第104話 お前、必死にやらない理由を探してるな
話し合いが終わった後、ディンはシーザの部屋を訪ねていた。
「で? どうする?」
二人して深刻な表情のまま黙り込む時間が続く。
空気が重い。極めて難しい選択を迫られていた。
魔王ロキドスはアイリス・フリップじゃないと確認してから、容疑者は残り二人に絞られていた。
タンタンとアラン。
自分たちなりの捜査にここまで大きな間違いはないとディンは確信している。が、残った二人に対してロキドスだとピンとこないのも事実だ。ディンなりにあらゆる角度からそれぞれの人物を観察してきたが、確信が全く持てない。
「消去法で残った二人だからな。確定有罪じゃないからしっくりこないんだろう」
ディンはそうシーザに言い聞かせ、自分にも言い聞かせていた。
そして、この二人であるなら、うっすらとだが怪しい人物は一人に絞られる。
「改めての確認だけどシーザも同じ意見でいいんだよな?」
「ああ。私も正直、あいつは違うと思ったよ……ただ確信がねぇけど」
「俺も最初の印象であいつだけはないなと思った。悪目立ちしすぎてるし、馬鹿すぎる。あれが演技とも思えない」
あいつとは言うまでもなく、序列一番タンタン・クレオメン。
魔術師団の主戦力だが、問題児であり自由奔放な言動で問題をまき散らしている男。実力主義のゼゼ魔術師団だからこそ居場所があるが、他の組織では解雇されてもおかしくない存在だ。
ロキドスが最初に転生した医者のフィリーベルは仕事面で周囲から信頼を得ている男だったという。性格の面から考えると、タンタンは最も遠い人間だ。
が、タンタンではないと推定無罪を出して容疑者から外すのは危険だ。
「違うかもしれないが……証拠はない。だから、あくまで容疑者の一人だ。ここまではいいな?」
シーザは黙って首肯する。
そう、ここまでは大きな間違いはないという自信はある。ならば次の段階に移行するべき時が来た。
「……やるなら今夜しかない」
「それって……」
「うん。二人まとめて寝込みを襲って暗殺する」
声量を落とした冷たい言葉の後、静寂に包まれる。
ディンの覚悟を悟ったのか、シーザの目には迷いが生じてる。
「無実の人間一人殺すってか」
シーザはぎろりと目玉だけこちらに向ける。
「多数の幸福を取るならこれが最善だ。キクなら同意する。まあ、賛否両論あるのは認めるが」
「賛否もくそもねぇよ……ただ私も汚いとかそういう綺麗ごとを言う気はない」
両手を固く握りしめたままシーザは問いかける。
「寝込みとはいえ確実に成功させられるのか?」
逆にディンの方が考え込む。二人とも戦闘の達人だ。もし魔王ロキドスの力を隠し持っていた場合、少なくともディンたちでは手に負えない。時間も足りず不確定要素が大きすぎる。逆に失敗した場合、取り返しがつかないことになる可能性もある。
だが、ディンはあえてシーザに切り返す。
「シーザ。お前、必死にやらない理由を探してるな」
「……そりゃそうだ。私としては勇者の孫から暗殺って発想が出てくるのが恐ろしいわ」
「仕方ない。最善は王都に戻るまでに容疑者一人を絞って、ゼゼに殺してもらうことだった。だが、明日の朝にはダンジョンアタックだ。内部にスパイ抱えて敵地に攻め込むのは危険すぎるからな。最悪、全滅するぞ」
「それは私もわかってる……だが」
シーザは言い淀み、沈黙が続く。
ディンはその言葉が出るのをじっと待った。
「私はお前のやり方には反対だ。甘っちょろいかもしれないが、無実の人間を殺すような真似はしたくないし、お前にそういうことをさせたくない」
シーザは感情を噛み殺して言った。
ディンはそれを聞いて、安心している自分がいることに気づく。倫理観が迷子になっているキクならともかく、ディンも無実の人間まで巻き込んで暗殺することは抵抗があった。
(俺はシーザから反対の意見を言って欲しかったんだな)
