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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編
138/224

第138話 この世界はあらゆる生物に寛容的だと思うか?

 勇者の孫、エルマーの孫。

 そう呼ばれたことは数えきれないが、父であるサガリ―の子と呼ばれた記憶はほとんどない。

 だから魔人からその名が出てきて、ディンは戸惑いを隠せなかった。


「魔術中和」


マゴールはこちらを見たまま空に向かって透明な魔壁を展開する。空を舞う大量の蝶が高速で襲ってくるのをすべて無力化していた。


「なぜ父の名を?」


 聞かずにはいられなかった。幼いころに死んだ父サガリ―は祖父エルマー同様、冒険者だった。冒険者にも違いがあり、祖父エルマーは魔獣討伐を生業としていたが、父サガリ―は地図に描かれてない未知の場所を調べるのが主な任務だった。


 だから、幼いころは家にいないことの方が多く、どこで何をしていたのか、なぜ死んだのか、父であるがディンにとって空白が多い。


「私は君の父がなぜ死んだのか理由を知っている」


 思いもしない告白にディンは構えていた魔銃を下ろした。


「が、君にそれを教える気はない」


 そう言ってマゴールは手に持つ球体の何かを見せた。


「これは毒霧玉という。衝撃を与えれば、破裂し毒の霧が周囲に舞う」


 マゴールはそれを崖から投げ下ろす。落ちたそれは破裂し、周囲に変色した毒が散布されていた。


「小屋の中に大量に残してきた。地盤の沈んだ衝撃ですべて破裂しただろう。やがて毒の霧が蓋をしたダンジョンを覆う」


 淡々と与えられる情報に動揺しそうになるが、深く呼吸して冷静さを保つ。魔道具で構築されたダンジョンは分厚い土に覆われており脱出は簡単じゃない。


「てめぇ! 好き勝手言いやがって!」

「落ち着け。シーザ。まだ続きがある」

「その通り。私は彼らを殺す気はない。君が私の質問に答えるなら解毒薬を渡そう。そして、君の父について教えてもよい」


 マゴールの瞳をじっと観察する。意志を感じず、人形と相対しているようだった。意図は見えないが、サガリ―の子供に会いに来たというのは間違いない。


 そして、マゴールは率先して魔術師を殺してこなかった過去がある。

 といっても、死なないように配慮するほどの優しさがあるとも思えない。


「私に聞きたい質問とはなんです?」


 なるべく落ち着いた口調でディンは尋ねた。急かしても状況は変わらないことをディンは理解していた。落ち着いた様子を見てか、マゴールは意外そうな表情を見せる。


「君の眼に世界はどう映る? この世界はあらゆる生物に寛容的だと思うか?」 

「えっ?」


 想像の斜め上の話を持ち出されて、うろたえた。


「この地に生まれたのであれば、生きる権利は有してるかと思います」

「だが、現実は違う。食物連鎖の中、自然と滅びゆく種もいる。果たして今後、あらゆる種族が共生できる未来が来ると思うか?」


 話の意図が見えず、返答に窮する。が、マゴールの表情から冗談を言っているわけではないとわかる。

 ディンからするとどうでもいい質問に思えても、マゴールにとっては重要である可能性がある。ディンは平静を努めて答える。


「結論だけいうと、共生は可能です。平和になった昨今、より叫ばれるようになったのが多様化という言葉です。あらゆる種族を受け入れ、差別をなくそうという運動が積極的に展開されています。もっとも根付くのはまだ先の話になるかもしれませんが」


 定型文のような言葉を並べて、反応を伺う。が、その目から何も読み取れない。


「なるほど……では魔族との共生も可能だと思うか?」


 無機質な問いかけだがこれがマゴールの本題だと悟る。

 ディンはその問いに思わず呆れる。


 答えなどはっきりしている。魔族は基本、人を殺すように設計されている。呼吸するようにそれはメカニズムとして機能している。つまり、魔族とは有害生物だ。


 そのへんのハエや虫に人権や平等なんて言葉を当てはめる人間はおらず、害虫や有害生物は駆除するものだ。共生などありえない。


(なんてぶっちゃっけても解毒剤渡さないよな……)


