第11話 魔術師に未来はありますか?
シーザとの会話後も心の中で折り合いがついたわけではなかった。
あれはたぶん自分に対する虚勢だ。
ああやって活を入れないと、おかしくなりそうだった。
「うん。日常生活には支障はないだろう」
目の前にいるのは魔術師団のジョエル。
邸宅の庭で歩いたり、軽い運動をこなし、身体に違和感がないかチェックしていた。目が覚めて翌日のことだが、すでに問題なく日常生活はこなせている。
それもこれも、ジョエルのおかげだろう。ジョエルは一流の回復魔術の使い手であり、ユナが眠っていた時、頻繁に訪問してユナに処置をしてくれた人間だ。
「ジョエルさん。眠っている間にも大変お世話になったみたいで本当にありがとうございます」
「当然のことだよ」
しばらくとりとめのないことを柔らかい表情で喋っていたジョエルが、ふと思い出したように真顔に変わる。
「あの時のことは憶えてる?」
言うまでもない。事故の時の話だ。しかし、そもそもユナではないので知るはずもない。
「正直、記憶が飛んでます。実をいうと魔術師団のころの記憶もあいまいで」
「そうか。無理もない。そういえばゼゼ様から伝言を預かっていてね」
「……どういう内容ですか?」
「事故の弁明はできない。改めてユナに謝罪する。そして、君は君のやりたい道に進んでほしい、ということだった」
非常にシンプルだ。ユナが魔術師団を辞める前提の発言に思えた。実際、ディンが圧力をかなりかけたのでそれも効いているのだろう。
「ユナ。君は自由だ。ただし、このまま辞めてしまうのは私としては本当に惜しい。君の才能は今まで見たことがない」
ユナの才能がどれほどのものなのか正直ディンには全く測れないが、ジョエルの言葉はただのお世辞に聞こえなかった。ユナの身体に入り、今まで曖昧だった魔力がはっきりと目に見えるようになった。
そこで気づいた。ユナの身体からほとばしる魔力は一流魔術師のジョエルより明らかに大きい。その魔力は間違いなくポテンシャルがある証拠だろう。
「ジョエルさん。魔術師に未来はありますか?」
「ふむ。魔術師の時代は終わったという者もいる。この世界は魔道具全盛だからね。確かに魔術師の使う魔術はほぼ魔道具で代用できる。そういう側面では不要かもしれない」
「……」
「だが、魔道具は人の扱える魔術のみしか再現できない。今なお魔術というのは未知の存在であり、人間が把握しているのは十パーセント程度とも言われている。未知の部分を開拓し、研究する人間は必須だと私は考える」
そういう視点がディンにはなかった。それだけでなく、ディンは無意識下で魔術をあまりに軽く扱っていたことに気づく。
それは自分ができないことに対する劣等感だったのかもしれない。
だが、冷静に考えて魔術印も詠唱もよく知らない人間が魔術師は不要と断じるのはあまりに滑稽ではないか。
(そうだ、俺は魔術のことも魔術師団のことも何も知らない。だからこそ、知らなければならない)
そんな当たり前のことにディンは気づいた。
「また魔術師団で、一から魔術を学べますか?」
ディン・ロマンピーチ。妹の身体を借りて、魔術を学ぶことを決意する。
「差し当たっていくつか問題がある」
ジョエルとは改めて場所を変えて話をすることになり、ロマンピーチ家の邸宅の一室で向かいあっていた。
「再入団という形になる。その際、身体に問題はないか念のためチェックする。記憶があまりないということだからね。場合によっては一から魔術の基礎を学ぶことになるだろう。仮実習生と同じ扱いだね」
「問題ないです」
「あと、ゼゼ様と一度話してもらいたいな。そこで一応入団試験になると思う。才能に関しては問題ないから覚悟の問題だね」
「問題とはそれだけですか?」
「いや、一番大きい問題が一つある」
「なんです?」
ジョエルは言い淀みながら答える。
「君のお兄さんだ」
(俺かい!)
