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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編

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第134話 どうなっても知らんぞ

 当初の目的であったベンジャに会うことは叶わず、ディンたちは一旦宿舎に戻った。ダンジョンでの戦いから間もないため、ダンジョン突入メンバーは待機命令を出されており、それに従うことになった。


「さて……これからどうするか」


 自室のベッドに転がり、考えを巡らせる。

 魔人と戦った経験から、その強さを肌身で感じていた。自分より強いタンタンやルゥ、ニコラですら魔人に返り討ちに遭ったことからも、現有戦力だけでは心もとない。


 頼りの綱として浮かぶ最強の魔術師。


「……結局、ゼゼ頼みとなるか」


 すでに腹心のキクがゼゼにすべてを話したことはシーザから聞いていた。これから王都に戻り、ディンの持つ情報も伝えれば、きっと大きく前進する。


 が、問題はある。王都を囲うように存在するロキドスの結界。これがある限り、ゼゼは自由に動くことができない。

 結界を無力化するのが最善だが、キクはそれは無理だと断言していた。


――結界の無力化を探るのはディンに任せよう。僕は別の案がある


 カビオサ遠征前に言われて、自分なりに考えたがこれと言った手立ては今のところ浮かんでいない。


 ディンは自分なりの訓練や魔族との戦闘で魔術を無力化する効力が上がっていると自負していた。

 が、それでもロキドスの結界を破る自信はなかった。


「あの結界さえ無力化できれば、勝ちは確定……」


 ぼやきながら、ぱらぱらとカビオサで起きた報告書のまとめを読んでいく。

 ふと止まったのはジョエルの死の記述。


 ジョエルの死体に外傷は一切なかった。もともとジョエルは心臓が悪く、ジョエルの得意とする状態維持魔術により、病状を強引に安定させていたという。

 魔人マゴールが何かをして、ジョエルの魔術が切れたことが死因だと推測されていた。


「まさか魔術の無力化?」


 思えば、ハナズも魔術を無力化する魔道具を持っていた。それは魔人の中に魔術を無力化できる者がいることを意味する。


「魔人マゴールは俺と同じ分解魔術の使い手」


 その事実はディンの好奇心を掻き立てた。





 ノックもせずにシーザの部屋に入ると、シーザは暢気に酒を飲んでいた。テーブルの上にあるチーズやお皿が浮いており、浮いたチーズをつまんでいる。


「ふっ。これはな、より楽に飲食を楽しめる私が開発した魔術さ」


 心底どうでもいい魔術だったが、いちゃもんをつけると話が長くなるのですぐ本題に入る。


「マゴールってどんな奴?」

「んー、輪郭がつかめないやつだな。私も相対したことがあるが、こっちが攻撃しても何もしてこないんだよ。ただ人間の街を遠目から観察して、メモを取る様子は何度か目撃されている」

「ふーん。他には?」

「他にって言われてもなぁ。マゴールは本当に情報がねぇ。今まで人を襲った記録がほぼないってのも他の魔人との大きな違いだな」


 シーザは宙に浮いた木製カップを口元に引き寄せ、一口飲む。


「そういや報告書にはなかったが、ジョエルが死んだ現場に酒瓶があったらしいぜ……おそらくマゴールのものだ」

「へぇ」


 魔人キリも酒を飲んで酔っ払っていたというルゥの報告を思い出した。アネモネは人間の服で着飾っていたし、人と嗜好が近いのだろう。


 今回、わかったのは魔人は他の動物や魔獣たちと違って個性の幅が極めて広い。

 が、言語を操ることも含めて、人間とかなり近い部分のある種族だと認めざるを得ない。


「今カビオサで色々調査が行われてるけど、まあ大きな動きはないだろうな。今のところ待機だけど、明日にでもゼゼ様から戻ってくるよう指令が来るんじゃね?」


 魔術師団のカビオサでの行動制限や人数制限は撤廃され、現在ゼゼ魔術師団とフリップ家と西極の私兵が集まり、魔術師団主導で調査が行われていた。


 特筆して役に立てることもないので、王都に戻るのが最優先だと思っていたが、翌朝ディンの気が変わる情報が入ってくる。

 魔人マゴールの目撃情報だ。

 



 

 翌朝、朝食中にマゴールの目撃情報の詳細を聞いた。

 カビオサの北東に広がるアンジュの森と呼ばれる深い森林地帯で、マゴールに似た見た目の男が複数人に目撃されていたという。


 西極であるマフィアが総動員をかけて情報を募り、わずかな時間でその情報に辿り着いた。この事実からドン・ノゲイトの本気度が伺える。


「近くに街があって、マゴールが現場に置いていった酒が売ってたそうだ。おそらくそこから辿ったんだろうな」

「西極のカビオサでの情報網はすさまじいものがありますからね」


 朝の食卓を共にしているシーザとアイリスは食事するのも忘れて、この話題に夢中だ。一方、タンタンは我関せずで、鹿肉入りのシチューを夢中で頬張っている。


「タンタンさん。探知魔術でアンジュの森も調べたんですよね?」


 ディンの問いにタンタンは面倒くさそうな視線を一瞬向けて、渋々食事の手を止める。


「……うん。まあ、キリってやつも魔人と識別されないよう魔力を抑え込んでいたみたいだし、マゴールもそれに近いことができるのかもな」

「レンデュラのような魔人の巣はなかったんですね?」

「魔の森は念入りにソフィが調べてたから間違いないよ」


 視線をこちらに向けず、白パンを食べながら、シチューをかきこんでいた。魔人マゴールの目撃情報より朝から出る豪勢なメニューに夢中らしい。

 ディンは呆れて、シーザに視線を向ける。


「魔の森って?」

「魔力の磁場が強くて、独自の植物や生物が生息してる森だよ。原因は魔獣が大量に生息していたからと言われるが、実際のところよくわかってねぇ。北部は結構あるんだぜ。迷いの森とも呼ばれてる」

