第10話 魔術師団に入る
「魔王が隣国の王族に転生……?」
それはディンにとっても予想外で驚きを隠せなかった。
「待て。そもそもトネリコ王国の王族にフィリーベルなんて名は聞いたことがないぞ。それに王族の子供がさらわれたならもっと騒がれたっておかしくない。なぜその事件自体が表沙汰にならない?」
「そりゃ生まれが複雑でな。今は亡き国王の隠し子ってことよ」
それでもディンはピンとこない。国王に側室がいるのは常識であり、複数の女性と子を成すのは普通だ。
「侍女の女とかじゃなく娼婦に手をだしたとかそういうことか?」
「ディンはこういう話本当に好きよな」
シーザはあきれつつも、すぐにネジを締めて真顔になる。
「はっきり言って、相手は不明だ。聞けるわけもない。どちらにしろフィリーベルはその後も表に出ることはなかった。身分を隠して医者として生き、三十代を過ぎるとダーリア王国に住居を構えた」
「なんでそこまで詳しい?」
「事情を知るエルマーが内々で頼まれて、勤務先の病院を斡旋したからだ。ダーリア王国での拠点作りをしたのはロマンピーチ家というわけだ」
ということは勇者エルマーとロキドスが転生したフィリーベルは面識があるということだ。奇妙な話だが、想像以上に距離の近い場所にいた事実に背筋が凍る。
「フィリーベルに斡旋した病院はどこだ?」
「タンポー病院。ディンも知ってのとおり、魔術師御用達の有名病院だ」
「繋がったな! 魔術師団とも関わっている。そいつで違いない。王宮戦士団に報告しよう」
「待て! 話はここからだ」
シーザは深刻な表情に変わる。
「フィリーベルはすでに死んでいる。もう十年前のことだ」
「はっ?」
「覚えてないか? フィリーベルの最後を看取ったのは何を隠そうエルマーとディンとユナだ」
「俺とユナが?」
戸惑いを隠せないが、幼いころの記憶が呼び起こされる。
そうだ。祖父エルマーに連れられ、ユナと共に病院に行った。
祖父は理由も言わず、着いたのは小さな個室。
そこにいたのはベッドの上で横たわる名前も知らない男。
祖父にとって重要な人なのだと思い、ユナと共に祈りを捧げながら最後を看取った。
「フィリーベルは妻子もおらず、親しい友人も作らなかったようでな。その後、遺骨をトネリコ王国に引き渡したのもエルマーだ」
ダーリア王国での拠点を作り、最後を看取る。家に来た記憶はないので交流は薄かったはずだが、そんな人間にも慈愛を示すのは祖父らしいとディンは思った。
そして、その病室でのユナの言葉をディンははっきり思い出した。
「フィリーベルが亡くなった時、ユナがじいちゃんに怒られたんだ」
「なぜだ?」
「変なことを言いだしたから。首につけていた宝石が綺麗に消えて粉々になったってユナが騒いでいたんだ」
「それは……まさか」
ユナが退屈して適当なことを言っただけだろうと当時は思った。しかし、今思うとそれは嘘ではなく、まぎれもなく本当のことだとわかる。
「ユナの見たものに間違いなければ、魔王ロキドスはフィリーベルに転生して再び死に……」
「また別の人間に転生した」
祖父エルマーはロキドスの痕跡を辿る途中で死んだ。
魔王ロキドスがフィリーベルから誰に転生したのか……祖父の残した手がかりはない。
しばらくの間、重い沈黙が続いた。共有できる相手ができたおかげで少し心は軽くなったが、問題は重く残っている。
「で? これからどうする気だ?」
シーザはタイミングを見計らってディンに質問をぶつけた。
「知らぬ顔で生きてられるわけないだろ」
「だな……としたらロキドスがフィリーベルから誰に転生したのか、調べないとな」
「もちろんそれもあるがもう一つ。じいちゃんの秘匿物についてだ。何か聞いてるか?」
シーザは渋い表情で答える。
「うーん。それに関しては初耳だ」
「魔王の巣でじいちゃんが何か拾ったんじゃないか? シーザ覚えてないの?」
ディンの予想では、あれはロキドスの作った魔道具だ。というかそれ以外に考えられない。魔王の巣で祖父が発見して、ずっと持っていたと考えるのが普通だ。
「私の知る限り、エルマーは何も拾ってないぞ。魔王の巣はロキドスの死体を含めて徹底的に調査されたからな。勝手にものを持ちだす余裕もなかったし、エルマーはそんなことするやつじゃない」
シーザの眼には揺らぎがない。エルマーという人間がそんなことはしないと確信している眼だ。ディンの中にいる祖父も同じだった。
「じゃあじいちゃんはあの秘匿物をどこで見つけたんだよ?」
「わかんねぇもんはどうしようもない。とりあえずフィリーベルについての情報を私はもっと洗ってみる」
「うん。俺は俺でやることがあるから、そっちは任せるよ」
「ディンはどうする気だ?」
ディンは間を置いてから答える。
「魔術師団に入る」
予想外だったのか、思わずシーザは目を剥いた。
「フィリーベルから転生した先は……おそらく魔術師だ。奴はゼゼ魔術師団内の上層部にいるはずだ」
ディンが殺されたのは魔術師団の限られた人間しか基本立ち入れない場所であるからそれは明白だった。敵のいる可能性があるなら、懐に飛び込む。
「いくら何でも危険だ。お前はユナのことはよく知ってるかもしれないが、魔術師のことはよく知らんだろ。もしボロが出て何かあったら、私はエルマーに顔向けできん」
「言ったろ? もう後戻りできない。ユナの身体をチップにするのは抵抗があるが、最善の一手だ」
シーザは苦渋の表情をしたまま固まる。
「調査するだけだ。やばくなったら、トネリコ王国に尻尾巻いて逃げるさ」
「もしロキドスを見つけたらどうする?」
「勇者エルマーから最後の言葉を託された。やり残したことを成すだけだ」
迷いのない言葉でシーザは思わずため息をこぼしながら、顔を引き締める。
「だな」
シーザも腹をくくったのがディンにはわかった。
馬車に揺られながらシーザは一人唇をかみしめていた。
自分に家族がいないからか、ディンやユナのことを孫のように接してきた。
だからユナが目覚めたと聞いた時、喜びに震えた。
が、今日まったく想像もしない話を聞いてしまった。
魔王ロキドスが生きている可能性……
ただシーザの中にはそれよりもっとショックなことがあった。
「ディンが殺された。孫のようにかわいがってきたディンが」
正確には魂は生きているが、もう元の姿に戻ることができないのだ。
(では、今はどういう状況なのだろう。ユナの魂はどこに行った? 眠っているのか……それとも)
想像するのが怖くなりシーザは思考を止めた。
「何としてもあの子だけは守らないと。たとえ私の命に代えても」
声を震わせ、固く誓う。
瞳からは涙がこぼれて止まらなくなった。




