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陰キャ失格 〜メンヘラに縁の多い生涯を送ってきました〜  作者: 文月らんげつ
ついに到来!  夏休み!
63/108

63限目 でも恥ずかしい

 夜九時をすぎて、姉ちゃんは帰ってきた。俺が家事を済ませてシャワーを浴び終わったタイミングだ。

「ただいま!」

「あ、おかえり。シャワー浴びたら?」

「うん、そうするー」

 酔ってるようだ。そりゃそうか。高校時代の友達と出会って夜ご飯を食べに行って酒を飲まないなんてことは無いだろう。シャワー中倒れたりしないか心配だ。倒れられたら困る。いくら姉弟とはいえ、思春期の男子が姉のシャワー中に風呂に入っていいものか迷うので。いや姉ちゃんは何一つ気にしないというか感謝するだろうけど、俺の方の問題で。

 姉ちゃんは鼻歌を歌いながら風呂に向かった。俺は部屋に戻り、宿題を再開したのだった。


 喉が渇いて麦茶を飲みにリビングに行くと、姉ちゃんが風呂から上がったところ……のようだが、様子がおかしい。脱衣所でなんか叫んでる。

「わー!? どうしよう!?」

「姉ちゃん? どうした?」

「あっ、陽向そこにいるの!? ごめんパンツ持ってきて! スーツケースの中にあるから!」

 着替えの用意を忘れるとは初歩的なことを……俺は返事をして姉ちゃんの荷物がある場所……というか母さんの寝室に向かった。姉ちゃんが独り立ちする前は俺と姉ちゃんは同じ部屋で過ごしていて、独り立ちしてから、姉ちゃんは帰省の度に母さんとおなじベッドで寝ている。父さんがいた頃の名残でダブルベッドだから狭いということは無いのだろう。スーツケースは鍵がかかっておらず、開くと夏物の服が沢山あった……勿論下着も。姉のものとはいえ……!適当に1枚取り、脱衣所に向かった。

「持ってきたよ」

「ありがとう出来た弟!」

 少しだけ脱衣所の扉が開き手が出てきたので、渡して閉める。姉ちゃんはこういうところが天然だ。酒が入るとそれが加速するから困る……と思ったところで、そういえば水を飲みに来たのだと思い出した。適当にコップを取って冷蔵庫の中の麦茶を注ぐ。それと同時に姉ちゃんが脱衣所から戻ってきた。

「あー良かった。偶然陽向がいて助かった……」

「ほんとに良かった……もし半裸で出てこられて鉢合わせたらマジで困る」

「んな!? 私がそんなことをするとでも!?」

「やりそう」

「……やるかも……」

 椅子に座りながら姉ちゃんは撃沈。俺は思わず笑ってしまった。

「麦茶いる?」

「入れてくれるの? ありがとういるー」

 俺が飲んでいたのともう1つコップを用意し、麦茶を入れて持っていく。風呂上がりに飲む冷えた麦茶は格別だ。

「ぷはーっ! あ、おっさんみたいな声出しちゃった」

 ほんと、いつも通りの姉ちゃんだ。でもこういう姿……付き合ってる人にも見せているのだろうか。

「……」

「……陽向? どうしたの? 元気ない?」

「そ、そういう訳じゃ……」

 姉ちゃんの目をちゃんと見ることが出来ない。思えば、姉ちゃんのことは相変わらず尊敬しているし未だに姉ちゃんっ子で、大好きなのには変わりないはずなのに、歳を重ねるごとに顔を見て話すことが減った気がする。話したいことは沢山ある。友達のことと、勉強のこと、愛とのこと──メンヘラたちに対する悩みも。

 けれど、幼かった俺は段々大人になって、他の人と同じように自分以外のことをまず考えるようになって、言えることと言えないことの分別をするようになって、段々言えることが減っていく。……上手く言葉にはできないけれど、まぁなんというか、そういう分別をすると、どんどん姉ちゃんが他人のようになっていくような感覚をどこかで感じていたんだろう。