「ああ、迷いの森か」


 昔の人は深く広がる森の中は悪霊や妖精が住むとされ、異教的な迷信を信じる者が多く、いくつかの森を畏怖し「迷いの森」と呼ぶようになった。

 実際、森から抜け出せないことはない。が、迷信を信じる者も多く、迷いやすく危険も多い特殊な森であるのは間違いないので人は基本うろつかない。


 隠れる場所としてはうってつけである。

 アイリスは考え込むディンに尋ねる。


「ユナちゃん、何か気になることがあるんすか?」

「もし森の中にマゴールが拠点を置いているなら……マゴールは人間が住むような家にいると思う」

「どういうことっすか?」

「魔人は人間のように個性がある。マゴールは人間に興味を持つ魔人だ。街を眺めて、人間観察をしたり、酒を飲んでた痕跡もあるし、服装も人間のものだった」

「なるほど。もし森に拠点を置いているなら……人間の真似をして家屋に住んでる可能性が高いってことっすね!」

「うん、そういうこと」


 尾を引くように未知の魔人マゴールのことが引っかかる。


「これからアンジュの森を捜索するんだよね? 私……同行しようかな」

「えっ! 急に何言ってんだ!」


 驚いて声を荒げたのはシーザだ。アイリスもそれに続く。


「魔人はユナちゃんを拘束しようとしたんすよね? 狙われてる可能性がある以上、ユナちゃんはおとなしくてるべきっす」


 アイリスに心配されるのは少々癪であるが、間違ってはいない。ユナの安全の確保は何より重要だ。


「私も馬鹿じゃないよ」


 そう言ってディンはテーブルの上に指輪を置いた。それはめったにお目にかかれない一度自分が行った場所ならどこでも瞬間移動できる魔道具だ。


「そういやドンからもらってたな」

「うん。使用回数は少ないけど、いざって時の脱出にこれほど便利なものはないよ」


 いざという時いつでも安全圏に離脱できる術があるなら、拘束されるリスクは大幅に減らせる。アイリスやシーザは納得したが、誰がどの任務に就くか決めるのはゼゼだ。


 朝食後、王都からの使者であるベテラン団員が近づき、それぞれの任務を告げていく。


「ユナ・ロマンピーチは即時王都に戻るようにとのこと! これはゼゼ様からの至上命令である!」


 赤い鳩を肩に乗せた団員の強い口調にディンは固まる。なんとなく予想していたが、至上命令と言われると反発を覚える。

 思えばゼゼとは最初の会話からずっと噛み合わなかった。


「ちなみにアンジュの森までどれくらいかかります?」

「百人近い大所帯で向かうから、魔道四輪車ではなく馬車になる。準備に半日かけて、明日から行動開始。往復の移動に二日間。アンジュの森の徹底捜索に丸二日とみて、最低でも四日間はかかる」


 累計四日。瞬間移動の魔道具を使えば、帰りの移動は省略できるので実質三日だ。三日だけ遅らせるのなら、問題はない。


「お前、魔人マゴール捜索の任務についてくる気か?」

「少し遅れても問題ないですよね?」


 しかめ面の団員は肩の鳩に視線を向ける。鳩が宙を舞い、液状化されて赤い文字に変わっていく。


――勇者の孫よ、すぐに戻れ!


 それはゼゼからの簡潔なメッセージだ。


「すぐの解釈は人により分かれるだろうな。任務の後ともとれる。私としては人手は多い方がいいので、アンジュの森に来ても問題ないが……どうなっても知らんぞ」


 強い口調で警告され、少しうろたえる。


「赤の文字は絶対だ! これ無視したらゼゼちゃんから罰を受けるからな! どうなっても知らんぞ」


 すぐ近くにいたタンタンがわめき、シーザも不安気にディンを見る。


「ここはゼゼ様の指示に従った方がいいんじゃね? 私たちがいてもたいして力になれないし……」


 ゼゼに対していつもしなびたリンゴのようになるシーザは相変わらず弱気だ。

 だからなのか、ディンとしては余計に苛立つ。


 そもそも魔人マゴール捜索の任務についていこうとするのは元をただせばゼゼの結界を解くヒントを得るためだ。罵倒される以上に感謝されるべき行動であり、ちゃんと説明すれば罰を与えられることもないはずだ。ディンは自分の考えに賭けることにした。


「問題ないです」


 はっきり言い切る。


「どうなっても知らんぞ!」

「知らんぞー」

「私も知らないからな」

「知らんっすよ。ユナちゃん」


「……えっ?」


 シーザやアイリスにまで否定されて不安を覚えたが、ディンは任務についていくことに決めた。

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