第103話 応援なんて待たず明日にでも行けばよくない?
タンタンたちの別動隊が宿舎に到着したのはカビオサ滞在六日目の夕方だ。その日の夜に話し合いが行われることになった。
客室の一室にディンとシーザが入ると、ルゥとジョエル以外の面子はすでに集まっていた。
アイリス、アラン、タンタン、ベンジャ、ニコラ、ソフィは巨大な丸テーブルを中心にそれぞれ椅子やソファに座っており、ディンは全員の前に立つ。
「全員揃ってますね?」
「おい、おチビ! なんでリーダーみたいに振る舞うの? だいたいね、君みたいな若輩者は普通最初に来て待ってないとダメなんだぞ!」
タンタンを無視して、話を進める。
「アランさんがジョエルさんと定期的に連絡を取っていたようなので概要は知っていると思いますが、一通り説明していきたいと思います」
ディンは六日間で自分たちの身に起きた出来事を大まかに話した。
魔人アネモネとの交戦や魔獣ヨルムンガンドなどについて順を追って説明していくが、トネリコ王国の人間がいるので、何でも情報を共有するわけではない。
背骨の秘密に関してはジョエルと相談して伏せることが決まり、ヨルムンガンドは海から唐突に現れたとディンは説明した。
現在、ヨルムンガンド討伐のためジョエルが指揮し、西極もそれに総力を当てていることやルゥの失踪についても順番に話していく。
「失踪していたルゥについてですが、結論だけ言うと無事です」
その吉報はちょうど夕食を終えた後に届いた。
「先ほどフリップ家の邸宅で保護したとのことです。無事であることを伝えてほしいと、わざわざフリップ家から連絡をいただきました」
その報告に皆が安堵の表情を浮かべる。
「とりあえず無事なのは何よりだな。探す手間も省ける」
アランは腕を組みながらポツリとつぶやく。悪気はなさそうだが、後ろの言葉が本音に聞こえた。
「ちょっと待って!!」
そう声を上げて席を立ったのはタンタンだ。
「フリップ家の邸宅ってここからどれだけ離れてるんだよ?」
「……歩いて一か月以上かかりますね」
「おいおい! 迷子ってレベルじゃないぞ! どうやったらそんな場所まであいつは行くんだ! もしかして任務ほったらかしてさぼってたんじゃないだろうな!」
タンタンの突っ込みにしばらく誰も反応しない。
「まあ、確かになんで私の家まで行ったか気になるっすね」
「うーん。ルゥがすぐに眠ってしまったようで、詳細は聞けてないそうですが……本人いわく雲の上から落ちたそうです」
「絶対嘘だ! 子供みたいな嘘つきやがって! もう首だ! 仕事が嫌になって、あっちの都会に行って暢気に遊んでたんだ!」
「あともう一つ、ルゥからの伝言。魔人キリと戦った、とのことです」
全員の顔つきが変わる。
「なるほど。魔道具使いのキリか。おそらく激しい交戦の後、瞬間転移の魔道具で雲の上に飛ばされたんだろうな。これならつじつまが合う」
一瞬で考察したのはニコラだ。
皆がそれに同意してうなずく。
「……なんとなくだけど僕もそんな気がしてたんだ」
言い訳がましいタンタンの言葉を全員が無視した。
「アイリス。私たちも実は一度会ってるみたいだ」
「えっ! どういうことっすか?」
ディンは、キリが普段はキキという反魔術師団体に所属して活動していることを説明する。
「特徴からして、魔道具店で会ったキキだと思う」
「マジっすか。魔道具店で会話したあの女が……」
「まさかだよね」
「この節穴ガール共が! なーに普通にお喋りして帰ってきてんだ! ちょっとは違和感に気づけ!」
誰もタンタンの言葉に反応しない。
「ちょっと待てよ。私もキリは見たことあるけど……魔道具店で見た時、ピンとこなかったぜ。あいつ、顔変わったんじゃねぇか」
シーザは自分の遠い記憶と照らし合わせているのか、首をかしげる。
「身体の構造が普通ではないので、外側を多少いじることも可能でしょう。とにかくキリは見た目も人に近く、魔力を抑え込める。今までもずっと人として潜伏していたのかもしれません」
ニコラの推測は妥当だ。となると、探知魔術にも引っかかりにくく、捕まえるのは限りなく難しい存在と言える。
「シーザ、ちなみにキリってどういう魔人なの?」
「よくわかんねぇ野郎だな。ハナズやアネモネは人間を見たらとにかく殺すという単純なやつだったが、キリってのは妙に要領得ないこととか無駄なことをするタイプだ。殺しにも美学を持っているみたいだし、掴みにくい相手だな」
魔人にも人間のように性格の違いがあるらしい。確かに魔道具店であったキキという女は独特の雰囲気があり、妙に吸引力のある瞳をしていた。
「こうなるとよりややこしいことになってきましたね」
そう切り出したのはソフィだ。
「私たちの報告です。皆さんも周知のとおり魔人の巣を発見しました。ただしこれは先ほど出てきたキリという魔人ではありません。これまで発見してきた巣との特徴を比較する限り、間違いなくレンデュラという魔人のものです」
すでにシーザから共有していた情報を思い出す。
レンデュラ。見た目は人には程遠く、二足歩行する昆虫というイメージで全身白の分厚い外殻に覆われている。
扱うのは土魔術。五十二年前、魔人たちに指示を多く飛ばしており、まとめ役の可能性が高いと言われている。レンデュラの巣は例外なく地下にあり、それは入り組んだ迷宮のようになっているのが特徴だ。
その複雑な地下迷宮はレンデュラのダンジョンとも呼ばれている。
