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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編

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第143話 世の中何が起きるかわからないものだ

 カビオサ遠征組がダンジョンに突入する当日。

 ゼゼはキクからの長い話を聞いて、しばらくの間呆けていた。


「転生……」


 言語は理解できるが、頭に落とし込めない。それくらい信じがたかった。もしそんな魔術があるのなら、ゼゼの想像をはるかに超えている。


「少なからずユナとしての彼と交流があったはずですが、思い当たる節は?」


 そうキクに指摘されて腑に落ちる点はいくつもあった。昏睡から目覚めた後のユナは、ゼゼの目から見てユナとは思えない言動がたびたび見られた。


「振り返ると、納得できないこともないな。ただそんな魔術があるのが信じられん」

「ええ。もしそんな魔術を生み出せる者がゼゼ様以外にいるとすれば……」

「ロキドスしかいない」


 ゼゼは確信をもって言った。

 ロキドスが生きているという事実にゼゼは己の身がわずかに震えるのを感じる。


「フィリーベルから何者かに転生した。それが魔術師団内にいる誰かということか?」

「昨日まではね。しかし、今朝の報告により別の可能性を考えざるを得ないかと」


 今朝の報告とはサンソニアの湖畔で見つかった魔人の死体だ。それを知るのは魔術師団と王宮の一部の者であり、部外者が知る術は本来ない。


「……貴様がそれをすでに知っている事実に思うことがあるが、いったん置いておく」


 ダチュラとカルミィの死体が発見されたと聞いた時は朗報だと考えていたが、転生の話を聞いてからその考えがひっくり返った。


「さてさて。ロキドスはどこの誰なんでしょうね?」

 

 キクはそう言って笑みをこぼす。キクは一つ一つの会話を楽しんでいるが、ゼゼは一つ一つの会話を消化するごとに重い表情に変わっていた。

 人間の皮をかぶった魔人は複数おり、間違いなく魔術師団内にもいる。その事実にゼゼは深くため息をつく。


「一旦外してくれないか? ただもう一度改めてじっくり話をしたい。少々頭を整理する時間が欲しい」

「いいですよ。日をまたぎましょう。一度寝れば、脳が自然と頭の中を整理してくれますから」


 次の面会の約束だけ取りつけ、キクはゼゼの私室から出ていった。


 五十二年前、魔王ロキドスは死んだ。

 にもかかわらず、ずっととれない胸のつかえがあった。それは気持ち悪く身体のどこかを這いまわっていた。


 その違和感の正体をようやく掴み取った。

 が、同時に気持ち悪さがはっきりと自分の中に広がっていく。


「まさか人間に転生して生きているとは……」


 可能性として頭に全くなかった選択肢だ。

 ただ魔王が死んで平和となった時代から冷静に振り返ると、ある流れが見える。


 魔獣が激減したことで、対魔族への軍事力が自然と縮小されていった。

 具体的には魔術師団内の魔族討伐部隊の規模の縮小と冒険者ギルドの廃業。


 取って代わって増えた職業は魔道具師。大量の魔石が採掘されることで一般人にも普及されるようになり、需要はさらに増した。


 平和により需要が自然と高まったのは強力な武器ではなく、日常をより快適にしてくれるもの。女、子供も気軽に魔道具に触れるようになり、気づけば安全性への配慮が第一となる。


 出力制限という言葉が出回ったのはこの辺りからだ。そこからあらゆるものに制限が付きまとってくる。


 住宅街での魔術制限、森での火炎魔術の禁止、大貴族の領地ではあらかじめ魔術使用の許可を取らないといけなくなり、最近では自然環境保護の観点から魔術の出力制限も検討されている。


 極めつけは三年前にできた増幅魔術の禁止。

 身体への悪影響があり短命になる可能性があるという根拠のない言説が出回り、増幅魔術の使い手がダーリア王国の魔術師団から消えつつある。


 平和という時代に起きた変化は、すべて魔術師団を弱体化させるための流れとなっていた。

 この五十二年間、ロキドスは形を変えて魔術師団を攻撃し続けてきていたのだ。


「奴め……」


 頭の中で整理がつきつつあったその日の深夜、カビオサから緊急の報告が入る。

 その知らせはジョエル、アラン、ニコラ、ソフィの死亡。

 その事実はゼゼの脳を激しく揺さぶった。

 



 

 ゼゼは極端なほど相談役の人間を置かない。高貴なるエルフ族としての誇りか、弱みを他者に見せるのを極端に嫌う。よって、ジョエルが死んだことで重要な案件を相談できる人間がいなくなった。


