第105話 本当に……お前なのか?
翌朝、作戦開始。ヨルムンガンドは未だ海の底で息を止めず、討伐作戦が続いている。西極及びジョエルはそちらにかかりっきりだ。
代わりに援護を担当するフリップ家の戦士団本隊は急な要請のため到着が昼過ぎになる予定だ。相談の結果、魔人に逃げられないことを優先して、魔術師団は先行隊としてダンジョンへ向かうことになった。
レンデュラ単体であるなら、現在の戦力で確実に狩れるという判断だ。フリップ家の人間からいくつか支援の魔道具をもらい、二台の魔道四輪車に乗ったのはディン、シーザ、タンタン、アラン、ベンジャ、ニコラ、ソフィの七人。
アイリスはヨルムンガンドの戦闘での治療期間ということで待機となった。おそらくフリップ家から娘を危険な場所に放り込まないよう要請があったと推測される。アイリスはフリップ家の戦士団をダンジョン入口に案内する役目が与えられたが、本人は納得していないようだった。
早朝に宿舎を出発し、魔道四輪車で都市郊外に出て、午前中にダンジョンのある区画に辿り着く。
その区画は放置された村の一つで、人が全くいない。
水をくむ井戸も枯れた廃墟と化していた。
家屋や教会も朽ちてコケやツタに覆われており、退廃的な雰囲気が漂う。
奥に進むと小さな古城があった。門をくぐり、裏側にまわると草が生い茂る庭があり、そこにぽっかりと大きな穴が空いていた。
覗くと地下へ続く歪な階段が伸びている。
一度ソフィが探知魔術をかけ、周囲に魔人がいないことを確認。
「ではこのまま三層まで向かうぞ」
アランを先頭にダンジョンの中に入っていく。
ダンジョンの中は、意外にも地面の凹凸が全くなく歩きやすい。土の質が変わっているのか、色が白に近い灰色となっていた。そして、灰色の土がわずかに発光しており、ダンジョン内は一定の明るさがある。
ディンのイメージするダンジョンとまるで違っていた。
「もっと暗くて奥が見えない不気味な印象だったけど……人工的に整備されてる感じで歩きやすいな」
「思い出した。これはまぎれもなくレンデュラの巣だな」
胸ポケットにいるシーザが周囲をきょろきょろする。
「やつは土に自分の魔力を練りこむ。だから、土がすべて灰色になり、ダンジョン内は基本明るい」
ディンは地面の土に触れる。石のように固いが、力を込めると簡単に掴める。そして、ぎゅっと握ると、案外簡単に崩れる。粒子が細かく砂のようだ。わずかながら魔力が混じっているのがはっきりわかる。
「石と砂を合わせたみたいな未知の感覚だ。この仕込みがあるから自在に手足のように土を操れるってこと?」
「ああ。どの土魔術の使い手より自在に強力な魔術を扱える。だが、巣の外だと奴はそこまで強くない。普通の土魔術は使えないんだよ」
レンデュラの魔術に関する情報は過去の魔術師との戦いで明らかにされている。土魔術は地面の土を利用して戦う術師が一般的だが、レンデュラの場合はその前に土を自分用に変える過程が必須になる。
ディンは手に持つわずかな土を握りしめ、無力化をしてみる。手を開くと魔力は消えたが、土の色味は灰色のままで見た目は同じだ。
「へぇ」
偶然見つけた特性を頭の片隅に置いて、先を進む。
レンデュラのダンジョンはただっ広い空間に地下への階段がポツリとあるのみで三層まですべて同じような構造となっていた。そして、三層の奥に問題の転移装置の台座があった。
先頭に立っていたアランが振り返る。
「じゃあここで確認だ。全員で突っ込む前にまずベンジャが先行するということでいいな!」
「はい」
ベンジャは表情を崩すことなく答える。これはベンジャの志願だ。
転移先に大きな問題がないか、一人が先行して確認。その後、全員で突入し、ソフィが探知魔術をかけてマッピング開始。
魔人が複数いると確認すれば、罠の可能性があるため一度離脱。
