第14話 じゃあまずは全員に挨拶するか
翌朝、寝間着から着替えた後、ルーンからもらったブレスレットをさっそく身につける。魔道具時計の時間を確認し、魔術師団本部へ向かおうとした時、ロマンピーチ家の邸宅に思わぬ来客が来た。
シーザだ。
「私も連れてけ」
「伝説の勇者一行でも魔術師団本部に許可なく入れないだろ」
「ああ。だからとっておきの魔術を使うのさ」
シーザはにやりと笑った。シーザには情報を共有しているし、連れていけるのならそれに越したことはない。
地下の転移部屋まで案内するとその前で魔術印を紙に書いていく。
「この魔術は魔族討伐にも非常に役に立った。私しかできないオリジナルだ。刮目せよ」
いつも馬鹿にしていたが、曲がりなりにもロキドスを倒した勇者一行だ。独自の魔術と聞いて興味がわいた。
シーザは魔術印をたっぷり時間をかけて描く。待ち時間が長い。
それが完成した後、両手を合わせて詠唱しだした。
が、その詠唱も思いのほか長い。
「ねぇ、長くね? まだ?」
「あほ! 黙れ! 集中してたのに! また最初からじゃ!」
叫び散らして、また詠唱しなおす。
時間がかかるが、本来の魔術とはこういうものなのだろう。仕方なく腕を組んで、シーザの魔術語を延々と聞いた。百数えた後、シーザの両手から光があふれ、シーザを包みこむ。光の消失と共に目の前からシーザが消えていた。
「あれ? どこ行った?」
「下だ、下だ」
妙に甲高い声が聞こえる。
床に視線を落とすと、丸いふわふわした小さな生き物がいた。
「なんだ、これ?」
「ふわふわだ!」
時が止まったようにディンは固まる。
「で?」
「教養の足りんお前には理解できんようだが、超レアな生き物さ。物理攻撃も効かず、念話も可能。魔獣からも無害とされ攻撃されないので、偵察でも大活躍!」
自信満々に説明するが、ディンの眼には風が吹けばどこまでも飛んでいきそうな儚い生物にしか見えない。
「そんだけ?」
「さらに三日間、この状態で飲まず食わず活動可能! そんで! そんで! 見ろ!」
シーザの丸々とした身体が膨張していき、ふっくらと大きくなる。
「大きくなるぞ! 緊急のベッドになりまーす」
自然とごみを見るような目になった。
「これが伝説の勇者ご一行か……じいちゃんは、なんでこんな小物をパーティに入れたんだ?」
「おい! そういうこと言うなよ!」
「で? こんなふわふわをポケットに突っ込んで何の役に立つんだ?」
「使いどころあるって! 少なくとも念話は使えるし、物理攻撃の防御とかもできるから!」
期待外れの結果だったが、重さもないに等しいのでとりあえずシーザを胸ポケットに突っ込んだ。石板の上で転移しようとしたときシーザが顔だけ覗かせる。
「私がついていく気になったのは、ある情報を仕入れたからだ」
「なんだよ」
「ディンが殺された討伐記録全書の空間に入れるのは基本的にゼゼ魔術師団のみ。が、普通の魔術師たちはゼゼ様への申請が必須だ。申請無しで出入りできるのはゼゼ様に認められた特別な人間たちのみだ」
やはり痕跡なく出入りできる人間は限られるらしい。
「特別な人間ってのは誰?」
「幹部の二人と六天花の累計八人だな」
それが容疑者であることを意味する。
「ゼゼも入れたら九人か」
「ゼゼ様は絶対にありえん!」
シーザは甲高くなった声で叫ぶ。
「それは同族のエルフだからか?」
「違う。ゼゼ様ならディンが王都のどこにいようと跡形もなく殺せる。だからありえん」
魔術師ゼゼをよく知らないので、正直納得できなかったが、シーザの意見を尊重してそれ以上の議論は控えた。
「じゃあ残りの八人は?」
「調べたが幹部の二人も違う。間違いなくディンを殺していない」
「理由を聞こう」
「幹部の一人はお前もよく知るジョエルだ。ディンが殺された時間、病院の大部屋で子供たちの診察をずっとしていた。目撃者は多数いるし、瞬間移動の魔道具をもっていたとしても抜け出せないはずだ」
「目撃者が多数いるなら確かか」
ジョエルはよく知った人間であるので、正直ホッとした。少なくとも怪我をしたら安心して頼っても問題なさそうだ。
「もう一人の幹部は博士って奴だ。一度会ったことがある。こいつは魔人と戦って、両足がない。それ以来、どこかで引きこもって研究している。基本的に自分の力で動くことができないんだ」
「なるほど。両足がないなら博士じゃないな」
ディンは殺された時のことを思い出す。あの時、わずかだが背中から近づく気配と足音がした。両足がない男が後方から剣で突き刺すというのは到底ありえない。
博士という男なら、魔術を使ってディンを殺すだろう。
「となると」
「ああ。ゼゼに認められし優秀な魔術師、六天花。その中にディンを殺したロキドスがいる」
すでに面識があるのはフローティア。が、他にもディンは生前面識を持っている者が多かった。
「じゃあまずは全員に挨拶するか」
ディンは軽口を叩き、魔術師団本部へ瞬間転移した。
挨拶と口に出したが、訓練場への出入りしか許可を受けていない身分であるので六天花と会うには彼らの方から訓練場に来てもらわなければならない。
エリート集団ということで訓練場とは縁遠い存在に思えたが、意外にもフローティアのように顔を出す者が多いらしい。
