第12話 魔術解放
ゼゼとの対話後、二階に降りて、リハビリを兼ねたトレーニングをすることになった。案内役はゼゼ本人だ。
「再入団という形なので改めて説明する」
ゼゼの説明は極めて簡潔だった。
魔術師団は対人部隊と対魔族部隊に分かれる。
割合としては現在は対人部隊がほとんど。
対人部隊は窃盗団やマフィア、ならず者を取り締まる部隊。
それぞれの街に支部があり、戦士団らと協力することも多い。
対魔族は魔族の巣を駆逐する魔族殲滅用の特殊部隊だ。ここに最も重要な才能がかき集められている。
もっとも最近は魔族の巣がほぼないので、専属部隊がいるのは王都オトッキリーの本部のみ。最近の主な任務は隣国トネリコ王国にある魔族の巣を狩る手伝いとして遠征することが多いという。
「この本部にいる者の上位がダーリア王国の魔術師として最上位だ。中でも六天花には特に敬意を払え」
六天花とはゼゼから認められた才能ある六人の魔術師だ。単純な強さや貢献度合いにより序列が決まっているという。
第一王子ライオネルの護衛として引き抜かれたベンジャが六天花の元序列一番だったという話を思い出した。
これを考えると、ベンジャの凄まじさが今さらながらよくわかる。
二階の更衣室で動きやすい服に着替える。魔術師団には全員、魔防服という魔力耐性の強い服が与えられ、ディンもそれを着た。人それぞれ違うようだが、ユナの場合は機能性の高い黒のブラウスとハーフパンツに白いマントを羽織るスタイルだ。ゼゼ魔術師団であることを示す極楽鳥花の紋章が服のどこかに描かれていることは共通しているらしい。
着替えを終えて、ゼゼと共に訓練場に入った。
そこは闘技場のような丸い空間の仕切りが四つあった。
「わかりやすく上級者、中級者、下級者、雑魚の分別だな」
最後の一つが不憫なほどぞんざいな扱いだが、その雑魚に区分けされた空間に見覚えのある人間を見つけた。
タンジーだ。タンジーは一人で何か魔術を練り上げようとしているが、いつまでも何も起きない。
「魔術とは才能だ。努力ではない。才能という土壌のあるものが研鑽を繰り返してこそ意味があるのだ」
ゼゼの言葉は辛らつだが、魔術をよく理解しているから出てくる言葉のようにも聞こえた。
「ユナも訓練生からスタートだ」
「ちなみに事故の事を教えてもらうには、どの段階まで上がる必要がありますか?」
「とりあえず三日以内に上級者入りだな」
それがどれくらい難しいかわからなかったが、簡単じゃないのは察した。
不満げな表情に気づいたのか、ゼゼは言葉を続ける。
「なんだ? お前は歴代最年少で六天花まで上りつめたんだ。それくらいできて当然だろ?」
ゼゼの言葉にディンは今日一番驚く。
「もっともそれは遠い過去の話。才能がさび付くなんてこと珍しい話じゃない。せいぜいあがけ」
ゼゼは振り返らず、訓練場を後にした。
「ユナ!」
一人ぽつんといるタンジーは暢気に笑顔で手を振っていた。
「一緒なんだね。がんばろうね」
「うん。でも、私はね。元六天花なんだ。ゼゼ様に認められたエリートってこと。だから、たぶん一緒にはいられないと思う」
とりあえず速攻でマウントを取った。自分の功績ではないが、手っ取り早く優越感に浸りたい気分だった。
タンジーは「すごい! すごい!」と褒めてくれるが、ほんの少し悲しい顔をする。
が、実際ここでもたもたしてられないのは事実だ。訓練生の身分では情報がまともに入ってこないので、まずは魔術師の正式な団員になる必要がある。
そのためには訓練だが、ディンはそもそもどういうことをするのかさえわからなかった。訓練生の枠にはタンジーしかおらず、なぜか教えるべき先生がいない。
「で? 訓練って何をやるの?」
「あれ! そこから!? ユナちゃんエリートって言ってたよね?」
返す言葉もない。何をしたらいいかわからず、少しの間突っ立っていたら、見覚えのある女が近づいてくる。
