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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編
137/223

第137話 冒険者サガリ―の子よ

 現在、森の外で待機してるのはディンとシーザを含めて五人のみ。

 他は森の中で探索中だ。


 少人数にもかかわらずその場で即小屋に向かうことが決まった理由は三点。

 小屋の周囲に魔人の影がなく、もぬけの殻である可能性が高いこと。

 今すぐ行けば、日が暮れるまでに戻れる距離にその小屋があること。

 他の魔術師たちと途中、合流可能であり、いざという時の応援も期待できること。


「どのみち私がいる限り、奇襲されることはないわ」


 絶対的自信の裏付けにある、大量の蝶がミレイの周囲を舞う。


 ミレイが先頭となり、魔の森を進んでいく。青く発光する虫や不思議な甘い香りを漂わせる黄色い苔、金が部分的に混ざる巨大な紅石などが目に飛び込み、思わず見入る。


 噂通り幻想的で不思議な森だ。「よそ見すんな!」と肩に乗っかるシーザに何度も注意された。


 最後方のディンが迷わないよう魔道具でマーキングをつける役目を担い、ミレイが蝶で歩きやすいルートを選んだ。


 ミレイの蝶のおかげで行軍は驚くほど順調に進んだ。もっとも山道に慣れてないディンは何度もつまずき、行軍の足を引っ張った。


「ユナはとっても足腰を鍛えてたんだね。ほとんど息が上がってないからよくわかるよ」


 わずかな休憩の合間、ミレイが水筒の水を飲みながら、隣に座る。ミレイの指摘したとおり、かなりの距離を走って移動を続けていたが、疲れ自体はほぼなかった。もっともそれはミレイも同じだ。

 ミレイもユナもディンの知らないところで努力を積み重ねてきたことがよくわかる。


「魔術師も基礎となるのは身体だから」

「だよね。どういう訓練をしていたの?」


 ディンはユナがどういう訓練をしていたのか知らない。しかし、知らないとは言えないので、アイリスから聞いた訓練の話を思い出し、適当に答える。


「今。適当に答えたでしょ?」


 悪戯な眼を向けられ、思わず顔に出た。


「やっぱね……二人きりでじっくり話す機会がなかったから気づかなかったけど、血の繋がりを感じちゃったなぁ」

「どういうこと?」

「さあ……どうでしょう?」


 ミレイは意味深な笑みを見せて、立ち上がる。


「私にはありのままを話してくれればいいんだよ? ユナは私の妹なんだから」


 一人一人に声をかけていき、先頭を歩き出した。


「俺が嘘つく時の癖ってなんかあったっけ?」


 頭にのっかるシーザに尋ねるも首を横にふる。


「どっちにしろミレイはお前のことよく知ってるからな。まあ、流石にばれないだろうが、違和感は持つかもな」

「ばれないならいいか」


 今しかないと思ったのか、シーザは唐突に切り出した。


「……やっぱりミレイには話してあげた方がいいんじゃないか?」

「なんで?」

「死んだとわかれば、ショックだろうよ。どんな形でも生きてるって教えれば救いになるかも」

「今の状態が……救いになるのかよ。この宙ぶらりんの状態が」


 この状態がずっと続く保証はない。それはシーザもよく理解している。だからか、自然と言葉が止まり、沈黙が続く。


「……だな。この件はディンに任せるよ。ただあの子が不憫に思えてさ」


 ディンはそれに答えず、黙って行軍の背中についていった。


 雑木林が密集する地帯で粘着性のある葉が身体中にひっつくという事態に遭遇した程度で、行軍に大きなトラブルはなかった。

 タンタンやアイリスは遠い位置にいて合流は不可能だったが、途中近くにいた一団と合流でき、累計十人となり、小屋へ向かう。


 予定よりずっと早い時間で小屋まで着くという目算がたち、二度目の休憩を挟んだ時、蝶で監視していたミレイの表情が変わる。


「いた……」

「えっ? 何が?」

「小屋からマゴールらしき魔人が出てきた」


 魔人の住処かどうか調査するという任務が魔人討伐に変わったことを意味し、全員に緊張と動揺が走る。


「ど、どうする?」

「タンタンらと合流するまで待機した方がいいんじゃないか?」

「いや、ずっといるとは限らない。見失っては元も子もないわ」


 極めて低いと思われた魔人の出現により、皆の意見が割れた。


 全員、ゼゼ魔術師団の魔族討伐部隊に所属しており、魔獣討伐経験は少なからずある実力者だが魔人との対峙は未だない面子だった。そして、ダンジョンでの凄惨な結果も知っているのでどうしても二の足を踏む。


 揺れる団員たちを落ち着かせるように口を開いたのはシーザだ。


「進むべきだ。マゴールはハナズやアネモネみたいな好戦的タイプじゃない。むしろ魔術師を見て逃げ出すやつだ。逃げる相手を追い打ちしたりもしない。今後のためにもぶつかっておいたほうがいい。当然、逃げる算段もつけてな」


