20時限目 不可抗力なのだと
翌日、朝のHRで昨日決まったことを副委員長の高橋さんが発表した。彼女は部活無所属で、放課後の話し合いにもいたのだ。
「昨日の話し合いで出した方針は以上です。意見のある方は放課後のHRで時間を取ります」
はぁいと気の抜けた返事が飛び交う。と言っても、あまり反対意見はなさそうな雰囲気ではあったが。
「あのさぁ樋口くん……」
「何ですかな?」
俺は愛との会話で出た疑問をぶつけた。お兄さんも漫研に入っていた樋口くんなら、漫研が協力的な理由もわかるのではないか、と思ったのだ。期待を裏切らず、樋口くんは答えてくれた。
「それはですな、仕方ないんでござるなぁ」
どういうことかと問うと、樋口くんは溜息を吐き出して、「ほんとに陰キャと無縁ですな」と言ってきた。なんて言うかごめん。似非でごめん。
簡単に言うと、これ以上目立ちたくないから、と樋口くんは言った。
「ただでさえ漫研。実は一般ピーポーは愚かオタクでさえ人によっては少し忌避するようなオーラを出しているイメージの漫研ですぞ?」
「オタクですら……!? そんな底辺!?」
「そりゃもう。で、さらにこういうことに参加しないとクラスから存在がないものだと言う扱いを受けることもありまして……まぁそれはいいのでござるが……」
いいのかどうかは分からないが、とりあえず口を出すのはやめた。
「問題は、どこかから部活に漏れるのでござる」
「……協力しなかったって話が?」
「イエス。そうなると部活でいつまでもそれをネタに弄られますぞ。陰キャオタクはしつこいでつからな」
……なるほど、クラスではなく部活での自分の扱いの良さを守るために参加するということか。疑問は解消した。
「いつまでも同じネタで弄るもんなのか」
「陰キャは現在に生きることができませぬからな」
……悲しい生き物すぎる……。
俺の想定通り反論意見はないようで、方針の変更がない代わりに、男子たちで4人1組を作ることになった。俺と身長と体型が似ているのは、田向くんと佐々木くん、そしてバスケの試合にいた馬渕くんだ。ちなみに俺と馬渕くんが女装を嫌がっている横で佐々木くんと田向くんは何故かノリノリだった。こういうのも楽しめるのが陽キャという生命体なのだろうか。陽キャでも陰キャでもない、陰キャの振りをしているだけの俺には分からない……。
「4人1組は組めたようですね。では、その4人でシフトの話し合いをしてください」
という副委員長の言葉に従い、俺たち4人はRINEの交換をしてグループを作った。そのタイミングで、橋本くんが現れる。
「どうせだし、クラスRINEを作ったんだ。田向くんに招待を出しておくから、3人には田向くんから頼む」
「おう、了解」
田向くんが返事をすると、橋本くんは別のグループに話しかけに行った。少し遅くなったが、A組にもようやくクラスRINEが出来たようだ。田向くんに誘われてグループに入ると、既に過半数が入っていた。俺が入ったあとも続々とメンバーは入ってくるが……樋口くんは入ってこなかった。誘われていない訳では無いだろうにどうして……と思ったその直後に脳は答えを導き出した。……しくじった。恐らく、恐らくだが……陰キャだからだ。中学の時と同じノリで普通に入っちゃったけど、入らなきゃ良かった。多分、クラスRINEに入っていないことくらいは、さしてイジられる原因にならないのだろう。
メンバーを確認すると、他にも入っていないのがいた。実川さんと名倉さんだ。名倉さんは結構目立つし、クラスに馴染んでいない訳でもないから意外だ。…………というか、みんなからすればクラスから浮きまくってる面子、つまり俺とメンヘラ女達というメンバーの中心たる俺がいるのが何よりも意外かもしれない。だがクラスメイトには知っていて欲しい、俺が浮いているのは俺の意思でなく、不可抗力なのだと。もちろん俺が言わなきゃ誰も知ってくれる様子がない。だがそんな状況あまり人に説明したくない。虚しい。
放課後のHRではそんなに時間が無く、シフトを決めることは出来ないまま、俺はサッカー部に向かう田向くんと馬渕くん、そして剣道部に向かう佐々木くんを見送った。男子はシフトが決まらないことにはこれ以上できることはないが、帰宅部女子はまだ話し合いをしている。メンヘラたちは早く俺を捕まえたいのだろうが、きっと副委員長が話しているのに帰る、ということができないでいるのだろう。好都合だ。このままメンヘラに捕まらないように帰ろうと、俺は鞄を持って教室を出た。他の男子達もぞろぞろと部活に行ったり帰路に向かったりしている。久々の、明るい時間の開放的な帰宅に、俺は内心、心からの笑みを浮かべていた。
──しかしこの帰るという決断が、文化祭中にとんでもない事件を引き起こすことになるのだった。
はたと、帰っている途中で気がつく。この時間はまだ母さんがいる時間だ。どこかで時間を潰してから帰ろうかな、とも思ったが、家庭環境は良くないが不仲とかではないため普通に帰ることにした。予想通り、アパートの外階段を上がると、ドアは鍵がかかっていなかった。
「ただいまー……」
……返事がない。そこで気がつくが、玄関に見慣れない革靴があった。交際相手でも連れてきたのだろう。どうしよう、戻ろうかな、と思っていると、母さんが玄関に顔を出した。早く自分の部屋に戻れと身振りをしているので、俺は軽く頷いて部屋に戻った。
「……ふう」
カバンを置いて制服を脱ぐ。まだ愛は帰ってきてない。恐らく、5時半くらいの帰りになるのだろう。俺はとりあえず教科書とノート、それから今日の授業で配られたプリントを鞄から出して窓を開ける。愛を待つ意味もあるが、それ以上にもう窓を開けないと暑くなるような季節、とはいえエアコンつけるのは勿体ないからだ。
暫く問題を解いていると、目の端が変化を感じ取った。愛が帰ってきたらしい。想像通り、5時半の帰りだった。愛も窓を開けた。
「ただいま、陽向。今日はすごく早いね!」
「おかえり愛。今日はHRのあと部活もないし決められることがなくてさ」
「あはは、なるほどね。でも少し休む時間が増えてよかっ──」
「陽向」
ドアが開かれると同時に声が聞こえて、俺は驚いて振り向いた。いつの間に男が帰ったのか、母さんが立っていた。母さんは愛を一瞥した後、俺に視線を注いだ。
「……今度から早帰りする時は連絡して頂戴」
「あ、うん……ごめんね母さん」
俺の返事を聞いて、母さんは部屋から出ていった。服装を見る限りだと、恐らく仕事に行くのだろう。俺の予想通り、少ししてから家のドアから出ていく音がしたあと、カンカンと外階段を下がっていく音がした。
「……美咲さん、相変わらずだね」
「はは……彼氏でもできたのかな? わかんないけど」
「……あれ? 離婚したんだっけ?」
「いや……そうではないはず。結城から苗字変わってないし……俺小さい頃とか自分の苗字なんてわかんないけど、じいちゃんとばあちゃんが結城だし父さんの苗字のはず……」
「……じゃぁ……不倫じゃない?」
「そうなるけど……まぁいいよ。別に父さん帰ってくるわけではないしさ」
俺が肩を竦めて笑っても、愛は納得いかない顔をしている。本当に気にしてないからいいのに。
……ただそれはそれとして、明日からは早帰りでもどこかで暇を潰してから帰ることにしよう。
小説の掲載日を間違えてしまいました。申し訳ございません。
次回は7日に更新します。




