解している。
「言われるまでもない!」
ディンは両手を合わせる。
――魔術解放
魔力の栓を抜いて、一気に戦闘モードに切り替える。
これで習得した中級・上級魔術を無詠唱展開可能となったが、ディンはそもそも基礎的な下級魔術しか使えない。が、連続使用時や魔力の大きい下級魔術使用時にスムーズに展開可能となるので、戦闘となればとりあえず魔術解放するのがゼゼ魔術師団の基本だ。
もっとも良いことづくめでもなく、魔術解放時は魔力を垂れ流す状態であるので魔力消費が極めて大きい。ゆえに長時間使用は不可能であり、使いどころの見極めは必要だ。
魔術解放後、即座にディンはアランに飛び掛かる。
足の裏の接地部分と地面を反発。これで飛ぶような高速移動が可能となる。
二回り分でかいアランの足元でかがみ、回し蹴りをするもアランは楽々跳躍してかわす。
空中のアランにすかさず飛び蹴りするも、アランの反発。
後方に弾かれる力で態勢を崩す。
お互い地面に同時に着地し、一瞬で距離を詰めるアランに逆に反発。アランも弾かれるような反動で後方に身体のバランスを崩すが、即座に立て直す。
ディンは距離を持ったまま足蹴りをして靴を飛ばす。
頭部を狙った意味のない攻撃に見えたが、一瞬靴でアランの動線が切れる。
その瞬間にディンはアランの懐に入り、腹に突きを入れるも、アランは悠々ガード。そこから打撃の攻防を繰り返しつつ、タイミングを計ってディンは反発。
アランを弾いて、距離を置き、その距離を詰めようとアランが近づいた時に、それはアランの後頭部に直撃した。
ディンが脱ぎ捨てた靴だ。後方にあったものを引き寄せでアランにぶつけたのだ。
「今の一本でよろしいですか?」
「うむ……見事だ」
そう言いつつ、アランは一本取られると思っていなかったのか、呆気に取られていた。
引斥力魔術は極めて単純な魔術だ。
対象の引き寄せと反発。基礎で皆が一度は触れるものだが、想像以上に奥が深く、難しい。特に動くモノに対しての引き寄せや反発は細かい魔力制御が必要であり、動きの中で連発して使うのは一流の人間でも難しい。
また予備動作でも相手に見極めやすい魔術であり、戦闘において使い勝手の難しい魔術として知られている。
そんな扱いづらい魔術だが、ディンはすでに自分なりの戦いに落とし込むことができていた。
「私も認識を変えないとな」
自分より二回り以上小さな少女相手にアランは気合いの咆哮を上げた。