 アネモネのようなタイプなら真っ向から戦うのは極めて危険で入念な作戦が必要だ。が、マゴールは魔王ロキドス君臨時代から戦わない魔人として有名だった。


 情報がほとんどないので、少しでも情報を得るために接触するのが賢明というシーザの意見に皆が同意した。

 ずっと目を閉じていたミレイは目をゆっくり開き、眉をしかめる。


「どうかした?」

「マゴールと目が合った。でも、あいつ暢気に小屋の前でずっと立ってる。まるで誰かを待ってるみたいに」


 現存する四体の中でもっとも謎に包まれた魔人。

 その輪郭を掴むため、ミレイを先頭にマゴールのいる小屋へ向かった。





 その小屋は、魔の森を抜けて開かれた場所にあった。

 奥には五階建ての建物と同じくらいの高さの岩壁があり、それぞれ森の茂みに隠れて様子をうかがう。


 シーザの提案により小屋を囲みつつ、崖上から一人援護にまわることになった。


「じゃあユナとシーザ様は崖の上から援護して。私たちで魔人に接触する」


 ミレイの指示により一番安全な場所に配置される。六天花という立場だが、今いる面子の中では経験値も浅いので判断としては妥当だ。


「しかし、フィアンセを最前線に立たせるのは男としてなぁ」

「お前、安全圏から偉そうに命令するタイプだろ。見栄張るなよ」

「そういう言い方やめろ」


 マゴールにばれないよう森の茂みに隠れながら、迂回するようにまわりこみ、反発魔術で跳躍し崖上に上った。


 崖の上はツタに完全に覆われた不思議な木が大量に群生していた。枝は一切なく、ポールのようにそれらは立っている。


 崖上から小屋を見下ろせる地点にかがみ込み、周囲を舞う蝶に指で丸を作って見せた。崖から頭だけ覗かせて小屋の方を見ると、マゴールはまだ暢気に立っていた。


 中肉中背で少しぼさぼさの黒髪は耳にかかる程度の長さ。肌色のチュニックと茶色の長ズボンを着て、腰のベルトに武器はないが、魔道具らしきものは複数装備していた。


 後ろ姿は人間と変わらない。魔力は大きいが、ハナズやアネモネのような刺々しい殺気はなくどこか静かだ。

 戦ってる印象が浮かばない。


「なんか独特だな……」

「油断すんなよ。囲まれてることに気づいててもおかしくないからな」


 全く動かない相手に対してシーザは不気味さを感じているのか、明らかにピリピリしている。その緊張はディンにも伝染した。

 ディンが配置に着いたことを確認し、ミレイが動き出した。




 

 ミレイは特に隠れることもなく堂々と姿を現して、近づいた。

 マゴールはミレイに気づくと、つまらなそうな視線を向けた。緊張感はなく、逃げる気配もない。


「あなたがマゴール?」

「そうだな。間違いはない」


 マゴールは腕を組んだまま淡々と答える。


「あらかじめ言うが戦闘の意志はない。君との争いは不毛だと知っているからだ」

「あなたの意志は関係ない!」


 ミレイは両手を合わせる。


「魔人討伐は人類の意志だから」


 両手を広げると、色とりどりの蝶が舞った。


「……ミレイヌの使ってた魔術か。伝説とは名ばかりの慎ましい魔術だな」

「言ってくれるじゃない!」


 片手を空に向かって掲げた。空を舞う無数の蝶が色を変える。


「蝶星屑」


 蝶の一軍が赤く発光し、高速で下にいるマゴールに向かって落下していく。


「魔術中和」


 結び語と同時にマゴールが空に手を伸ばした。透明な魔壁のようなものが展開され、それを通過した蝶の一群は急激に速度を落とし、ただの赤い粒がぽたぽたとマゴールに当たる。


 魔術の威力を落とす魔術。見たことのない未知のものだったが、ミレイはあらかじめディンやシーザからマゴールが魔術を無力化できるということを聞いていたので、特に驚かなかった。


「へぇ。そんな感じなんだ」


 ミレイは構える。それに合わせて、周囲から団員が飛び出し、マゴールを囲いこんだ。


「気を付けて。むやみに近づかないで」


 接近戦に自信があるミレイだが、未知の魔術を持つものに近づくのは危険と本能で察知していた。ミレイ以外の全員が魔術開放して、戦闘態勢に入る。


「人間は対話する生物のはずなのに、魔術師と対峙するといつもこうなるのはなぜだろうな」


 マゴールは全員をつまらなそうな表情で一瞥する。自然と魔力が跳ね上がり、ミレイたちの警戒度も跳ね上がる。が、その言葉はそこにいる魔術師たちにかけたものではなかった。


「君はどう思う?」


 そう言ってマゴールは崖の上を見上げた。

 覗き見ていたディンと視線が交錯する。

 ディンはその無機質な瞳にぎょっとする。


 瞬間、マゴールは手に持つ魔道具を起動させた。と同時に、重心をわずかに落とし、跳躍。


 人間では考えられない跳躍速度で飛び、崖の上に立つ。ミレイもそれに反応しようとするが、森の切り開かれた地盤部分が急落。あっという間にミレイたちが豆粒のように小さくなった。


「レンデュラの土魔術。ダンジョンを生成する時に使う上級魔術を魔道具化したものだ。もっとも地面を一部沈ませて、蓋をする至って単純なものだがね」


 言葉通り、地盤が完全に沈み込んですぐ分厚い灰色の土に覆われて、ミレイたちが見えなくなった。


 そばで暢気に立っているマゴールと即座に距離を置いて、ディンは魔銃を構える。

 マゴールは表情を変えず、両手を上げた。


「私が小屋の前で待っていたのは君と会っておきたかったからだ。冒険者サガリ―の子よ」

「えっ?」


 サガリ―・ロマンピーチ。それは幼いころに死んだ父の名前だ。

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