「ユナの事故後、君のお兄さんと何度も衝突があってね。無理もないんだが、彼が再入団に承知するとは思えないし、なんとか説得する必要はある」
想像以上に面倒な生き物だと思われていてちょっと複雑な気持ちになる。
「それは大丈夫かと……」
「喧嘩別れのような形ではなく、ちゃんと納得させてほしい。でないと、彼から魔術師団への陰湿な口撃が延々と続くし、これ以上こちらの印象を落とされるのは困るんだ」
まるでモンスタークレーマーのような扱いだ。
「兄の説得はなんとかなります」
「ならいいんだけど」
その言葉にジョエルは半信半疑の眼を向けたが、それ以上何も言わなかった。
翌日、母には身体のリハビリという名目で魔術師団本部へ行くことを告げた。母は露骨に良い顔をしなかったが、なんとかうまくかわした。
魔術師団に再入団すると言えば、卒倒しそうだったので、母にはしばらくの間本当のことを話すのは伏せることにした。もっともいつまでごまかせるか疑問ではあるが……
本部地下へ瞬間転移し、最初に向かったのは最上階にあるゼゼの部屋。
部屋に入ると、本を読んでいたゼゼは少し複雑な表情を見せた。
「ユナ」
「お久しぶりです」
「うむ。話は聞いてる。よく来たな。色々と話したいことがあったのだ」
その言葉に対し、ディンは一瞬だけ白い目を向ける。
王都とディンの邸宅のあるミッセ村は比較的近い距離にある。にもかかわらず、ゼゼは王都から一度たりともユナの見舞いに来たことはない。
ディンからすれば、白々しいセリフにしか聞こえなかったが、そんな思いを飲み込み、対面するソファに座った。
「まずは謝罪しようと思う。どんな理由であれ、無理をさせたのは私の責任だ。本当に申し訳ない」
ゼゼはゆっくりと頭を下げた。非公式とはいえ、ゼゼの身分で謝罪をするというのはめったにあることではない。ゆえに謝罪の本気度が伝わる。
「事故って何があったんです?」
「記憶がないと聞いたが、どこまで覚えてる?」
「正直、ほとんど覚えていません。だから、一から説明してもらえませんか?」
「覚えていないなら話す気はない」
予想外の切り返しだった。
「なぜですか?」
「私の機密に関わるからだ。部外者になる可能性があるなら話すことはできない」
「せめて事故の原因だけでも」
「できん。機密に触れる」
頑なな反応に苛立ちを覚えるが表情には出さない。事故当初からディンに対して説明していたことと同じだが、そもそも当時十二才の子供が機密に関わっていたと思えない。
(やっぱり都合の悪いことを隠してるんだろうな)
そう思うも不審な眼は向けず、ディンは改まって背筋を伸ばす。
「記憶がないというのは不安なんです。最悪、機密は省いて概要だけでも教えてもらえませんか?」
「今、ユナは魔術師団の団員ではない。だから、教えることはできん」
「私は魔術師団に再び入団したいと思います。ジョエルさんから聞いてませんか?」
「聞いてる。確かにまた魔術師団の一員になるなら話しておくべき部分もあるだろうが……本当に入団する気か?」
「駄目ですか?」
「いや、ユナの才能は素晴らしいし、本来もろ手をあげて歓迎するところだ。が、再入団にあたって非常に厄介な難題がある」
ゼゼは極めて深刻な表情だ。ディンは恐る恐る尋ねる。
「難題とは?」
「ディン・ロマンピーチ」
(俺かい!)
「奴は魔術師団を敵視していてな、ユナの決断を歓迎するとは思えん。下手すると、私がたぶらかしたと判断して、露骨に嫌がらせをしてくる可能性がある」
自分で自分の邪魔をしているという意味不明状態。頭がおかしくなりそうだが、笑顔で応じる。
「兄に関しては大丈夫です。私の意見を尊重してくれる優しい存在です」
「甘いな。奴は家族の前では優しく微笑み、裏では悪事を画策する悪魔のような男だ。とにかく敵にすると厄介だ。きっちり説得してもらわないと困る」
(この糞チビ、言いたい放題言いやがって)
睨みつけたくなる衝動を抑えてディンは平静を装う。
「とりあえず兄に関してはお任せを。それより魔術師団の正式な団員ということでいいですね?」
「まだ駄目だ。一通り問題ないか実力をチェックする」
舌打ちしそうになるのをこらえる。ゼゼが明確に頭を下げた場であるので多少の優遇は期待したが、あっさり却下された。魔術に関して誰よりも厳格だという風の噂は本当なのだろう。
(となると、魔術で認められなければ、上層部の情報も得られないのか?)
少なくともタンジーのような訓練生扱いだとまともに情報が入ってこないのは間違いない。
「お前、何を焦ってる?」
わずかな感情の機微を読まれたらしい。
「いえ……別に」
「心配しなくても実力さえあれば正式な団員にする。私は年齢なんて細かいことにはこだわらないからな」
噂通り実力主義の魔術師団だ。実力があれば上に行ける。団員になればユナの事故の件も聞けるし、さらにのし上がっていけば、上層部にいると思われるロキドスの情報も集められる。
なら手順通り、ディンにとって未知の魔術を学ぶしかない。
「また必ず認めさせますよ」