ダンジョン突入後、不測の事態に見舞われた場合には、フリップ家から用意してもらった瞬間転移の魔道具で離脱。手を握るなど接触さえしていれば、十人まで転移してくれる優れものだ。アネモネに狙われていた経緯から、ディンことユナが瞬間転移の指輪を持つことになった。
魔人がレンデュラのみで、罠もないと判断すれば、全員で狩る。
これが大まかな流れ。
穴はないはずだが、胸騒ぎが消えない。何かが起きる予感がするが、作戦は止まることはない。
ベンジャはさっそく転移装置の台座に乗り魔力を練った。
一瞬にしてベンジャはその場から消える。
ベンジャに音声転移魔道具を持たせてあり、ディンが持つ音声転移で呼びかける。
「もしもし、ベンジャ。聞こえる?」
ディンの言葉から少しして音声が返ってくる。
「問題ないです。やはり今いる場所は下の階層で間違いなさそうです。ただしこちらはかなり入り組んだ迷宮のような印象ですね」
下の階層になればなるほど、広く複雑な構造になっているのはレンデュラのダンジョンの特徴だ。これも予想通りだった。
「じゃあ全員で突入だ」
アランの命令で全員が横に長い台座に乗る。
アランが突入前に最後の確認をしていく中、ふとそばにいるタンタンがこちらをじっと見ていることに気づく。
「何か?」
「それはユナに言いたいセリフだね」
その表情は珍しく真顔だ。
「ん? どういうことでしょう?」
「ゼゼちゃんに何か言われたか? 僕とかアランさんを観察しても何も出ないよ」
思わぬ指摘にたじろぐもすぐ取り繕う。
「魔術師としての振る舞いを観察してました」
「つまんない嘘つくなぁ。僕は魔術師として参考にならないって昔言ってたじゃん!」
取り繕った言葉で墓穴を掘る。
「はははっ。そうでしたっけ?」
「背中を預けられないんならダンジョンに入らない方がいいかもね」
タンタンはたまに核心を突くようなセリフを吐く。自分の中の疑いを透かして見られているかのようだ。
「んじゃあ聞くぞ、腹を割って話したい」
胸ポケットにいるシーザが声量を落として切り出す。
「いいよ。わかる範囲内でね」
「ここだけの話だ。ディンの失踪に魔術師団が関わってる可能性がある」
「ちょい! シーザ」
あまりに直接的すぎる言葉だが、タンタンは「へぇ」と好奇心を表情に出した。
「なるほど。僕が容疑者の一人ってわけね。んじゃ、根拠を聞きたいな」
「魔術師団上層部、及び六天花にしか入れない場所がいくつかあるよな? その中の一つに入った後、ディンの行方がわからなくなった」
「場所はどこ?」
「討伐記録全書の空間だ。それに入ったことは?」
直球すぎる質問。タンタンはしばらくの間固まった後、目をぱちくりさせる。
「そんなんあったっけ?」
「……お前もゼゼ様から転移できるカードをもらっただろ?」
「ああー。なんかあったなぁ。あれ、使えなくなっちゃった!」
あまりの斜め上の回答にディンもシーザも唖然とする。
「いや! タンタンさん? 私ももらいましたけど、あれはとても貴重なものですよ?」
「僕の過失じゃないよ。半年前、食事中にある人に見せたらカードに熱々のスープをこぼされて駄目になっちゃった! まあ、あのカードほとんど使うことないから別にいいんだけどさ」
悪びれず舌をペロリと出す。
(馬鹿だと思っていたが、ここまでとは……)
「ちなみにカードを駄目にされた証明ってできます?」
「スープをこぼした人はアシビン殿下だよ」
「アシビン殿下って……トネリコ王国の第一王子ですか!」
想像以上の大物の名にディンは目を剥いたが、タンタンは飄々としている。
「ナナシと御前試合した時の縁だよ。その時にお詫びとして指輪をくれたんだ。へへーん。結構よさげだろ? ほらほら?」
左手の中指に着けた指輪をタンタンは見せつける。