 それが今年、結婚という言葉が出てきて、ぼやけていた感覚がはっきりと具現化したような気がして、姉ちゃんを今まで以上に遠く感じていた。


「……陽向、悩んでることがあるなら言っていいんだよ? 姉弟なんだから、遠慮しないで」

「ないよ。俺だってもう高校生だし、大抵の事は自分でどうにかできる」

「おお、それは頼もしい。……黒染めもその結果?」

 …………聞いてこないから気にしてないもんかと思っていたが、そうでもないらしい。なんて答えようかまるで考えてなかった己にびっくりする。もちろん悪い意味で。

「……言いたくないならいいんだ。自分で言ったけど、高校生の男の子だもんね、言いたくないこともあるよね」

 肯定も否定もせずにいると、姉ちゃんは立ち上がって空になったコップを片付けた。

「……あのさ」

「ん?」

「結婚考えてる人って……何年付き合ってんの?」

「えーと、もう2年半になるかな」

「結構黙ってたんだ」

「あはは、まぁ言うほどのことでもないかなって。その頃はまだ結婚とか考えてなかったし。……どうしたのそんなこと聞いて、嫉妬?」

「!? 違っ……!」

「あっはは、ごめんごめん、冗談だよ!」

 全く、この姉は。でも、そう言って屈託のない笑顔で笑ってる姉ちゃんを見てると、なんだかこっちも元気が出てきた。まぁ、いいじゃないか。姉ちゃんが、俺より優先するものが出来ても。俺もきっとそのうち、姉ちゃんより優先したくなるものができる。少し寂しいけど、それは自然の摂理だ。それに、今まで苦労してきたであろう姉ちゃんなんだ。結婚という幸せくらい祈れない弟でいたくない。……その男が本当でいい人であるなら、という場合に限るが。


 結局、色んな話をした。流れで漫研に入ったこと。体育祭でバスケで活躍できた話、でも熱中症のことは話さずに。文化祭で、橋本くんがじゃんけん負けたせいでメイドしたこと、先輩の漫画制作を手伝ったこと、伊藤さんのことは話さずに。テスト勉強を友達の家でしたこと、結果は散々だったことは……伏せようかと思ったが結局話した。臨海学校では夜に部屋に集まって遊んだこと、メンヘラたちの水着選びと、キレたことについては触れずに。愛と夏祭りに行ったこと。友達の家にお世話になって、プールに行ったこと。

 ひとしきり聞いた姉ちゃんは、満足そうな顔をした。

「良かった。高校生活って大変だけど、ちゃんと楽しんでるんだね」

「うん。……姉ちゃんが色々支払ってくれてるおかげ」

「そりゃ可愛い弟のためなんだから当たり前でしょ。中卒じゃちゃんとした仕事がないって言うのもあるけど……それ以上に、何よりも楽しい青春を潰したくないもん」

「そっか」

「で、愛ちゃんとは最近どうなの? 夏祭り行ったんでしょ?」

「なっ!? なな、なんで愛の話がッ」

「あらー? 昔は姉ちゃんを差し置いて『愛と結婚する!』とか言ってたのにー」

「そんなん幼稚園とかの話でっ……!!」

 本気で片思いしていることは姉ちゃんに話したことはないが、いつの間にか当然のようにバレていた。いや、バレないと思っていたわけではないけど……でも普通に恥ずかしい。姉ちゃんは俺の反応を楽しんでケラケラと笑っていた。

「まぁ……これから先、愛ちゃんじゃない好きな人も出来るかもしれないしね。陽向は女の子に人気あるし」

「そうかな」

「そうだよ。……ところで陽向、進路は決めてあるの?」

「あー……普通に就職するつもりだけど、まだどう言う会社に入るか、とかは全然。やりたいことも見つからないし……別に頭がいい訳でもないし」

「そっかぁ。でも陽向、家事はできるじゃない。家事代行サービスとか向いてそう」

「女所帯で肩身狭そう」

 苦笑すると、姉ちゃんも笑った。久々に姉ちゃんと長く話したような気がした、そんな夜は静かに耽ていくのだった。

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