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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第六章 ダンジョン 魔人交戦編
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第108話 カルミィって呼ぶのはやめて

「すべては計画通り……みたいっすね」


 そう言ったのは栗色の長髪を二つに分け、頭の高い位置で結った髪型の女。ゼゼ魔術師団の魔防服を着て、身体中に魔道具を装備している。

 その声と見た目はまごうことなきアイリス・フリップだ。

 が、ベンジャことダチュラはその姿を一目見た時、渋い表情に変わり、ため息をつく。


「はあ……お前は本当にずれている。遅れてくるし、そもそもこのダンジョンにアイリスは来ていない。いたら逆に不審に思われる」

「えっ……マジ? そうなの?」


 特に悪びれることもなく、アイリスの姿をした者は答える。


「おいおい、この姿を手に入れるのに苦労したんだよ。わざわざ魔道具屋で待ち構えてさぁ」

「お前の趣味などどうでもいい。とりあえずユナだ。アランはもう狩ったからお前は最深部に向かえ!」

「ちっ。わざわざここに来たのに……しかも、私としては二度手間なんだよなぁ。わかっていたら、魔道具屋で遭遇した時にチャンスがあったつーの……」 


 愚痴を言いつつ、身体が自然と歪み形を変えていく。

 あっという間にカビオサ内の荒くれ者たちからキキと認識される赤髪の大女へと変わる。


 魔人キリ。

 対象の人間に触れることで、その人間に姿を変えることのできる変身魔術の使い手。服も特殊な皮膚で再現可能で、魔力の出力も完璧に複製することができる。

 完璧に人間になり切ることにより探知魔術にかかることもなく普段はキキとしてカビオサで暮らしていた。


 魔人の姿でいるより人間の姿でいる時間の方が圧倒的に長く、もはや人の姿でいることがキリにとっては自然体だ。


「やっぱりキキがしっくりくるな。でも、両目潰されて、まだ完全に視力が戻ってないんだよ。まあ、人間並みの視力はあるんだけどね!」

「じゃあ問題ないだろ。どうでもいいお喋りをする暇があるなら、さっさといけ!」

「別に今からでも間に合うだろ。レンデュラはユナちゃんと交渉するって言ってたし」

「交渉? 何をだ?」


 ダチュラは思わず眉をひそめる。


「しばらく軟禁するための交渉だってよ」


 それを聞いたダチュラは開いた口が塞がらない。


「そんなこと頼んでもいない。あいつも馬鹿だったか……」

「精神の幼い子供を実験台にして人間というものを観察したいんじゃないか? 人間を知るって課題をあいつなりにこなしてるんだ。馬鹿な昆虫だよな」


 キリはあざけり、ダチュラは思わず舌打ちする。


「まあ、ユナちゃんは保険だろ? 目的は達成したし私としては楽しむだけだな」


 今回の主要な目的はアラン・ガザードの殺害だ。アルメニーアでの魔術師団の一連の動きとこれまでの魔術師団への貢献度からロキドスが最も殺すべき男と判断した。

 王都内ではゼゼがいて下手なことはできず、カビオサでは常に強者と行動をして機会がここまで全くなかった。


 当然タンタンやニコラがいようと、複数の魔人で蹴散らすことは可能だったが、ダンジョン内でばらばらにして確実に殺す選択を選んだ。

 狙い通りアランを始末できたのは収穫だが、ユナの保険も必要になる可能性はある。


「とにかくさっさといけ!」

「うっせーな。ダチュラの分際で命令するな!」

「その名で呼ぶな。私はベンジャだ」


 ダチュラと呼ばれたことに嫌悪感は見せないが、強い口調で警告する。


「そうよぉ。ベンジャは魔人の名は捨てたの。それは私も同じ。今の名前で呼んであげないとダメじゃない?」


 遠くからじっと腕を組んで様子を見ていた者が自然と会話に加わる。


「私に命令するな、カルミィ」

「もうー。ここまで私が送ってあげたのにぃ。キリちゃんって本当不義理な女ね」

「カルミィ。お前の芝居がかった喋りには吐き気がする。闘技場での演技も含めてな」


 一瞬でキリとの間を詰め、その皮肉に口元だけ微笑む。


「だ・か・ら。カルミィって呼ぶのはやめて」


 怒気は含まれず、茶化すような甘ったるい言葉遣い。どこか穏やかで品のある雰囲気を漂わせ、腰までかかった美しい金色の長髪と整った顔立ちは異性を引き寄せる蠱惑的な魅力がある。

 戦闘服にもかかわらず赤と白のサーコートの丈は短く、派手な装飾が施されており、その人間の華やかさを際立たせる。


 サーコートには特別な者しか着ることの許されない紋章である薔薇の花。

 カルミィと呼ばれた人間は悪戯な笑みを口元に浮かべ、キリに向かって指をさす。


「私のことはエリィ・ローズって呼びなさーい」


 ダーリア王国第二王女、元六天花序列三番。

 ディン・ロマンピーチ殺害の犯人。

 その正体はロキドス、ダチュラに続く第三の転生者魔人カルミィだ。





 キリはエリィことカルミィに対し、露骨に顔をしかめる。


「あのさ。エリィ・ローズは世間的に死んでるんだから、エリィと呼ぶのもおかしいだろ」

「かもね。でも、魔人カルミィも死んでるの。気に入ってる方で呼んで欲しいと思うのは普通でしょ?」

「存在しない幽霊ってか。いっそその薄皮全部剥いで、私が別人にしてやろうか? 私は顔をぐちょぐちょにするのが得意だからさ! 全くの別人になった方がお前も動きやすいだろ」