 その事実が心に空虚感を与える。

 ゼゼは人の死には慣れていて、一人にも慣れている。


 それでも、気持ちの整理がつくまで数日を要した。

 ようやく気持ちが前を向いたその日、先送りしていたキクとさっそく面会する予定だった。が、朝になり急遽思いもしない人物から連絡が入る。


 大教皇ロニー。しかも、喫緊の要件だという。

 キクとの面会は何より重要だが、大教皇ロニーとあってはゼゼと言えども後回しにできない。使いが午後をまわる前に来るということでキクとの面会をその後ろにずらした。


 この時、喫緊の要件が何なのか気になったのは事実だが、自分に大きく関わる件でないと高を括っていた。

 音声転移による唐突な連絡が入ったのは大教皇ロニーの使いが来る直前だ。


「やあ、ゼゼ様」


 キクだった。


「手短に言え」

「まずいかもしれない。ローハイ教の周辺がかなり騒がしい。王都の熱心な信者のほとんどが昨夜からずっと大聖堂にこもっている。これが意味するのは重要な人間の死だ」


 ゼゼは一瞬、ピンとこなかった。


「それはつまりどういうことだ?」

「ローハイ教にとって重要な人間。ディンの死が何者かによってローハイ教にリークされたかもしれないってこと」


 それでゼゼは状況を理解するが、同時に疑問もわく。


「勇者の孫の死が私の耳に届いていないのはおかしいだろ」

「だから、やばいんだ。おそらくローハイ教内で何かが起きてる。今は魔術師団に疑いがかけられている状況でしょ? 並々ならぬことが起きる前兆かもしれません」


 頭にちらつく魔術師団内の裏切り者。


「例えば……魔術師団の人間がディンに手をかけたと彼らがみなせば……下手すると内戦になりますよ?」

「お前、頭は良いんだろうが、意外に王都内の力学を理解してないな。問題ないさ」


 その声は絶対的な自信に満ち溢れていた。


「理由は?」

「ローハイ教の信者はいたるところにおり、彼らの存在は無視できない。が、ゼゼ魔術師団は独立した組織だ。いかなるものも魔術師団を捜査する権利はなく、いざという時、魔術師団の人間を裁くのは私だ。国王との間でそういう約束を取り交わした」


 それはゼゼ魔術師団が魔族を大量討伐した功績により得た特権だ。特にトップであるゼゼはある種の治外法権となっており、容易に手を出せない。


「魔術師団の人間が疑わしいとしても、せいぜい詰問するくらいしかできん」

「それなら大丈夫なのかなぁ」


 どこか暢気な言葉にゼゼは逆にイラつきを覚える。


「それよりだ。魔術師団の裏切り者はどこのどいつだ?」

「それも含めて直接話したほうがいいかと」


 ゼゼの詰問口調に対して、キクは飄々と答える。

 簡単に頭を抑えつけられない相手に自然と追及する気がなくなる。


「でも、タンタンの報告から怪しいやつは一名すでに判明してますよね?」

「タンタンの報告?」

「アネモネが魔術覚醒をしたという話ですよ。聞いてません?」


 はじめて聞く情報にゼゼは唖然とする。


「あいつめ……」


 あえて公式の報告に残さず、直接報告する気だったのかもしれないが、外部のキクから情報を知ったという事実に複雑な思いが交錯する。が、今はその情報に思考の焦点を当てる。


 現在、ゼゼ魔術師団で魔術覚醒できるのはフローティアとルゥのみ。が、過去にさかのぼれば使い手は複数いる。その中でふと頭に浮かんだ人物。

 第一王子ライオネル・ローズの護衛隊長、ベンジャ。


「ベンジャか……」


 次期国王候補のライオネルのそばに魔人がいるという事実に悪寒が走る。事態は想像以上に深刻だ。


「ここからは直接会って話すべきです。ディンもそのつもりでしょう」

「そのディンだが、戻ってこいという私の命令を無視して勝手にカビオサの遠征任務に参加しているのはなぜだ?」

「うーん。僕から連絡取れなくて……ディンなりに手がかりを見つけにいくみたいですね」

「ちっ。暢気な奴め。一刻も早く話し合う必要があるというのに……」


 ゼゼは自分の口から出た言葉に思わず苦笑いしてしまう。

 現在、魔術師団内でゼゼが相談できる相手はいない。そんな中、知り合ったばかりの憎たらしい小僧であるディンが自分の重要な相談役になるとは思いもしなかった。


「どうかしました?」

「別に。世の中、何が起きるかわからないものだと色々噛みしめていたのだ」


(だからこそ面白い)

 

 キクは少し間を開けて切り出す。


「そういえば、僕が渡したあれ、試してくれました?」

「試すわけないだろう。私は魔道具を極力使わない主義だ」

「……あなたは身の丈が大きすぎるゆえに、他者に頼ることをしない。それでは、この戦いに負けますよ?」


 ジョエルや博士すら指摘してこなかった部分をキクははっきりと口にした。

 ゼゼとしても、もう少し心を開いて、信じられる仲間を増やすべきだったのではないかと、今更ながら感じていることではあった。


 だが、それを口にするのはプライドが許さない。


「最後に頼りになるのは……己の力のみだ」

「一理ありますがね。まあ、頭に入れておいてくださいよ。だって、世の中何が起きるかわからないものだ」

「ふん」

「だからこそ面白い」


――そうかもな

 

 声に出そうとした瞬間、気配を察し、受信機を置く。

 瞬間移動による室内への闖入者。


 が、その顔が目に入り、ゼゼは攻撃態勢を止める。

 すぐそばに立っていたのは大教皇ロニーの孫のルーンだった。


「ゼゼ様、ごきげんよう」


 深々と頭を下げた後に見せた微笑みは、暗雲を告げる恐ろしく冷たいものに見えた。

 この時、大昔に聞いた姉の言葉がふと頭によぎる。


――世の中、何が起きるかわからない。だからこそ恐ろしい

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