一見するとただの銀の指輪だが、タンタンが中指に魔力を集中させると金と銀の蝶が折り重なるような装飾に変わる。
「こ……これってまさか。ホワイトエレガンスじゃ」
トネリコ王国に伝わる魔術による装飾。魔力を込めることで美しい装飾が現れる。ホワイトエレガンスという希少な石にのみ施すことが可能だ。そして、国旗にも描かれる蝶の装飾を施したものは王族の所有物であることを意味する。
簡単に手に入らない。これを身につけているということはタンタンの話は嘘じゃない。そして、半年前からカードを使えない状況だったならタンタンじゃないのは明らかだ。
唐突に出てきた答え。
ルゥでもエリィでもフローティアでもアイリスでもタンタンでもない。
消去法で完全に容疑者は一人に絞られる。
タンタンは仕事への責任感や信念もなく、周囲から評判が悪い。一方のアランは仕事への責任感が強く、汚れ仕事も進んでこなし、周囲からの信頼は厚い。
真逆の性格。以前転生していたフィリーベルと性格の面でアランが近いのは明らかだった。
それなのに確信を持てなかったのは生前の関係にある。ユナが事故で昏睡状態になった時、矢面に立って何度も謝罪に来たのはアラン・ガザードだ。
会うことを拒絶した日も含めて、謝罪に来た回数は累計五十四回。
ディンがアランに罵倒の言葉を放った回数は数えきれない。アランは自分に非がないにもかかわらず、汚れ仕事を買って出て、ディンの侮蔑の言葉もすべて受け止めた。
そんなことができる人間がはたしてどれだけいるのか。アランが謝罪し、ディンが責め立てた濃密な時間は皮肉にもアランの人間性を知る時間でもあった。
あの時のアランと、魔術師団でユナとして関わりを持ったアランは変わりなく誠実だった。
「本当に……お前なのか?」
未だ半信半疑で確信が持てない。
「お前たちさっきから何を話してる! 今から行くぞ!」
アランの怒鳴り声で我に返る。
すでに確認事項を終えて、全員準備は整い、今すぐにでも突入しそうな状況だった。
(まさかここが分水嶺?)
戦地に踏み込む寸前。一人に絞られたのなら……どうすべきなのか。
追求しても証拠はない。何をすべきが最善かディンは混乱してしまう。
迷いの見えるディンをタンタンは見て、肩をすくめる。
「あのさ。聞きたいことあれば、聞けばいいじゃん。なんでそんなまわりくどいんだ? 昔はもっとシンプルだったじゃん」
「それは……」
疑いをかけている素振りすら見せないよう振る舞い続けたのは今後のための策略の一つだ。だが、周囲から見ると違和感があったのだろう。
ポツリとそばにいるタンタンがつぶやく。
「まるで別人みたいだ」
裏表のないタンタンの言葉が胸を刺す。が同時に迷った時の行動原理を思い出した。
ユナだったらどう動くのか?
ユナなら迷わず追求する。
「アランさん! 一つ伺いたい――」
ディンが声をかけると同時にアランは台座に魔力を込めていた。
一人でもこめれば、自然と台座の石板が反応し、転移魔術が展開される。
「あっ」
「えっ?」
「うん?」
違和感。
先ほどベンジャが転移した時と明らかに反応が違った。
それぞれの足元が光り、一瞬で暗転して歪み、目の前の景色が変わる。
瞬間転移。
転移した先は広々とした空間だった。だが、周囲にはディン以外に誰もおらず、胸ポケットにいたシーザもいない。
「どういうことだ?」
想定外の出来事に戸惑いを隠せない。唐突に背後からの気配を察知して反射的に半身振り返る。
少し距離を置いた場所に立っていたのは白い外殻で覆われた異物。
「あの転移装置は一定数以上の魔力ある者が乗れば、自動的にばらけて転移されるよう術式を組まれている。昔使われてたフリップ家の魔道具と似ているね」
思わず一歩後ずさる。
二本足で立つ昆虫のような魔人。
「レンデュラ……」
「ようこそ勇者の孫、ユナよ」
考えうる最悪が目の前にいた。