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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編
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第144話 源泉から水は流れていく

「火急の用とはいえ、ご無礼を働き申し訳ありません」


 テーブル越しに対面するゼゼに対し、ルーンは深々と頭を下げる。

 魔術師団本部内で外部の者が勝手に魔術を使用するのは禁止行為だ。まして団長であるゼゼの私室に瞬間移動で入ってくるなど前代未聞。


 間違って反撃を受けても文句は言えない。とがめるべき行為だが、ルーンの不穏な雰囲気を感じ取っていたゼゼはあえて口に出さない。が、お咎めなしだと立場として舐められる可能性があるので、不快だという意思を示すためすぐに本題に入る。


「火急の用ならさっさと要件を言え」

「その前に……」


 ルーンはちらりと扉の方を見る。

 ちょうど扉が開き、タンジーが顔を覗かせていた。


「あっ、あれ! いつの間に来客が?」

「タンジー。今は下がれ」


 ゼゼに促され、即座に閉めようとするも、「待ってください」とルーンはそれを止めて立ち上がり、タンジーに近づく。


「タンジー。あなたに言っておくことがあったわ」

「なんでしょう?」

「今すぐ魔術師団は辞めなさい」


 タンジーはその言葉の意味をすぐに理解できなかったのか、少しの間きょとんとした後、唐突に目を見開く。


「な、なんで?」

「あなたは才能がない。それなのになぜ才能至上主義の魔術師団にいられると思う? ユナ様が事故に遭って以降、魔術師団と複雑な関係にあったロマンピーチ家にあなたが出入りしていたからよ」


 ルーンはゼゼの方を一瞥するが、ゼゼはルーンの方を見ない。


「ど、どういうこと?」


 自分の言いたいことを理解してない相手に呆れたのか、ルーンは深いため息をつく。


「ロマンピーチ家と懇意の魔術師を一人でも増やしておきたかった。そのためだけの存在。つまり、あなたは……」


 ルーンはタンジーに顔を近づけて、目を剥く。


「ロマンピーチ家のおかげで魔術師団に入れただけの存在! あなたの魔術師としての価値はゼロよ!」

「そ……そんなこと」

「そもそもあなた自分がどれだけ厚かましいことしているか理解してる? 身寄りのないあなたがロマンピーチ家に何度も出入りしてるとか本来ありえないんだから!」


 ロマンピーチ家の領地であるミッセ村では、身寄りのない子供たちの世話をする孤児院があり、タンジーはその出身だった。


「私の身分とかは関係ないって……ユナちゃんも友達だって……」

「関係あるの! あなたはユナ様の優しさにつけこんで利用しているの!」

「り、利用なんてそんなつもり……」


 タンジーは目を伏せて涙目に変わる。


「利用してるの! 今あなたがここにいるのがその証拠! 問題はあなたに自覚がないってこと! 今後、あなたが困ったことがあれば、必ず友達という名目でユナ様に相談してどうにかしてもらおうとする。あなたは寄生虫よ! それが恥ずべき行為だと理解できるなら、今すぐ魔術師団を辞めて、ユナ様の人生に関わる行為を止めなさい!」


 容赦のないルーンの言葉にタンジーはこらえきれず涙を流す。それを見て、ルーンの双眸そうぼうは鋭さを増す。


「ふん! 相変わらず……すぐ泣く。泣いて被害者を装い、相手に罪悪感を与えようとする。私が嫌いな女の特徴よ。一種の精神攻撃ね。悪いけど、今それに構ってる暇はないのよ。大事な仕事があるから」

「もういいだろ。タンジー、さっさと引け」


 タンジーはぽろぽろ泣きながら扉を閉めた。 

 ルーンは何事もなかったかのようにゼゼと対面するソファに着席し、微笑みを見せる。


 その態度には他者の尊厳を奪った申し訳なさは微塵も見られない。

 むしろやるべきことをやった晴れ晴れしさが伺える。


「貴様らは勇者一族のことになると、視野が一気に狭くなる。少しは冷静になってもらいたいものだ」


 戒めの言葉を込めたつもりだが、ルーンは意に介さず笑みを崩さない。


「ロマンピーチ家のおかげで今の平和の礎が築かれたのです。彼らにはどれだけ敬意をこめても足りることはありません」

「とどめを刺しただけであって、多くの人間が平和に貢献した」

「無論です。しかし、その一歩の大きさは誰にでもできることではない。0と1の重みは違う」


 議論が一生平行線になりそうだったので、ゼゼは嘆息して話を止める。


「で? 用件は? 手短に言え」

「では単刀直入に。先日、勇者の孫であるディン様が何者かに殺害されました」


 温度のない言葉を淡々とルーンは口にし、封書をテーブルに置く。

 ゼゼは訝し気にそれを見るが、渋々封書を手に取って開く。

 目に飛び込んできたのは国王の印章。


「それに伴い、ローハイ教の教皇が持つ特権を百年ぶりに行使しました。内容はディン・ロマンピーチ殺害における捜査の権利と容疑者を記憶の神殿で審判する権利」


 想像を超える内容にゼゼは開いた口が塞がらない。


「ディン・ロマンピーチ様の死亡に関しては混乱を避けるため、一切の他言は禁じます。そして、ここに来た理由は……ゼゼ様ならなんとなく察することができるのではないのでしょうか?」

