第128話 よりによってあの男か……
その日の王都はいつも以上に厳重な警備で固められていた。
王宮近衛兵と王都戦士団らが隊列を組み、トネリコ王国から来た使者の一団が大通りをゆっくり闊歩する。
その一団の中心にある荘厳な馬車を屈強な騎士たちが囲むが、中には誰もおらず空っぽだ。トネリコ王国の騎士たちはダーリア王国の王宮にて騎士団長が挨拶した後、地下に案内される。
そこは王宮と王宮を繋ぐ転移石板であり、限られた者しか使用が許されない瞬間転移の広間だ。
石板の前で兵たちが一列に並び、その時を待つ。
十分ほどすると、光とともにその人物が姿を現した。
トネリコ王国第一王子、アシビン・モント。
「うむ。四年ぶりのダーリア王国だ」
緊張感なく、ぐっと背伸びをしてアシビンは微笑んだ。
ダーリア王国とトネリコ王国は隣国であり共に世界に名をはせる強国だ。かつてはあらゆる分野でしのぎを削ってきたライバルであったが、魔獣の大量発生により、お互い協力しあう関係となった。
魔王ロキドスを討伐するための連合軍を作り、見事に討伐をはたして以降、友好的な関係は続いていた。
それを確かめ合うように、毎年、お互いの国を王族が訪問することが定例となっており、今回はトネリコ王国から第一王子が訪ねてくることになった。
王族同士で会談を行い、主に文化、経済、そして平和維持の協力や交渉が目的であったが、今回に関しては趣向が変わるとライオネルは予期していた。
「よりによってあの男か……」
あらかじめ知っていたが、ライオネルはアシビンとの会談に臨むことを想像すると自然と心が重くなった。
ダーリア王国王族の問題児がエリィ・ローズであるなら、トネリコ王国側の問題児は絶対的にアシビンだ。
他国の王族たちからも変わり者のアシビンと呼ばれる曲者との会談を前にライオネルは深くため息をする。
「最近、気が重くなる出来事が多すぎる」
隅にひかえる侍女たちに聞こえない声量でぼそりとつぶやいた。
アシビン到着二日後の午後、王族同士の会談が迎賓館の一室で行われていた。
トネリコ王国第一王子アシビン・モントと対面するのはダーリア王国第一王子ライオネル・ローズだ。
ライオネルは久々に会ったアシビンを観察する。今年二十五才のアシビンは銀色の長髪を後ろで束ね、腕や足は女のようにすらりと長い。が、まっすぐに伸びた背筋と自信たっぷりの狐目は王族としての威厳がにじみ出ていた。
「久々に来ましたが、オトッキリーはやはり美しい街ですねぇ。いつもこの街には圧倒されてしまいます」
「トネリコ王国の王都も素敵ですよ。いずれまた訪問したいと思っていますよ」
にこやかな笑顔を絶やさず、一見すると和やかな雰囲気の会談であるが、ライオネルは心の内で警戒していた。
アシビンはトネリコ王国の王族でもかなり変わった男として有名である。この男の主な関心は魔術だ。
政治や外交はそっちのけで、魔術の研究について調べることに己の時間の多くを割いていた。ゆえに自然とアシビンとの会話の内容は魔術師に関するものに変わっていく。
「にしても、ダーリア王国の魔術師は本当に素晴らしいですね。トネリコ王国に助っ人に来る彼らにはいつもお世話になってます」
「私も彼らのことは心から誇りに思いますね」
ライオネルは思ってもいないことをさらりと口にした。
「もっともっとその存在は認知されるべきです! ところで台覧試合の提案は受けていただけるんですよね?」
「もちろん。なんとかしますよ」
ライオネルはすまし顔で答える。ダーリア王国の魔術師とトネリコ王国の魔術師が戦う台覧試合の提案を前々からアシビンにねだられていた。魔術師が公衆の面前で戦うのを良しとしないゼゼからはいい返事をもらえていなかったが、ライオネルは強引に話を進めていた。
「最近では魔術師の存在感が薄れていますし、彼らの強さを世間に見せつけるためにもそういう催しがあってもよろしいかと」
「いやぁ! それは楽しみですね! ちなみに参加する人員は最強格をお願いしたいです。こちらも精鋭を用意しますので」
「私が選べるわけではないですが、善処します。ちなみにトネリコ王国の精鋭というのは現在、ダーリア王国で助っ人に来ている魔術師のことですか?」
それに対し、アシビンは首を横に振り、自分の胸を叩く。
「私が出ます」
その言葉にはライオネルだけではなく、その場にいた近衛兵全員が顔を強張らせた。
「殿下が……?」
王族は基本的に常人より魔力に恵まれていることが多い。アシビンはその中でも怪物と呼ばれるほど魔力が高く、優れた魔術師だ。
だが、王族であるため当然戦いの前線に立つことはない。
「ぜひ自分の力を試したくてね。最近、継承魔術に成功し、念願の魔術を手に入れたのです。はっきり言って、今の私は強いですよ」
アシビンは自信満々に答える。
「希望する相手は、最低でもフローティア・ドビュッシー。本命は……ゼゼ・ストレチアでお願いしたい」
思わぬ無茶難題に、ライオネルは口を開けてしばらくの間固まっていた。
すぐに我に返り、「希望が叶うかわかりませんが、伝えておきます」とだけ返す。
「にしてもアルメニーアでの魔族討伐は見事の一言ですな。百匹以上の三面犬を一日も経たず駆逐し、七大魔人の中でも凶悪と名高いハナズまで討伐するとは! 流石は世界最強を誇るゼゼ魔術師団だ!」