「レンデュラの巣とキリが現れたと思われる区画ポイントははっきり言ってかなり近い。さらにアネモネまでカビオサにいることが判明している以上、魔人たちが徒党を組んでる可能性を考えなくてはいけません」
魔人は各個撃破が定石だ。複数いる場合、戦うのは好ましくないと言われている。今回はレンデュラのダンジョンという敵の懐に入ることになるのでより慎重にならざるを得ない。
「あらかじめダンジョンに探知魔術をかければ、どれだけ敵がいるかわかるんじゃないですか?」
純粋にディンは尋ねる。ソフィの探知魔術は霧のように魔力を拡散させて、周囲一帯の輪郭を撫でることで地形を把握することも可能だ。
よってダンジョンの細かな構造や魔人以外の存在も確認できる。
「探知魔術対策をとられてます」
「というと?」
「そのダンジョンは三層で、その最深部に簡易転移装置があるんです」
簡易転移装置。
崖と崖の間に橋を作る手間を省く時などに利用されるものだ。
「私たちは三層の転移装置まで出向いて、種類を確認しました。魔力を込めれば、自動的に転移されるものです。なのでまず遠くに飛ばされることはない。おそらくすぐ下の四層に転移できる仕様だと思います」
転移装置を置くことで三層までしか探知させない仕掛けとなっており、さらに下の階層を調べるには直接転移されるしかない。
「なるほど。厄介ですね」
「どちらにしろ魔人の巣を見つけた以上、調査は必要だ」
アランが力強く言い、それぞれ同意する。
「ちなみに西極ですが、現在ヨルムンガンドの討伐に全精力を注いでおり、そちらの対処は任せたいということです」
ディンの説明に「丸投げかい!」とタンタンが突っ込む。
彼らにとっても魔人の巣があったという事実は無視していいものでないだろうが、現在ヨルムンガンド討伐のため大量の魔銃と人員が必要なので仕方がないのだろう。
「代わりにフリップ家の戦士団が援軍としてくる予定です。ドン・ノゲイトが救援要請したのでしょう」
フリップ家が誇る戦士団は一級魔道具を大量に装備した傭兵軍団だ。中には強力な破壊性能を持つ魔道具を所有している者もいるという。
「調査報告すれば、さらに魔術師団の応援も呼べるっすね!」
当初カビオサでの魔術師団滞在期間は一週間のみで人数は十人という制限つきだったが、魔人討伐という名目がある以上、その制限も撤廃されるのは妥当だ。
本格的に討伐メンバーを組める。
「ん? 応援なんて待たず明日にでも行けばよくない?」
当然のように言い切ったのはタンタンだ。
「それは流石に危険では?」
「なんで? 魔人相手なら援軍で役に立ちそうなのはフローティアとルゥ、後トネリコ王国のナナシくらいだろ。そいつら合流するまで待ってたら、逃げちゃうぜ」
「確かに今回かなり大がかりな探知魔術をかけました。探知魔術は探知した魔力の痕跡が微弱ながら残る。魔人たちはそれを察知できるので、逃げる可能性は高いですね。実際レンデュラはそれで何度か取り逃がした歴史がある」
ソフィはタンタンに同意する。
「今回の探索期間後、ソフィはトネリコ王国に戻る必要があります。彼女にはやるべき仕事が向こうにはたくさんあるので」
補足説明するのはニコラだ。
ソフィは魔族の巣がまだたくさん残るトネリコ王国で最も重宝される人材だ。魔人の巣の調査というソフィの役目はすでに終わったが、ソフィの探知魔術は広大な未知の領域を調べるのにうってうけの力であり、ダンジョン攻略に必須だ。
魔道具では代用できず、いるといないでは雲泥の差がある。
「ちなみにソフィが帰っても私は独断で残る所存です。魔人を狩るのは世界の最優先事項だ。もちろんソフィも同じ気持ちですが、彼女に関しては国の思惑が絡んでいる側面があるので」
ニコラはよどみなく答える。ディンはもう一人の一時的な助っ人であるベンジャを見る。ベンジャはその視線の意味を察したのか口を開く。
「私も残りますが……個人的には明日ダンジョンアタックが望ましいかと。少々癪に障るがタンタンと同じ意見です。この面子はダンジョンでの狩りにおいて最適解に近い。フローティアは少々暴れ馬なのでダンジョンなどの限られた空間の中で力を発揮できるか怪しい」
ベンジャの指摘する最適解とはベンジャ、タンタン、ニコラ、ソフィが揃った状態のことを言っているのだろう。
が、ディンとしては裏切り者の存在が頭にちらつく。
「んだ、おチビ。難しい顔して……びびってんのか?」
「アネモネが待ち伏せていた件ですよ。魔人側に情報が漏れている可能性があるということを考慮しないといけません」
「確かにその点は引っかかるな」
ニコラは腕を組んで、熟考する。が、都合のいい答えは現在の情報から見つからず沈黙が続く。
「んな細かいことどうでも良いんだよ」
相変わらずの軽い口調で切り出したのはタンタンだ。
「罠の可能性。複数の魔人が待ち構えてる可能性。その二つの場合は一時撤退すりゃいいだけでしょ? 幸いフリップ家が援護してくれるって言ってるんだから、脱出の転移魔道具を用意してもらえばいいだけさ」
「確かに誰かが先行して魔人の巣に入る必然性はある。ここで手をこまねいて逃げられては元も子もない」
話し合いは進み、複数の魔人がいる場合は一旦撤退すること、ダンジョン内で想定外のことがあった場合の逃走経路を確保するということで翌日の朝、ダンジョンへの突入が決まった。
ここでディンとシーザは決断を迫られる。