第139話 この程度で私をどうにかできると思うな
そこに群生している木は魔の森特有の木の一つだ。枝は一切なくツタのみに覆われており、石柱のようにまっすぐ空に向かって伸びている。
どれも高さや幹の太さは似通っていて、人が二人立てるほどの幅がある。
一定の距離があるその木にマゴールとシーザはそれぞれ立ち、お互い見合っていた。
マゴールはつまらないものを見るような眼でシーザを見ている。
「害虫ふわふわに覆われて滅んだ街はどうすればよかったかわかるか? 何もしなければよかったのだ。そうすればふわふわは一切の害がない。共生して生きることができた」
「それはお前への隠喩か?」
「そうとも言える。お互い干渉しなければ、何も起きない」
それはマゴールの警告。牽制するように片手をシーザに向けた。詠唱必須で強力な魔術のないシーザは状況を打開できる手を持っておらず、唇をかみながらもその場で固まる。
自然とマゴールは下にいるふわふわで動けないディンに視線を向ける。
「サガリ―の子よ。魔族との共生について質問に答えてもらってなかったな?」
「私には難しい質問です。ですが、お兄ちゃんならこう答えると思います」
ディンはマゴールの方を見てはっきり言う。
「それくらい自分で考えろ、バーカ」
「……」
「お前には軸がないんだよ。だから、そんなつまらないことに悩む。自分から変えようと動けない奴には何も変化は起こせない」
「お前の兄はわかったような口を利く男だな」
「かもしれません。ですが、共生を求めるならあなたから一歩踏み出す必要があるのも事実。あなたの言う共生とは誰もいない辺境の地でこっそり暮らすことが目的なんですか?」
マゴールはその言葉で瞳が揺れ動き、少しの間考え込む。
「それは……望んでいるものと違う」
「ということは人を信じ、信じられる魔人にならないといけませんよね? その先にあなたの望む世界がある」
マゴールは想定していなかったのか、言葉に詰まる。それを確認し、ディンは続ける。
「だから、今こそ共生への一歩を! 武装解除してください! 敵意がないと示すなら私はあなたを信じます!」
油断させて殺すための方便を並べ立てる。思いのほかマゴールは悩んでいたが、自分に言い聞かせるようにゆっくり喋る。
「それはできない。そうやってだます可能性がある。ジョエルの時に懲りた。人間はそういう生き物だ」
ディンはそれを聞いて鼻で笑う。
「臆病だな。その程度のことも歩み寄れないなら、共生なんて言葉は口にすべきじゃない。というか……そもそもあなたは共生なんて望んでいないんじゃないですか? 深く考えてないのがその証拠だ」
「ち、違う」
マゴールはその指摘に思いのほか動揺していた。
「できないと言って欲しい。そうしたら壊すことに躊躇がなくなるから。あなたは結局、壊す理由を欲しがってるだけだ」
「そんなわけ――」
唐突に一本のラインに並んだ蝶が赤く発光し、高速でマゴールの心臓部めがけて飛ぶ。
槍のようなミレイの攻撃にマゴールは身体をひねらせ心臓の直撃は避けるが、肩を貫かれる。
「ぐっ……さっきからお前は邪魔だ」
ミレイを睨み、マゴールは両手を握りしめる。
「遠・壊」
それと同時に遠くから何かが破裂する衝撃音が鳴った。
「石を重ね合わせて、ハナズの墓を作った。その石にはある魔獣が混じっている。普段は石像となっているが、一定の衝撃を受けるとそれらは動き出す」
やがて崖下からその魔獣たちは姿を現す。
醜い猿のような顔に背中には蝙蝠のような羽を生やし、額には一本角。
「ガーゴイル……」
目視できる限り、二十体以上はおり、いずれも人の倍以上の大きさだ。白いふわふわで動きのとれないミレイとディンの上空を大量のガーゴイルは旋回しながら見下ろし、すでに狙い定めていた。
「そいつらは遠隔で火炎を吐くし、動きも素早い! 狙われたら厄介だ!」
唯一動きの取れるシーザだが、マゴールが牽制している状態。ふわふわは想像以上に厄介で、動けば動くほどがじりじりと体積を増やし身体の動きを絡めとる。
ミレイに近づこうと思うと、なぜか離れていく。