 これは自分の考えを素直に答えるものではない。マゴールの望んだ答えを読んで、それを口にする正否の問題だ。


「共生は……可能です」

「お前、本気で言ってんのか! 馬鹿か、お前は! ありえねぇだろ!」


 胸ポケットにいるシーザに台無しにされる。


「ジョエルを殺して、今仲間を毒で殺そうとしてるだろ! 共生とか虫のいい話してんじゃねぇ!」

「そうだけど。そうだけどさ。もう……せっかくの作戦がー」


 舌打ちしそうになるが、マゴールの表情が変わったことに気づく。


「ジョエルに関しては彼が罪に価する約束を破ったからだ」


 そう言って、わずかに怒りを滲ませる。はじめて感情の色を見せた。何があったかわからないが、マゴールにとって許せないラインを超えたというのが伺えた。


「サガリ―の娘よ。共生は可能と言ったが、それはどういうことだ?」

「その前に一つ。あなたは人間と共生して生きてもいいと考えたことはあるんですか?」


 ふと湧いた疑問を口にする。


「共生という言葉がはまるかわからないが、私は誰にも迷惑かけず静かに暮らしたいだけだ」

「へぇ」


 嘘か本気か、真意を確かめたくなったが、時間がない。魔族との共生についてありえない理想論を語ろうとした時に、シーザからの念話。


【ディン。いったん引け。解毒剤とかどうでもいい】


 思わず顔をしかめる。


「ミレイがいるんだから、逃げるわけないだろ」


【おい、声に出すな。作戦がばれる】


「見捨てるのが作戦ってのはおかしいだろ」

「だから! 蝶魔術使いは解毒できる蝶を持ってんの!」


 寝耳に水の情報にディンはきょとんとする。


「ん? そうなの……?」 

「逃げる気か? 簡単に逃げられると思うな」


 マゴールが一歩近づき、射抜くような目でディンたちを見る。


「もう! 馬鹿! せっかくの作戦がー」


 お互いの足を引っ張り合う絶妙に噛み合わない状況。だが、ミレイたちのことを考えなくていいのなら、話は変わる。

 ディンはマゴールに魔銃を向けた。


「やる気か? まあ、別にいいが」


 マゴールは特に構えることもなく両手をぶらりと下げたままディンの方を見る。

 隙だらけに見えるのに攻撃が当たる感覚がない。一対一では勝てないとディンの勘が告げていた。

 自然とそのまま固まる。


 睨み合う時間が続くが、それを打開したのは蝶だった。

 ディンの両肩に止まった蝶が唐突に発光し、光の玉となって高速でマゴールの両目を貫いた。


「ぐっ」


 同時に下から爆発音。ダンジョンの蓋に穴が開き、そこから大量の蝶が舞い上がってくる。

 蝶と共に舞い上がってきたのは羽をつけたミレイ。

 数多の赤い星屑がマゴールに超速で接近し、マゴールは両目を閉じたまま魔術中和を展開。


 いくつか被弾して身体に豆粒程度の穴が空くが、表情を一切変えない。

 空を舞いながら特級詠唱魔術を唱えていたミレイが崖の外側から姿を現し、唄を締める結び語を口にする。


「万蝶」


 舞う大量の蝶が魔術印の形を作り、その円が光を放ち、極彩色の魔力が放出される。


 マゴールは即座に分厚い魔壁を展開。魔壁が受け止めたのは一瞬であっという間に崩壊され、凝縮した魔力がマゴールを貫いた。

 マゴールは貫通した腹部を抑え、崩れ落ちる。


「これでも慎ましい魔術かしら!!」


 ミレイは崖に降り立ち、とどめを刺すべくマゴールに接近。

 両膝を地面につけた態勢のマゴールは両手を合わせ高速で何かをつぶやく。


 そして、両手を開くと複数の赤黒い蝶が出現し、ミレイは思わず固まる。


「蝶星屑」

「嘘でしょ?」


