第119話 一戦交えるのもありか
「死ね死ね死ね死ね!」
タンタンから湧き出る魔力のうねりを見た瞬間、アネモネは咆哮をあげ、斬撃を繰り出していた。
しかし、タンタンはそれらを一つの魔壁で簡単に受け止める。
先ほどまで何重に魔壁を展開しても切り裂かれていたが、今は余裕すらある。
「糞がぁ! よくもワタチをだましたなぁ!」
「いやいや。君が勝手に勘違いしただけじゃん!」
そう指さしつつ、タンタンは己の探知魔術もより深い部分までできるようになっていることに気づく。
「おっ! なんか掴めそうだぞ」
「あっ? モブが! 何悟ったようなこ――」
すぐに左目に異変。そして、絶叫。
「ぎゃあああああ!!」
眼から飛び出してきたのはアネモネの眼に閉じ込めたはずのタンタンの魔力だ。
「ラッキー。戻ってきたぜ」
そう言って、魔力の塊を引きずりだし、一部を針のような形にしてアネモネの下顎部から口腔内へ深く貫く。
「ぎゃああべえぇぇう!」
アネモネの舌の魔術印に傷がつき、魔術覚醒の効力が消える。
「身体に刻んだ魔術印の場所を簡単に晒すと、こうやって狙われるわけだ」
タンタンはにやりと笑い、アネモネはかつてないほど顔を紅潮させる。
「お前、絶対許さん! ゼゼ用のとっておきだったが、絶対殺す!!」
アネモネの両手の甲の眼が開眼。額の眼も開き、五つの眼がタンタンに向く。
「よし! ようやく切り札を出したな。お互い力勝負といこうじゃないか!」
タンタンは身構え、今までにないほど大きな魔壁を展開。それはダンジョンの回廊を覆いつくす分厚さでアネモネからはタンタンの姿が完全に見えなくなる。
「あほ! 雑魚モブが! 格の違い見せるから、そこでじっとしとけ! ワタチの圧倒的魔術にひれ伏せ! 雑魚が!」
アネモネは詠唱していく。
非常に複雑かつ難解な詠唱を適切にまるで唄のように唱えていく。
それは一度きりしか使えない特級詠唱魔術。使ってしまえば、両手の甲にある眼はつぶれてしまう。
唐突によぎる百年以上前のゼゼとの戦い。一方的に蹂躙された屈辱の記憶によりアネモネの中で迷いが生じる。
そして、その迷いが詠唱を止める。
自然と場は静寂に包まれた。
「ふ……ふん。冷静に考えたら、お前みたいなモブに使う魔術ではなかったわ」
ぼそりとアネモネはつぶやく。
「まあ! このまま普通に戦ってもワタチの方が勝つしな!」
しかし、それに対する返答がない。
壁のような魔壁がただ視界を遮っていた。
「ん? おい? なんか言えよ、モブ」
魔壁の向こうから何も反応がない。
アネモネはてくてくと魔壁に近づく。
「ねぇねぇ。タンタン?」
ぼそりとつぶやく。それでも反応がなく、アネモネの斬撃。
魔壁の向こう側は、誰もいなかった。
「あの野郎……逃げやがった……」
アネモネは怒りで身を震わせながらも、追いかける気にはならなかった。
タンタンは人生で久しぶりの全力疾走をしていた。
「やべっやべっやべっ」
身体に傷はついてなかったが、一歩間違えれば即死。そんな魔人との戦いで研ぎ澄まされた魔術だが、倒せるレベルになるほど甘くはない。
魔術覚醒が開眼したのはほんの一時で、すぐに効力が切れてしまいタンタンは打つ手が早々になくなっていた。
「いやぁ! 色々一歩間違ったら死んでたぁ。まじで死んでたなぁ」
上層に続く階段を見つけ、タンタンは迷いなく上がっていく。逃げることで他が危険になる可能性は重々理解しているが、余計な感情に惑わされず、自分が生き残ることだけに集中する。
「力不足だった! ここを無事に出ることができたら……僕も真面目に魔術師になろう。うん、そう誓います!」
そう言いながら、タンタンは他のことなど考えず、逃げ足をより早めた。
最深部 九層
ディンはくるりと一周してその立地を観察していた。
交渉ごっこの後、レンデュラに奇襲をかけダメージを与えたが、あのまま一人で戦っても勝てないと判断して、時間稼ぎのためここまで逃げた。
ただ闇雲に数ある洞窟の中から逃げ道を選んだわけではない。レンデュラとの会話で気になっていた空間を確認するためでもあった。
ディンが現在いるのはレンデュラが言っていた水場のある空間だ。
長方形の大広間のような空間は奥行きがあり天井も高い。
奥の壁上部から滝のように水が流れ落ちており、その下のくぼみに水たまりができていた。左右の壁に穴が空いており、溢れ出ないよう調整されている。人工池に近いが底は浅い。レンデュラの土が水とわずかに混じり、灰色に濁っていた。
色々な場所を歩いて地面を強く踏むが、緩みはなく他と変わらない。レンデュラの土は水に弱いが、湿気が多少ある程度では影響を受けないのだろう。
「この程度じゃ駄目か……普通に土魔術の操作に影響はなさそうだな。が、この空間は悪くない」
レンデュラのダンジョンは通路も広間も人工的に整備されており、画一的だ。一目で空間全体を見渡せるので、罠を仕掛けるポイントが全くないが、ここは水場を利用できる。
ディンは少しの間、考えこむ。
すでに想定外の連続だ。音声転移でアイリスと繋がったが、ベンジャとは繋がらなかった。
ディンにとって考え直さねばいけない点や懸念事項も多かったが、一度すべて蚊帳の外に置いた。