アシビンはほめちぎっているが、この事件によりライオネルが妹のエリィを亡くしたことに一切触れていない。本来、お悔みの一言を先にかけるべきであるのだが、案の定アシビンはそのことを忘れている。
が、ライオネルにとっては想定内なので、いちいち触れることはしない。
(この男に配慮など期待することはない)
ライオネルは会談を無難に終えることを第一に考えた。
「犠牲者も多く、あまり大きく喜べる状況ではありませんがね。ただまた一歩完全なる平和に近づいたのは確かです」
「アルメニーアで唐突に現れた三面犬の原因ははっきりしたのですか?」
「いえ。不思議なことにいくら探しても魔族の巣がないのです。いきなり現れたというのが現在、一番適切な表現だそうです。魔獣に詳しい殿下からの意見を伺いたいものです」
アシビンはそれを聞いて、しばらく考え込んだ様子でじっと一点を見る。
「違和感を感じたのは二点」
そう言って、アシビンは指を二本立てる。
「魔族の巣というのは作る魔獣と作らない魔獣がいるのですが、三面犬は複数で行動するなら必ず作る魔獣なんです。なので三面犬の巣が見つからないというのはおかしいというのが一点。二点目は三面犬は群れる生物ですが、百匹以上いたというのはやはり異常だ。それだけ増えれば別行動をとるものです」
「それぞれ大きく三つの群れに分かれていたようですが?」
「いえ。その三つの群れが意志を持つようにアルメニーアの街に一直線に向かっていたというのが問題なんです。普通なら群れの一つが全く関係のない南の方へ行ってもおかしくないのに……」
「統率されたような動きということですね」
ライオネルの言葉にアシビンは首肯する。
「魔獣を操作できる魔人がかつていましたね」
ロキドスの右腕と呼ばれる魔人、ダチュラ。
己の魔力を注ぐことで魔獣を操ることのできる操作魔術の使い手。
ライオネルはやや渋い表情になる。
「ダチュラの所在は五十二年前から不明です。その姿を確認した者は一人もいない。だから生きていていもおかしくないでしょ?」
「残念ですが……その可能性はありません」
断言するライオネルに対し、アシビンは怪訝な表情に変わる。
「先ほど入った報告です。アルメニーアでの調査を継続していたところダチュラとカルミィの死体を発見したとのことです。入念に確認し間違いないとのことです!」
「なんだって!!」
空間全体が揺れるような叫び声をあげて、アシビンはしばらく口を開けたまま固まる。
「そうなんだぁ……」
――人類にとってまた平和に一歩近づきました
そう言いかける前にアシビンが露骨に残念そうな表情を見せたので、ライオネルは内心苛立ちを覚え、一言釘を刺すべきか一考する。
ダーリア王国の方がトネリコ王国よりあらゆる分野でリードしているが、それでもトネリコ王国はまだまだ強国の一つだ。
その第一王子であるなら、必然的に長い付き合いになる。よってつまらないことで諍いを起こしたくないという思考がどうしてもライオネルの頭をかすめる。
なによりアシビンはやや思考が特殊な傾向にあるので、どこまで踏み込めば逆鱗に触れるか掴みにくい。
釘を刺さないことで舐められる可能性もあるが、結局波風立てない選択肢をライオネルは選び、笑顔を見せる。
「人類にとってまた平和に一歩近づいたということです」
「ええ。もちろん。素晴らしいことです」
「そして、残りの魔人討伐はこの世界の課題でしょう。本日討伐部隊がダンジョンに向かっていると聞いてます。選りすぐりの面子なので良い報告が明日には入るでしょう」
「ですね。私たちトネリコ王国も最高の魔術師たちを揃えていますからね」
そう言いながら、含みある視線をライオネルに向けて続ける。
「しかし、周辺にキリやアネモネも出現したと聞いてますし、最近の魔人の動きはきな臭い。何が起きるかわからないのは確か」
「無論です」
「万が一の場合に備えて、色々考えなくてはいけない時期かもしれませんね」
万が一という言葉の中に失敗という言葉が含まれていることをライオネルは悟る。
「……というと?」
「五十二年前、トネリコ王国とダーリア王国が連合を組んで魔王討伐したように再び連合を組むのです。もし魔人がカビオサで結集しているのなら理由としては十分でしょ?」
アシビンは当然と言わんばかりに難しい問題を簡単に提案した。
連合となれば、今回のような一部の魔術師を貸し出すという話とは別次元のやり取りとなる。当然国同士の細かな取引が必須なのは目に見えていた。
「トネリコ王国には魔族の巣がまだまだある。連合となると色々と調整が難しそうですね」
「ええ。ただその際、最も邪魔だと考えるのはダーリア王国内で増幅魔術を禁止魔術としたことでしょうね。増幅魔術の有効性は歴史が証明している」
ライオネルは一瞬顔をこわばらせる。一方のアシビンはそれを気にもかけず言葉を繋げる。
「どうです? 己の兵たちにかけた足枷をこの際、一度解いてみては?」
ライオネルはアシビンを見る眼が少し鋭くなる。
(やはり迷惑極まりないな、この王子は)
この日の会談はあくまで歓談の形で終わったが、ダンジョンでの結果により連合の話は加速することになる。