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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第六章 ダンジョン 魔人交戦編

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第118話 だからって僕の方が弱いってことにはならないよね?

 己の直感がささやく。意識を後方に向けると死ぬ。全力ですべてを受け止める。

 活路はそれ以外にない。タンタンはニ重の魔壁をさらに分厚くし、防御のためにすべてを込める。


「鋼鋼斬」


 アネモネの額の目が開き、閉じる。

 光のような縦の鋭い斬撃がこちらに向かう。

 本来、受け止められる斬撃だが、魔術覚醒により威力が大幅に上昇しており、魔力探知した空間を切り裂く感覚で気づく。


 絶対的死。

 全力で横へ飛び、ぎりぎりでかわす。


(今、判断間違ってたら死んでたな)


 一瞬の判断が死に直結する世界。

 あっという間に追い込まれたことで、タンタンの笑みが自然と消える。

 その表情に満足したのか、アネモネは悪戯な笑みを浮かべる。


「次は苦悶、最後に絶望の色に染めたげる。ワタチを怒らせた罰よ、タンタン」

「おい。なんで魔術覚醒できるんだよぉ」

「ふん。ワタチは天才だから。あんたとは格が違うってだけよ」


 アネモネも口を割る気配はない。


「んじゃあ、コツだけ教えてよ」


 思いもよらぬ言葉にアネモネは不意打ちを食らったような表情になる。今までの人間とまるで違う反応だからか、わずかに好奇の目を向ける。


「ふん。まあ、どうせここで死ぬから教えてあげる。これはただの魔力の圧縮じゃない。魔力を自分なりに練りこんでも無駄! 自分を球体に見立ててまわしていくのよ。円環よ、円環」

「へぇ。そんな感じなんだぁ」


 タンタンは両手を合わせて、ううううぅと唸り声を上げる。


「魔術! 覚醒!」


 わずかに魔力が波のように揺れ動くがそれ以上に周囲の変化はない。


「ふん。こんなバカ、ワタチはじめて見たわ」

「えっ? 今のわずかな可能性にかけたかっこいい場面じゃないの?」

「あんたの場合、ロープなしで崖から飛び降りるくらい無知で無謀なことよ」

「ムッ……でも、なんか掴めそうな気がしてきたぞ」


 緊張感のない言葉を吐くタンタンを冷めた目でアネモネは見る。

 魔術覚醒は仲間内でも安易に見せることは禁じられるほどの秘儀中の秘儀。

 ゆえに魔術解放の延長上にあるものと誤解してる人間が多いが、それは違う。


 魔術覚醒はある部位に魔術印を刻まなければ絶対に発動しない。そして、それはゼゼから認められた人間のみしか知らない。


「ふふん。本当に想像通りの馬鹿で安心した」


 自信が確信に変わり、アネモネは口元を歪ませる。


「ワタチがお前の最期、見届けてあげる」


 動いていたものが完全に動きを止める。

 死体となるまでの過程を見届けるのはアネモネにとって至高だ。

 それが強者なら猶更だ。

 だから、自然と微笑みが表情に出る。


「死はとっても楽しいもの」


 アネモネはいつも死の近くで生きてきた。

 一方のタンタンは死と隣り合わせの経験をしたことがない。

 基本的にどんな相手でも動くことなく圧倒してきた。

 狩りのようなものだ。それが今は逆の立場になりつつある。


 待っていれば、死ぬのみの狩られる側。

 その立場に立った時、ほとんどの人間は恐怖に支配される。タンタン自身、自分もそうなるだろうと考えていた。

 しかし、それは違った。恐怖心もあるがそれ以上に高まったものがある。


「鋼鋼斬」


 三連続の縦向きの斬撃。受け止めることが難しい威力だが、威力を殺すことはできる。

 魔壁で受け止め、切り裂かれる前に横っ飛びでかわす。


「糞が! いい加減に死ね!」


 魔術覚醒により魔術の威力は数倍跳ね上がったが、魔術の射出速度に大きな変化はない。アネモネの斬撃は異常なほど速いが、数えきれないほどの数を放ち続けたためタイミングと速度にタンタンの眼が完全に慣れていた。


 よって魔壁でわずかに受け止めて逃げる時間を作れば、避けるのは難しくない。それに気づいたアネモネはあえてさらに射出速度の遅い斬撃を何度も撃ち放つ。


「鋼鋼斬」


 絶え間ない斬撃を受けて、避けて、終わりのない防戦一方の最中、突如紅色の斬撃が眼に飛び、タンタンは横っ飛び。ただそれは色を変化させただけの少し遅い斬撃。本命は横っ飛びしたタンタンに向けて放たれる。

 両手を合わせて唐突に出現する空間を切り裂く斬撃。


「流龍斬」


 それは気づけば目の前にあった。遅い斬撃に目を慣らされたため一歩が遅れる。受ける間もなく、それはタンタンに直撃……したはずだったが、なぜかそれは通過していく。


「はあ? ちょっと待って! 当たった! 今の絶対当たった! 不正! 不正!」


 アネモネは指をさして、激高する。


「当たろうとした瞬間、気合いで避けました!」

「嘘つけ! その指輪の魔道具か! 瞬間移動だなっ!」


 あっさり看過されて、タンタンは否定しない。

 一級魔道具の瞬間移動だが、移動可能距離はわずか十歩圏内。今回のような敵の攻撃を避ける時や近距離の敵の後方を取る時などに使う。


 動くことが苦手なタンタンの弱点を補完する魔道具だ。タンタンの持つものは移動可能距離が短い代わりに使用上限回数は多い。


「まあ、奥の手はこういう時に使うものさ」


 そう踏ん反り返るも、内心ひやひやしていた。

 もらった魔道具は使用回数限界間近の中古品であり、ほとんど使ってなかったので起動するかも怪しい代物だった。


(魔道具使えなかったら死んでたよ、おい)