「ユナ」
上級者の仕切りから近寄ってきたのはフローティアだった。
「戻ってきてくれたんだ。本当によかった」
どこか冷めた印象のあるフローティアだが、ユナに対しては表情が柔らかになるらしい。それはディンには一切見せたことのない表情だった。
「フローティア!」
ディンはとりあえずフローティアを抱きしめ、胸に顔をうずめる。
「えっ、急にどうしたの?」
「見覚えのない人が多くて不安で……」
そう言って弾力のある胸にぐいぐい顔を押し当てる。最近つらいことばかりだったし、妹の行為だから許されるというセルフジャッジを下す。
しばらくぐりぐりしてると胸元から力づくで引き剥がされた。顔がわずかに紅潮しているが、怒っているわけではなく柔和な笑みを口元に浮かべる。
「ユナ、それで今どういう状況?」
「あっ、そうそう! ここで放置されててどうしたらいいかわからないんだよね」
「じゃあ、私が教えようか?」
思わぬ提案だったが、悪くはない。
「本来、私が教える役割じゃないんだけど、ちょうど手も空いたし。それに記憶が曖昧なんでしょ? よく一緒にいたから、いろいろ思い出すきっかけになると思う」
「ありがとう!」
そう言って、再び力強く谷間に飛び込もうとするが、今度は力で押さえつけられて動けなかった。
「とりあえず、魔力の放出、魔力の制御、魔力の練りこみ。これらが基本要素――」
フローティアによるマニュアルのような講義をタンジーと共に聞く。
ディンも魔術に憧れて、それについて調べた時期があったので、知識として知っていることだ。だから、正直退屈ではあった。
特にフローティアの講義は杓子定規で単調なものであり、眠りを誘う子守唄のように聞こえたが、退屈さを顔に出さないよう努めた。
フローティアの講義を聞きながらも、ディンの意識は別の部分にいく。
それはフローティアが放つ圧倒的魔力量だ。訓練場にいる百人近い魔術師の中でも別格の魔力量を放っていた。
抑えきれないようなうねりだ。
生前、ディンとしてフローティアと接した時の圧迫感の正体がようやくわかった。
その魔力量はユナとほぼ同等……いや、それ以上に見える。
「魔術開放は憶えてるよね?」
「ん?」
きょとんとした表情にフローティアは一瞬唖然とするもすぐ元の表情に戻る。
「魔術開放はゼゼ様の力を利用したものでダーリア王国の秘儀の一つ。ゼゼ魔術師団になれば全員が覚える基本中の基本だよ」
いつかシーザから教えてもらったことを思い出した。
ゼゼ魔術師団が最強の魔術師団と言われる最たる理由が魔術開放にあるという。魔術を展開するには魔術印と魔術語の詠唱が必須だ。
魔術の歴史は展開速度の簡略化である。これまでの限界は、あらかじめ身体に魔術印を刻む程度で、上級魔術を展開するには時間がかかるのは当たり前だった。
が、魔術解放という戦闘モードに切り替えれば、中級魔術から上級魔術までの本来詠唱が必要な魔術が、詠唱不要で展開可能となる。
当然、その優位性は計り知れない。
「ユナの両手の甲に魔術印はすでに刻まれているはず。今は見えないけど、魔術解放すれば、手の甲の魔術印が光る。それで今まで習得したものを高速展開できるよ。ちなみに魔術解放はこうやるの」
フローティアはゆっくりと両手を合わせて唱える。
「魔術解放」
直後、両手の甲の魔術印が光り、フローティアをまとう魔力が信じられないほどうねりを上げる。それがあまりにも隔絶としていて、ディンはしばらくその場で固まっていた。
「もしかしてフローティアって六天花の一人?」
「そうだよ。今は序列四番。ユナも鍛錬すればきっと同じようになれるよ」
透明感のある美しい顔が優しく笑いかけ、思わず見とれる。
「さあ、始めようか?」
うなるような魔力量でふと我に返る。とりあえず学んだことが一つ。
天はフローティアに二物を与えた。