作戦を実行したとしても間違いなくディンの中で躊躇が生まれる。戦闘の達人に対して、躊躇があればどのみち暗殺には成功しない。
ディンは深く息を吐いて、口を開いた。
「まあ、やるなら確実に刺せる時に実行すべきだし、俺らだけだと不確定要素が大きすぎるな……」
シーザもその言葉でディンが作戦を止めて欲しかったことを察したようだが、口には出さない。
その後、二人を行動不能にするという案も出たが、そのための準備の時間もなく、成功率が低いという判断からダンジョン突入に話の焦点が当たる。
「なんとか延期させられるのがいいんだけどな」
「無理だな。条件がそろいすぎてる」
明日がカビオサ遠征最終日。この日を見送ればソフィは国に戻らなくてはならない。魔術師団の主力はタンタンのみだが、ベンジャやニコラなど代わりの戦力は揃っており、明日にダンジョン突入するのは合理性がある。止める理由はない。
「二人を徹底的に監視するしかないな。何か企んでても、集団で常に動くから下手な真似はできないはずだ。不審な動きがあれば、俺たちで牽制を入れる」
「だな……」
そうぼやき、ディンを伺いながらシーザは続ける。
「私としては……ディンはダンジョンに行かない方がいいと思ってるんだけどな」
カビオサに入った直後、アネモネはわざわざユナに会いにきたと言った。その真意はわからないが、何かユナに対して狙いがあったとしてもおかしくない。
敵の懐にわざわざ入る必要がないというのは正しい。
さらに言えばディンの役目は補助要員だ。前衛での狩りはニコラとタンタンが務め、アランとベンジャがその二人のフォロー役。シーザとソフィが後衛。
ディンことユナは後衛で魔道具での支援役。架空収納で魔道具を大量に持てるので、扱いとしては荷物持ち要員となる。架空収納を誰かに渡せば、いなくても支障はない。
行く必要のない条件は揃っていたが、ディンは最初からダンジョンに入ることを決めていた。
「ロキドスは転生している事実を知る人間がいるなんて絶対に思ってない。まして尻尾をつかまれつつあるなんて想像外のはずだ。ここまで来たら誰か見極めるために俺は行く」
「まあ、そう言うと思ったぜ」
シーザはため息を吐いて言葉を繋げる。
「ただこれだけは約束してくれ。万が一、何かあった場合、ディンだけでもダンジョンから逃げてくれ。私も含めて、全員見殺しにすることになったとしてもな」
最後の言葉はとても重く響いた。
「当然だ。やばくなったらシーザも置いて逃げるから安心しろ。俺は一切躊躇しない」
一切の迷いない言葉にシーザは複雑な表情でしばらくの間、固まる。
「……そこはさ。苦渋の表情でもう少し葛藤して苦しむ場面じゃないの?」
「決断力のない優柔不断野郎と一緒にするな。ユナの命はプライスレスだし、他の何者にも代えられない。いざという時にシーザを見捨てるなんて迷うことのない簡単な選択だ」
シーザは逆に苦渋の表情を浮かべる。しばらくの間、睨みつけるか葛藤して、ぐっとこらえ平静を装う。
「お、おう……ならいい」
熟慮を重ねて納得して選んだ選択。
大きな間違いはないとディンは考えている。それでもひっかかりが取れず胸のどこかでもやもやしたものがずっとある。
「なあ」
「ん?」
「見落としてる部分……ないよな?」
ディンの言葉にシーザも熟考して答える。
「ない……はずだ」
言葉の中にシーザの迷いが伺える。それをごまかすようにシーザは作り笑いを浮かべる。
「ちょっと後ろ向きになりすぎだな。前向きに行こうぜ。希望的観測にすぎないが、あの面子ならきっとうまくやれる」
「だな」
ここで話は終わる。
希望的観測は時に見落としを生む。ディンはダンジョン内で自分が致命的な見落としをしていたことに気づくことになる。
最善だと判断して手に取ったものは、大量の血に染まる朱色の選択だった。