両手の自由も効かず、ミレイも両手両足がふわふわに浸かった状態で身動きが取れていない。頼みの蝶もマゴールへの一撃でもう数える程度しか舞っていない。
考えうる最悪の状況だった。
「マゴール! まだ話は終わってない!」
「そのとおり。だが、そっちの女には用はない」
ガーゴイルが狙っているのはミレイの方だと気づく。
「ミレイ! いったん――」
「舐めやがって……」
ぼそりとミレイはつぶやく。
「あっ」
その眼のぎらつきは覚えがあった。
「この程度で私をどうにかできると思うな」
一度火がつくと誰も止められなくなる暴走モードのミレイ。この状態になるとひたすら平謝りする以外、ディンは止め方を知らない。
「へらず口だな。両手で蝶を増やすが、今君は両手が使えない状態。詰みの状態だと気づけ」
大量のガーゴイルがディンたちの上空をぐるぐると旋回し続け、やがてターゲットのミレイに狙いを定める。それぞれの口から紅蓮の炎が同時に吐き出される。
「ミレイ!」
その炎の塊が放たれたと同時に、それらは唐突に現れた。
ミレイを守るように大量の蝶が覆いかぶさり、盾となって炎を防ぐ。
「どこから……」
崖下からさらに現れる数えきれないほどの蝶。おびただしい数の蝶は一つの生き物のように揺れ動く。
「森に放った蝶をすべてここに集めただけ」
アンジュの森を探索していたすべての蝶がこのタイミングで辿り着いたのだ。
ミレイは間を置かずに結び語を唱える。
「蝶星屑」
下から上に無数の赤い星が空を突き刺すように飛ぶ。空に打ち上がるように飛ぶ赤い星々はまるで流星群のようで幻想的な景色だった。
その一つ一つは雨粒のように小さいが、圧倒的な物量で受ける術はない。その攻撃の中にいるガーゴイルたちはあっという間に穴だらけになり、次々と墜落していく。
「……すげぇ」
「ちっ」
マゴールもディンもその光景に視界を奪われていた。そのわずかな隙に、シーザは空間に描いた魔術印で上級詠唱魔術を完成させる。
「位置転換」
それはシーザのとっておきの時空魔術。半径三十歩圏内の対象と自分の位置を入れ替える。大半の魔力を奪われる使いどころが極めて難しい魔術をここで展開し、ディンと自分の位置を入れ替えた。
これによりふわふわの海からディンは脱出し、シーザの立っていた木の上に立つ。
ディンは状況を一瞬で把握し、マゴールに向かって魔銃を向けた。
「無駄だ」
魔弾を連射するがマゴールは右手でかざし無力化する。ディンは片手で引き寄せ。対象はマゴールではなく、下にある木。枝のない木はしなって傾き、上に乗るマゴールはバランスを崩す。
そのタイミングでディンはマゴールに向かって跳躍。宙に舞いながら、左手の魔銃を連射。マゴールはそれを無力化し、態勢を立て直す。
マゴールの視線は左手の魔銃のみに向いていた。ディンは右手に握るただの鉄球を手放すと同時に反発。近距離で放たれる鉄球に反応できず、マゴールの頭部に直撃。
「うっ」
マゴールの立つ木に飛び移るタイミングで反発魔術で押し出し。マゴールはバランスを崩し木から落ちる。が、地面に向かって反発魔術を使い、強引に別の木に飛び移った。
ディンはマゴールの立ってた木に降り立ち、マゴールを睨む。
「ちっ。落ちとけよ」
人間には真似できない身体能力に思わず舌打ちする。
「マゴール。私も父のことを君に聞きたいが答える気はあるか?」
「武装解除して私のことを信じるならな。歩み寄る心を見せてみろ。君が言い始めたことだ」
ディンは周囲を見る。魔の森特有の高い木が周囲に大量にあり、下は地面を覆い尽くすふわふわの海。落ちれば抜け出すことは容易ではない。
一対一では勝てないが、この条件なら勝つ方法はある。
迷わず両手を合わせる。
――魔術解放
「それが答えか」
「戦って勝ちじゃない。落とせば勝ちだね。わかりやすい」
謎多き魔人であるが、同じ分解魔術の使い手。手の内はほぼ理解している。
「この勝負、私の勝ちだ」
「やんちゃで困るな……サガリ―の子は」
表情は変えないが、マゴールもはじめて戦いの構えを取った。