昨日同様、訓練場に足を運ぶと、さっそく六天花の一人を見つける。
朝早くから活気ある声が飛ぶ中、周囲を鼓舞するように大男は一際大きな声を張り上げている。こちらの姿を確認するとぐんぐん近づいてきた。
「おはよう! ユナ! まずは無事で何よりだ! 身体の方は大丈夫か?」
間近で張り上げるような声に思わず耳をふさぐ。
魔術師団内でもずばぬけて高い身長と筋肉隆々の身体つきは正に大男。その顔にはディンも見覚えがあった。
「アランさん、お久しぶりです。記憶はあいまいな部分もありますが、身体はすっかり元気です。アランさんはより身体が大きくなったように見えますよ」
「うむ。常日頃から鍛錬を怠っていない証拠だ!」
誇らしげにアランは胸を張る。
六天花序列五番、アラン・ガザード。
ユナの小さい体躯でアランを見上げるとよりでかく圧迫感を覚えた。
「今日、ゼゼ様からの指令でユナを鍛えることになった。ビシバシいくから覚悟しておけ!」
骨にまで響きそうな野太い声に思わず顔をしかめる。そこには多少のがっかり感も含まれていた。前日に教わった可憐な美女から三十前後と思われる武骨な男への落差はモチベーションに関わる。
もっとも容疑者の一人となったフローティアを前日のように鼻の下を伸ばして見ることはできないが……
容疑者の一人であるアランをディンは観察する。
アランに関してディンは生前よく知っていた。ユナの事故後、ロマンピーチ家の邸宅で何度も謝罪をしに来たのがアランだったのだ。そのときディンはあらゆる言葉を使って侮辱した記憶があるが、アランは一切反論せずただ頭を下げるだけだった。
今考えると行き過ぎた行為で、少し申し訳ない気持ちになる。
「風の噂で兄にいろいろ言われたようですが、大丈夫でしたか?」
「うむ。こちらに非があるのは明らかだからね。ただあれほどねちっこく嫌味ったらしい言葉を並べたてるのはもはや才能だ。私も彼と会うたび、体重をすり減らしたよ」
「はははっ」
乾いた笑いが口から出る。
【ディンはやっぱ性格ねちっこいな】
声は聞こえないが、頭に響く声。念話だ。
ポケットからにやりと口元で笑うシーザが少しだけ顔を出す。
頭に直接響く感覚はとても変な感じだ。便利だがちょっとうっとおしい。ディンにのみ聞こえるようで、アランも異変には気付いていない。
「過去の諍いを振り返っても仕方ない。それよりこれからのことだ! 魔術師としての勘を取り戻さないとな」
「ですね」
昨日の段階で上級生となるまでの課題は残り一つとなった。が、最後の一つは対人戦となっており、身体の使い方に慣れたばかりのディンにとっては難易度はかなり高いと言える。
「ちなみにユナは自分の魔術特性は覚えているか?」
「反発と引き寄せ……?」
「なぜ半信半疑? まあ、正解だ。引斥力魔術とも呼ぶ」
ユナから使える魔術は昔聞いたことがあった。それが反発と引き寄せと聞いた時、半端な才能だなというのが素直な感想だった。
反発と引き寄せは別段珍しいものではなく、魔術の才を持つものなら扱える人間が多い。というより初歩中の初歩だ。汎用性はあるが、時空魔術や回復魔術などのような本当に一握りの人間しか扱えない類のものではない。
「ユナは生涯にわたり、それのみを極めるんだ」
「それだけですか?」
「不満か?」
「いえ。祖父の代は大量の魔術を習得している魔術師が多い印象なので」
実際、そうだ。勇者一行の魔術師は両手におさまらない魔術を会得し、魔王と戦った記録が残っている。
「複数の魔術を同時に習得すると、すべてを極めるまでに百年以上はかかる。自分に合った魔術特性のみを極めれば、最短で達人の域に到達可能だ。その方が絶対に魔術師として大成できる」
これはおそらく長命種であるゼゼが何千人という魔術師を育てた経験則によるものなのだろう。長年の経験則であるならおそらく間違いはない。
「ユナは素晴らしい引斥力魔術の使い手だ。とくに反発の方は誰よりも優れていて達人の域に達していた」
「へぇ」
思わず他人事のような感嘆の言葉が出た。当時十二歳だと考えるとどれだけユナが優秀だったのか理解できる。調査のために魔術師団にいるが、自分の知らないユナの一面を少しずつ知れて新鮮でうれしい気持ちになる。
「じゃあ準備運動をしたら実戦だな」
最後に残った課題は、対人戦。
魔術を使って相手を制圧し、無力化する。
上級者の魔術師を制圧すれば合格。
ルーンの魔道具で初見殺し可能だと目算は立っているが、ふと単純な疑問が湧いた。
六天花とは実際どれほどの強さを誇るのか。
ディンは魔術師とは無縁の人生を送ってきたので、そもそも魔術師の戦いというものをほとんど見たことがなかった。
「少し提案なんですが?」
「どうした、ユナ?」
「アランさんが戦っている姿を拝見したいです」
「うむ。いいぞ」
アランは思いのほかあっさり承諾した。
「同じ引斥力魔術の使い手の姿が学ぶのが手っ取り早いというものだ」
「えっ? 同じ使い手?」
「ああ。私もユナと同じ引斥力魔術を極める者だ」
アランは上級者組の人間から適当に三人を呼び出した。
「三人まとめてかかってきなさい。ほかは全員隅に移動!」
アランの声が訓練場内に木霊した。