今もっとも優先すべきことに焦点を当てる。
第一に考えるのはユナの身の安全。
もう少し時間が経てば、レンデュラがここに来るのは間違いない。
ぎりぎりまで引きつけ、瞬間転移の魔道具でさっさと逃げるのが最善だ。九層最深部なら仲間との合流は難しい。
魔人と一人で戦うのはリスクが高すぎる。だが、今いる空間を見ているとディンの中でアイデアが湧いてきた。
「一戦交えるのもありか」
魔人レンデュラとの交戦。
もし対峙していたのがアネモネ、キリ、マゴールのいずれかであったならその選択を選ぶことはなかった。
レンデュラは他の魔人たちと大きな違いがある。それは交戦記録が極めて多く残っているという点だ。
土魔術を扱い、その土が水に弱いこと、本体の外殻が火属性に弱いこと、心臓が三つあることなどあらゆる記録から戦いの傾向や弱点、対策などが魔術師団内で共有されている。
もっとも情報が明るみになっている魔人と言える。
そして、もう一つ。魔人内でのレンデュラの強さの序列は高くない。少なくともアネモネ、ハナズには遠く及ばないというのが過去戦った魔術師団の見解だ。
それだけでは一対一で戦える根拠とはならないが、ディンには考えがあった。
レンデュラの土魔術はあらかじめ土に自分の魔力を練りこむという工程があり、それにより強力な魔術を即座に展開できている。
「逆にいえば土に練り込んだ魔力を無力化したら土魔術は展開できないってことだよな?」
ディンはニヤリと笑う。無力化しても土自体の色味は変わらないことは確認済みだ。
土魔術を使えないレンデュラなら、確実に狩れる。
獄魔印によりしばらくの間、その場から動けず、さらに心臓も一部撃ち抜いており、回復するまでに時間がかかるとみて、ディンは罠を張る準備を始める。
魔術柱という柱を複数取り出した。両手で持てる程度の円柱の魔道具は、最近開発されたものでこの存在を知る者はまだ少ない。
魔術柱を地面に差し込んでいき、それで一定範囲を囲んでいく。
魔術柱は広範囲に魔術の効果を及ぼすためのものだ。一人で結界などを作る必要がある時などに使用される。
ディンは魔術解放して、囲った範囲の地面に両手で触れる。
「因果解」
魔力の無力化。ディンは触れたモノにしかその効果は発動させることができないが、魔術柱で囲ったことにより、点から面に効果を作用させることに成功する。
囲った部分にある灰色の土から魔力が消えたが、この時、この作戦の欠点に気づく。
「空間全域になると魔力の消耗が激しいな」
が、全域にかけなければ意味がない。
デメリットには目を伏せてディンは作業を進めた。
ほぼ仕込みを終えた時、遠くから爆発音が聞こえた。
ここに来るまでの通路に設置した罠が作動したのだ。レンデュラが近づいている証拠であるが、ディンに焦りはなかった。
他の罠を作りつつ、その時を待つ。
通路に仕掛けた複数の爆炎花は見ればすぐにわかる幼稚な罠だ。
一見すると無意味だが、警戒心を薄めるためにあえて設置した。
レンデュラがディンことユナを侮っているのは話していてはっきりわかった。
侮りは警戒心が薄くなることに繋がる。
ディンは祖父と森での狩りをして学んだことがある。
最も狩りやすいのは警戒心の薄い獣だ。
この空間に来るまでにレンデュラの警戒心を解き、魔人を罠に嵌める。通路に仕掛けたものはそのための心理的罠だ。
もっとも交渉ごっこの直後に奇襲したので、警戒したままの可能性も十分ある。
「もし無力化した土の仕掛けに気づいたら迷わず撤退だな」
できる限りの罠は仕掛けたが、まだ戦うかは五分五分だ。あとは通路の入口に現れるレンデュラの反応で決める。
爆発音が徐々に近づき、やがて通路からレンデュラが入ってくる。
レンデュラは案の定、身体がすべて治っており、傷一つない。
ディンはそれを見て、大げさに驚いた表情をした。
その表情に満足したのか、レンデュラは口から重低音の笑い声をあげてから言った。
「魔人というのは心臓が破壊されない限り自然と回復する。ハナズの時に学ばなかったか? 特に私の場合、心臓が三つあるんだ」
両手を広げて、無傷をアピールする。
「流石は化け物ですね」
「単純に君より上位に位置する種族というだけだ。下等生物には理解できないかもしれないがね」
レンデュラはそう言って一歩近づき、ディンは一歩後ずさりする。
「君の狙いはわかる。私の土魔術は水に弱い。水を含む水脈の近くでは土の操作が難しいと判断してここにきたんだろう? 質問でさりげなく水を飲める場所を聞いたのもこれが狙いか? なかなかかしこいじゃないか」
レンデュラは上から目線で褒めるだけで、今いる空間の違和感に全く気付いていない。
「残念なことに水脈に近いといっても土魔術の操作に問題が出るほど大きな影響はない。自分から追い込まれるとは憐れだな」
勝ち誇ったように重低音の笑い声をあげる。警戒心のない獣が罠の中に入ったことを確信し、ディンは決断する。単独での交戦。
「もう逃げ場はない。獲物を狩り場に追い込んだぞ」
レンデュラの言葉にディンは思わず笑みをこぼす。
「それはこっちの台詞だ」
開戦の合図にディンは魔銃を撃った。