 発光した蝶がミレイに向けて高速で飛来し、ミレイは反射的に横に飛ぶがその一つが左ふくらはぎに貫通。

 片膝を地面につけたまま、唖然とした表情に変わる。


「……なんで?」


 ミレイが立ち上がろうとするより先に、マゴールはミレイの前にいた。ミレイの顔を片手で掴む。


「自分で受けてわかるだろ。脆弱な虫の攻撃など、チクリと刺された程度の痛みだ。蝶魔術は特殊であって特別ではない」


 マゴールが手に力を込めようと瞬間、ディンがその腕に魔弾を撃ち込み、即座にミレイを引き寄せ。


「ミレイ!」


 ミレイの身体を受け止め、マゴールに向かって魔銃を構えた。


「大丈夫! あと、他の人は解毒済みで全員無事よ。避難させたけど、すぐには動けないかも」


 ミレイは脱出路を自ら作り、全員を避難させた後、解毒をし、さらにユナを守るためにマゴールへ攻勢を仕掛けた。


 この場にいる人間全員を背負いこむような奮闘っぷりは頼りになると思うが、少し心配にもなる。


「邪魔が入ったな。だが、まだ質問には答えてもらっていないぞ」


 両目を潰されたはずのマゴールは目を赤くしながらも、ディン達の方を見て、ポケットから何かを取り出す。


「サガリ―の娘との時間は誰にも邪魔させん」

「ユナを傷つけようとする者は誰であっても許さない」


 牽制しあう中、マゴールは何かを投げる。

 ちょうどマゴールとディン達の間にそれはぽとりと落ちた。

 白いふわふわの物体を見た時、急に緊張感が抜けるような弛緩した空気が流れる。


「えっ……これって?」

「すべてを受け止めてもらおう」


 それは何もしなければ一切の害がない害虫ふわふわ。

 その害虫の身体に埋め込んだ丸い球体の魔道具は、アネモネの封緘ふうかん魔術を魔道具化したものだ。

 効果は魔力攻撃を閉じ込めて、開く。


 その魔道具はマゴールと魔術師の積み上げた歴史だ。

 マゴールを攻撃しようとした者たちの痛みの歴史。

 限界まで閉じ込めた魔力攻撃をすべて開く合図をマゴールはつぶやく。


「開」


 害虫ふわふわは痛みや衝撃にストレス反応し、無限に膨張する性質を持つ。

 衝撃により害虫ふわふわは変態。

 地面を這う大きな波のように、それは一瞬で広がる。


 マゴールは木の上に跳躍して逃れるが、ディンやミレイは反応が遅れ、膨張するふわふわの荒波に飲み込まれる。

 まるで白い海原のように崖の上一帯がふわふわに覆われた。


「ユナ!」

「大丈夫。だけど……」


 痛みや圧迫感は一切ないが、水を吸った綿のように重さがあり、ふわふわに覆われて身動きが取れない。それはミレイも同じだ。


「森でふわふわした白いものを見つけた子供がいた。街に持って帰り、そのふわふわで遊んでいるとなぜか大きくなった。さらにちぎると増えることがわかった。街の子供たちは皆それを持つようになった。衝撃により大きくなるが、小さくなることはない。どんどん大きくなるそれに大人たちは不安を覚え、処分を検討した。が、どれだけの攻撃を加えてもそれは大きく無限に増えるばかり。やがて街一つが呑み込まれた」


 ディンは身動きが取れず、胸ポケットにいるふわふわのシーザを反発で放ち、シーザは木の上で変身魔術を解除した。

 マゴールと相対する位置でシーザは立つ。


「人類の倒すことのできなかった三大魔獣、害虫ふわふわ。それに変身するとは変わった女エルフだな」

「害虫ふわふわを持ち歩いてる奴に言われたくねぇよ」


 高い木の上にお互い立ち、牽制するように睨み合う。

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