 すでに自分の生死が運で揺れ動いている現状であるが、タンタンは思いのほか落ち着いていた。


「おい、アネモネ!」

「気安く呼ぶな、ボケ! モブの分際で」

「魔術覚醒のコツをもう少し教えろ」

「キモッ! 身分わきまえろ! だいたい敵に教わるやつがあるか!」

「さっき教えてくれたじゃん。どうせ殺すから別にいいって。なんだよー、僕ができそうだからってびびってんのぉ! ぷぅー、びびってるぅ?」

「鋼鋼斬」


 タンタンはそれをさらっとかわす。


「図星だったね。ふふん。僕の才能に恐れをなしてしまったか」

「何勝った気でいんの? キモッ! 私はイラッとしたから攻撃しただけですけど!!」


 自然と間が空き、視線が混じり合う。

 はじめて言葉でなく目で会話をした瞬間だった。

 奪ってばかりのアネモネは人間たちに怖れられ、憎まれ、殺意をぶつけられる。


 だが、今は与えることを人間に求められている。

 アネモネに慈悲はなく、情を抱くこともないが、今までに感じたことのない欲求がアネモネをわずかながら刺激する。


「ふん。殺す前の下等生物にもう一つ助言したげるわ。魔術覚醒はゼゼの星魔術を凡人でも使えるよう普遍的なものにしたのよ。つまり、ゼゼの星魔術を見て模範にするのが最大の近道ね」


 それを聞いたタンタンは目を丸くする。


「マジっ! それはじめて知った!」

「まあ、見る機会はないだろうけど! あれはあんたみたいなモブには一生捉えることのできない領域よ」

「そうかなぁ」

「あんたは探知魔術の使い手。探知魔術は例外なく雑魚側なのよ。拡散が本質の探知魔術とゼゼの魔術はまるで真逆! 素質なんてあんたにないの!」

「……」


 言い返すまでもなくタンタンは飄々(ひょうひょう)としている。が、ふと思い出したようにタンタンは口を開く。


「僕はなんとなく魔術師団に入って、なんとなくここに来てる。特に大きな信念や野望もない」

「ふん。ぺらっぺらの薄い布みたいな男ね。しょうもなっ!」

「僕より信念があって忠義のある人はたくさんいるだろうなー。でもさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 タンタンは満面の笑みで答える。それを見たアネモネは口をあんぐり開けて固まるが、すぐに顔をしかめる。


「はあ? 何かっこつけたこと言ってんの! キモッ! キモッ!」


 罵倒するが、タンタンは表情を変えない。それが気に入らず、アネモネは嘲りながらまくしたてる。


「このアホが! そもそもワタチが素直に魔術覚醒のやり方を教えたのはなんでかわかる? お前みたいな低能には気づかなかったかもしれないけど、魔術覚醒には特別な魔術印が必要なのよ!」

「……ん?」

「ぷぷぷっ! あんた馬鹿だから魔術解放の魔術印でできると思ってたでしょ! 馬鹿馬鹿! お笑いよ! いくらコツを覚えたって、発動しやしない」


 アネモネはタンタンを指さしながら、大笑いする。


「魔術覚醒の魔術印は脳に近いここに刻むのよ。これが特別の証」


 そう言って自分の舌を出す。

 アネモネの舌にはわずかながら魔力で刻まれた魔術印が光っていた。

 舌を出しながらアネモネはしばらく笑いこけていたが、タンタンが無反応であることに気づく。


「ふん! モブが流石にショックを受けたみたいね。絶望としてはいまいちだけど、その表情を最後に殺してやるわ。もう面倒くさくなったし」

「いや、違う違う。そんなの知ってるよ」

「はあ? お前何言って――」


 タンタンは舌を出す。そこにはアネモネと同じ魔術印が刻まれていた。


「ゼゼちゃんから魔術覚醒の秘儀を教わる権利を得たんだけど、いまいち必要性感じなくてずっとさぼってたんだ。だから、僕も努力次第で発動するよ」

「は?」

「あとさ、アネモネの言葉に素直にハッとさせられた。これは星魔術だって思うと、すごい腑に落ちた。僕さ、実は罰としてゼゼちゃんと何度も戦わされてて、その時星魔術を何度も見てる」

「は?」


 アネモネは口を開けて呆けたまま固まっている。

 タンタンは気にせず、ゆっくり両手を合わせる。


「思い出したよ。ゼゼちゃんから言われた言葉」


――魔術の深淵は限りない。そこに触れればお前も魔術に夢中になる


 タンタンは歪んでいる。

 死の臭いで高まったのは恐怖心以上の……魔術開発意欲。

 タンタンは誰よりも魔術の研鑽を怠ってきた。


 未だ使えるのは初歩的な魔術のみ。皆がそこからあらゆる魔術の習得に挑む中、タンタンのみはずっと一歩目で止まっている。

 それでも最前線で魔人と戦えるその才能の底は、ゼゼですら測れていない。


「魔術の深淵か……ようやく興味が湧いてきたよ」


 自分の命をチップに戦う相手に対し、ようやくタンタンの脳と身体が重い腰をあげる。

 あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、その集中力はダーリア王国の秘儀の扉を開く。


 魔術覚醒習得日数

 ルゥ 一年 

 フローティア 半年

 アネモネ 三か月

 タンタン 0.02日


「魔術覚醒」


うねりを上げる究極の魔力の密がタンタンを包んだ。

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