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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第七章 ロキドス参戦編
132/223

第132話 今だけ! お得!

 ドンは唐突に入ってきた自分の娘を見て、戸惑いの表情を浮かべていた。


「ガーネット。話したいこととはなんだ?」


 ガーネットは深呼吸してディンの隣に座った。確かな決意の元、父の前にいるはずなのに言葉にすることをためらっているのか視線が揺れている。


「ガーネット。約束したよね? 私の前では嘘をつかないって」


 ディンはガーネットの瞳を見て、手を握りながら言った。ガーネットと視線が交錯する。ガーネットは腹をくくったのか、その瞳から迷いが消え、ドンの方に視線を向ける。


「私……お父さんの仕事を手伝うのも好きだけど、本当はもっとやりたいことがあるの」

「なんだ?」

「魔道具の装飾人」


 ドンは聞き慣れない言葉に固まる。


「カビオサでは魔道具の性能開発がとても進んでおりますが、王都での魔道具は見栄えも重要なんですね。最近ではネックレスやアクセサリーとして社交場で身につける方も多くいるのです」


 すかさず隣にいるディンが商人のように説明を補足する。


「……なるほど」

「私……魔道具も好きだけど、装飾品にずっと興味があって。そういう仕事に携われたらなって考えてる」


 唐突な娘の告白にドンは明らかに困惑していた。


「待て……そういう専門の仕事ってのは技術を色々磨いたり……とにかく簡単になれる仕事ではないだろ?」

「ですが、ガーネットはまだまだ若い。王都で修業に励めば十分可能性はありますよ。最近できた分野ですし、カビオサでもそういう需要は必ずできるはずです。西極という組織の将来のためにも人材育成に取り組む価値はあるでしょう」


 父と娘の重要なやり取りに、ずかずかとディンは割り込み、交渉人のようにガーネットの後押しをする。


「といっても、ガーネット。修行は厳しいよ?」

「わかってる」

「ふむ。この覚悟、生半可ではない。王都でもやっていけるな」

「ちょっ! ちょっ! 話を勝手に進めないでいただきたい! そもそも魔術師団に協力するといったが、娘は後遺症で今動かせない状態だと言ったよね?」

「私が治しましたよ」

「何?」


 ドンはガーネットの方を見る。


「ユナちゃんが秘匿魔術を使って、痛みを消してくれたの。今後どうなるかわからないけど今は痛みが落ち着いている」


 面食らうように、しばらくの間唖然としていた。


「……それはなんと感謝の言葉を伝えればいいか」

「感謝の言葉よりもガーネットの希望を叶えてもらう方が私としてはうれしいです」


 ドンは視線を泳がせ、少し迷った表情を見せる。

 ドンはすでにこの場でディンことユナ、アイリス、シーザに対して頭を下げている。ガーネットの命を救ってもらい頭が上がらない状態でさらに借りを作った状況だ。


 そして、その状況でディンがはっきりと借りを返せと言っている。

 かわせないことはないが、この場にはアイリスとシーザという社会的に高い立場の者が同席しており、無碍にするのは難しい。

 だが、それでもドンとしては納得するのは難しかった。


「ちょっと待ってください。それとこれとは話が……」

「なぜ? 西極は今後、魔術師団にも協力を惜しまないという話ですよね? その取引のための連絡役の話はしましたよね? ガーネットが完治したのなら喜んで送りだしたいって言いましたよね?」

「……」


 ディンは間髪入れず早口でまくしたて、ドンは目をぱちくりさせる。。


「偶然にも本人もそれを強く希望しています。魔術師団の助けをしつつ、装飾技師として腕を磨く。さらに偶然ですが! なんと! 今なら兄の伝手で魔道具の装飾人を紹介できます! 今だけ! お得!」


 ドンは開いた口が塞がらないが、全部自分がこの場で口に出したことなので反射的に言葉が出てこない。ある程度の要求は飲む義理があるが、一人娘を王都でよくわからない仕事の修行をさせるとなると話は変わる。


「色々と……急すぎて、正直頭がついてこない状態です。後日――」


 言いかけた言葉をドンは飲み込む。

 娘であるガーネットの眼の変化に気づく。先日まで病室で暗く沈んだ目をしている娘とはまるで別人で、その目は今までにない光を帯びていた。

 ガーネットはドンの目を見たままゆっくり切り出す。


「私ね、自分の選択が正解かわからない。お父さんの示す道も間違いじゃないってわかってる。でも、ここで自分をごまかしたら、ずっと色々なものをだますような生き方をしてしまう気がする。そういうことはしたくないんだ」

「……」

「もちろんこれがわがままだってわかってる。でも、アイリスやユナちゃんみたいに一度でいいから自分で選んだ道を進みたい。それが間違いだったとしても……」


 この時、ドンは娘のガーネットに自分にとっての理想を押し付けていたことに気づく。ガーネットの訴えかける眼差しに、ドンは黙ってしばらくの間考え込む。


 この状況で娘の希望を断ち切るほどの冷酷さをドンは持ち合わせていなかったが、娘の要求をすべて通すほど甘くはない。


「いくつか条件があるが……」

「当然、お互い歩み寄る点はいくつかありますよね。例えば一人前になるまでの期間もきっちり定めるべきだ。無条件にすべてガーネットの要求を通すのはおかしい話です!」


 先回りするようにディンは細かいお互いの妥協点を指摘し、話を進めていく。どんどん勝手に外堀を埋められていく状況にドンは眉間に手を当てて少しの間固まっていた。


「どうかしました? ドンさん」

「そうですね。色々詰める部分はあると思います。とにかく王都にほとんど知り合いはいないので、娘を送り出すのはやや不安でね。ロマンピーチ家と懇意にしてもらえるというのであれば! 私としてはとても安心できる」


 ドンは念押しするように告げた。

 ドンからすれば、ユナとガーネットが友人関係となり、ロマンピーチ家と良好なパイプを持つのは目的の一つだ。


「大丈夫です。仲良しのアイリスがいますから!」

「はい。私がサポートするっすよ! ドンさん」

「いや……あの、それもありがたいんだけど……さ」


 アイリスを盾にしてさらりとかわす。もっともユナとガーネットが友人同士になるというのはディンも描いていた形である。

 自然とドンと視線が混じり合う。


 ガーネットが今後、魔術師団と西極を繋ぐパイプ役となる。ガーネットがどちらに肩入れするかで、どちらの組織がより大きな利益を得られるかが決まる。

 これはガーネットの心の綱引き勝負。


 友人と父という本来勝負にならないと思われた綱引きだが、ガーネットが友人に向ける眼差しが変わっていることにドンは気づいたのか、少し不安の混じる瞳でガーネットを見る。


(ドン君。お前は世のため人のため、俺が徹底的にこき使ってやるからな)


 一方のディンは勝利を確信し、薄く笑みを浮かべた。。

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