 カルミィはそこではじめてキリの目を見て、薄く笑う。


「……私よりずっと弱いのによくそんなこと言えるね? 昔、顔をぐちょぐちょにしたこと、まだ根に持ってるんだ?」


 キリは唇を舌で軽く舐めて、魔銃を握る。


「開戦の合図ってことでいいな?」

「馬鹿が! いい加減にしろ!」


 ダチュラが叫び、二人はそこでそれぞれ顔を背け、視線を外した。


「カルミィ。お前はさっさとこの場から消えろ。万が一にも見つかったら全部破綻の可能性がある」


 ダチュラはカルミィを睨みつける。その眼には怒りではなく殺意が込められているのに気づき、カルミィはくるりと背中を向けた。


「じゃあ、私はここでー。他の子たちによろしく」


 そう言って、カルミィはその場からあっさり姿を消した。それを見て、キリは舌打ちをし、黙って歩き出す。


「キリ。下にはおそらくニコラがいる。奴とは絶対遭遇するなよ」

「へいへい」


 気だるげに特に急ぐこともなくキリはその場から離れていく。

 足音が消えて一人になったタイミングでダチュラはため息をついた。

 カビオサに来てから誤算続きだ。


 アネモネは見物だと抜かして暢気に会いにきたり、キリはいつの間にか変な団体を勝手に作って遊んでおり、ルゥと接触して余計な情報を与えてしまった。

 サンソニアの湖畔に沈む死体が見つかるのも時間の問題だろう。


 本来ここに来る予定のないカルミィが危機感なく瞬間移動で飛んでくることやレンデュラの交渉の真似事といい、まるで言うことを聞かない面子に改めて怒りが湧いてくる。


「どいつもこいつも好き勝手動きやがって……」


 愚痴をこぼしつつ、ダチュラは勇者エルマーが死んだ翌日のことをふと思い出した。


――私は魔王を倒していない……じいちゃんは最後にそう言って亡くなった


 第一王子との会談でのディンの言葉は、護衛隊長として後ろで聞いていたダチュラの肝を冷やした。

 エルマーがどこまで掴んでいたのかは今となっては不明だ。そして、ディンも魔王ロキドスが生きていると考えていなかったようだが、問題があった。


 ディン・ロマンピーチは知恵者であり、当時の情報をかき集められる能力と人脈を備えていた。実際、勇者の最後の言葉を聞いた後、ディンは積極的に動いて魔王討伐時代のことを調査しており、何かに気づく可能性はあった。


 ただ人間への転生にまで辿り着くとは思えず、ダチュラは放置しても問題ないと考えたが、ロキドスは違った。

 ゼゼとディンが協調し情報を共有すれば、万が一の可能性はあると考えた。


 ディンが魔術師団の上層部しか入れない空間に入ることを知った時、ロキドスは決断する。


――まだまだじっくり煮詰める予定だったけど、これも何かの縁だな。派手に踊ろう


 この言葉を合図に急遽計画が動き出した。

 エリィことカルミィがディン・ロマンピーチを殺害。

 その後、アルメニーアに大量の魔獣を派遣し、闘技場に魔人ハナズを投入。 

 闘技場での目的は魔王の血を奪うことではなかった。


 真の目的は、前線に立った王族が殺されるというシナリオだ。

 慈愛を振りまくエリィ・ローズの死は、少なくない波紋を呼んだ。魔人が悪いのは当然であるが、民衆は責め立てやすいものを批判する。


――王族を前線に立たせたゼゼ魔術師団の責任は重い


――ゼゼが最初から前線に立っていればあそこまで犠牲者は出なかった


 大量の魔獣と魔人ハナズを討った魔術師団に対して、未だ表立った批判をする者は少ないが、陰でそんな愚痴をこぼす者は少なくない。

 このまま時が過ぎれば、風化していく可能性は高いが、もう一つ大きな爆弾を起こせば話は変わる。


 それがディン・ロマンピーチ。

 この爆弾で魔術師団にどれだけダメージを与えられるかにより、その先の大いなる目的を達せられるかが決まる。


 今はその爆弾の威力をより高めるために魔術師団の中枢となる柱を少しでも抜いていく。そう、急遽動き出した計画であるが、ここまでは順調であり、正に勝負所に来ている。が、だからこそ好き放題に動く他の魔人たちの緊張感のなさに苛立ちが募った。


 もっともすべての綻びの点を線で繋いだとしても、転生した魔王ロキドスにまで辿り着ける者はいないとダチュラは確信していた。



「計画に支障はない」


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