「貴様ら……馬鹿か?」


 ゼゼは憎悪に近い怒りを込めて対面するルーンを睨みつける。


「検死したところ現在魔道具で再現不能な魔術が使用されていました。私の見立てでは圧縮魔術と思われます。理由としては十分です」

「だから……私の記憶を覗くというのか……貴様! 私を犯罪者扱いする気か!」


 その叫びで魔力が刃のように飛び、ルーンの頬がわずかに切れる。

 が、ルーンは微動だにしない。


「話を聞くだけでいいはずだ。いくら何でも越権行為だ。お互い遺恨が残るぞ」


 記憶の神殿で審判するということは、対象の記憶を覗くことを意味する。

 そして、記憶を覗くというのは本来限りなく罪深いことであり、侮辱的行為とみなされる。誰しも見られたくない記憶というものはあり、それはどんな人物であれ守られるというのが一般的な考えだからだ。


 よって、記憶の神殿で審判される人物というのは、本来殺人などの重罪が確定している者などに限定される。


「すべては……覚悟の上です」


 ゼゼを見る瞳には一切揺らぎがない。


「その言葉に嘘はないのか? 貴様、私が無罪だった場合、どう責任を取るつもりだ!」


 ルーンは黙って、鞄から書状の束を取り出し、テーブルの上に置いた。

 それは名簿だった。名前のすぐ右側には一つずつ血判が押されている。


「記憶を覗く行為は罪深い。何より偉人であるあなたにそれをすることの重さ、私も受け止め覚悟の所存です」

「……この名簿はなんだ?」

「無罪であった場合。そこに名を募った人物と私……死をもって償います」


 ゼゼの方が固まり、言葉に詰まる。


「ちょっ……待て」

「名簿の名は累計千人。これでも不満なら……まだまだ全国から募らせていただく所存です」


 ルーンは机に両手を置き、前のめりでゼゼの眼を凝視する。まるで濁りのないルーンの瞳には一切の迷いが見えず、狂気すら感じる。

 逆に圧倒され、ゼゼの怒りが自然と冷める。

 一呼吸置いて、落ち着かせるようゆっくり切り出す。


「ルーン。話を聞け。私は関係ない。傷口は見てないので判断できないが、圧縮魔術に近い魔術の可能性だってある」

「圧縮魔術です! 違わずとも……魔術覚醒によるものであることは間違いない」


 魔術覚醒と聞いて、ベンジャの顔が頭にちらつく。


「それなら使い手は別の人間だっているぞ」

「存じてます。ですが、まずはその源泉たるあなたを審判するのが妥当です」

「……無実だった場合、貴様は死ぬんだろ? いいのか? ディンを殺した人間に裁きを与えることもできなくなるんだぞ」

「存じてます……」


 そう言ったルーンの唇から血が流れていた。舌を噛んで、悔しさを必死にこらえているのがわかる。


「しかし、源泉から水は流れていく。力ある者は力を与える権利と共に責任が伴う。人を殺めるほどの魔術ならなおさらです。与えるべきでなかった者に玩具を与えた罪は残る」


 異論はあるが、ゼゼはそれを口にできなかった。

 目の前のルーンが鬼気迫る表情で涙を流していたからだ。

 血と涙をこぼすルーンにゼゼは圧倒されてしまう。


 その眼はすでに死を覚悟していた。死を覚悟するものにはどんな説得も通じないことをゼゼは理解していた。


 そして、自分の無罪が確定しても、ローハイ教の信者千人が自害することになれば、どのみち悔恨は避けられない。その先にあるのは想像もしたくない泥沼の展開。


 その波紋の広がりは、国に大きな混乱を招く可能性すらある。


「こんなやり方……もっと別の方法があったはずだ。国王が……承認するはずが……」

「ゼゼ様もご存知でしょうが、国王は意識のない状態が続いております。その場合、複数の王族の方々から了承を得ることで特権の行使は可能となります」


 頭に浮かぶのはライオネル・ローズ。だが、それだけではない。満場一致に近い形でなければ、ここまで出足が早くなることはない。


 第二王女エリィ・ローズの死が効いていた。国の中では美談として語られるが、魔術師団の責任だと王族内で考えているものは少なくないことをゼゼは知っていた。


 だが、それは決定打であって、ゼゼに対してくすぶった感情はおそらくそれ以前からあった。

 

 それはロキドスの結界を機密情報として国王以外にひた隠しにしてきたことに起因する。

 その情報を伏せるため、ユナの事故の件も黙殺する形となり不信感を強めた。

 すべてはゼゼの行動と結果によるものだ。

 ここにきてゼゼは己の秘密主義を後悔していた。


(機密をもう少し共有すべきだった……もっと人を信じるべきだった) 


 王都から出られないという自分の弱点を他者に教えることに抵抗があった。

 弱点をさらさないことで強さと威厳を保とうとしたが、それが自分の弱さだと気づけなかった。


 特別だという驕りがあった。

 だから、いつのころからか人を見下ろすばかりでその目線を合わせようとしなくなった。


 ルーンと視線が混じりあう。

 その眼にはゼゼが映り、ゼゼの眼にはルーンが映る。

 だが、見ている方向も高さも違っていて、それが混じり合うことはない。

 

 わずかに続く沈黙。

 ルーンは再びゆっくりと右手をテーブルに置いた。

 魔力の満ちた薬指の指輪が紅の輝きを放っている。


「用件は以上。では、ゼゼ様。ご案内致します」


 有無を言わさずの瞬間移動。

 私室の一部を切り取ったかのようにテーブルとソファごとゼゼはルーンと共に移動していた。


(空間転移魔術だと……)


 ルーンが時空魔術の素養がある魔道具師だと知っていたが、ここまで高度な魔道具を作っていることは想像外だった。

 そこは白だけで構成された亜空間。

 ルーンの後ろには信者たちが横一列に並んで立っていた。


「ようこそゼゼ様。記憶の神殿へ」

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