19時限目 疲労度MAX
出し物は決まっても、まだまだ文化祭まで時間があるため、普通は授業の時間になる。だが、ほとんどのクラスは学校に残れる人は残って、少しずつ準備を始めることになる。部活も、文化部は休みをとるところが多い。漫研然り。
A組では、部活無所属組と部活休み組が集まって少し話し合いをしていた。
「メイドカフェっつっても何出すよ?」
「ケーキとか? まぁ甘いものだよね」
「ドリンクも必須」
「つかメイド服ってどこで買うの?」
「ドンキじゃね」
「近くにねーよドンキ……」
「買い出し組が必要だねー」
「メイド服買い買うため遠方に行く複数男子とか嫌すぎワロタ」
「あと普通にそんなに全員分の予算がない」
あまり物事はスムーズに進まない。それは当たり前だが、リーダー気質のメンバーがこぞって部活があるのは痛い。委員長の橋本くんは書道部だが、書道部は普通に文化祭で出し物があるのだ。
「んー、やっぱHRで決めた方がいいと思うんだよな。俺たちだけで決めても仕方なくね?」
正論だ。それに、決めたことについてあとから不満だと口を出されても困る。だったら初めから全員で話す方がいい。
「でも大体の指針は決まったね」
A組の女装メイドカフェは、とりあえず提供するものは甘いものということで決定した。多分パンケーキとかになるだろうな。
男子は部活などの兼ね合いを考慮しつつ、体型が似ている4人で1グループを作り、その中でシフトを決めることになった。体型が似てる4人で……ということについては、メイド服の着数の問題だ。俺は恐らく、田向くんや佐々木くん、あと誰か1人とかで組むことになるだろう。
女子は女子でシフトを決めつつ、調理室で提供品を作り、教室まで運ぶことになる。運ぶのはシフト外だけどやることが無い男子がやることになるかもしれない。そしてそれ以上に女子が大変なのは、準備だ。シフトに入る男子のメイクを施すのは女子なのだから。……化粧品は経費で落ちるのだろうか。
とまぁ、大体はこんな感じで、あとはクラス全員の意見を交えて、ということになり──残った問題は。
「あ、あの、陽向くん、一緒に……」
「陽向くん、帰ろ?」
「陽向くん、その、付き合って欲しいところが……」
「ねぇ陽向くん、駅前に美味しいパンケーキ屋があって……」
「陽向くん、私の家の周囲少し暗くて、この時間だとちょっと不安で……」
このメンヘラたちをどう捌くか、だ。
「えっと……悪いけど俺、早く帰ってやらなきゃ行けないことが……」
「まだ6時じゃない。少しくらいダメ?」
たしかにまだ6時だ……時間が云々は、いつも部活で7時まで残っている俺が使える言い訳では無い。だが拒否せねば。
「と、ともかく悪いけど、帰宅は付き合えないよ!」
「買い物もダメなの?」
「俺が手伝えることは何もないし!」
下着買いに行きたいのに……とボソッと言うのは恩塚さん。……俺を……下着の買い物に付き合わせようとしてたのか?嘘だろ?嘘だと言ってくれ。
僅かな頭痛を覚えつつ、俺は帰宅準備を進めた。気弱メンヘラの2人は殴り合いの件もあってか簡単に引き下がってくれたようで、それ以上何か言う様子は無いが……問題は残り3人だ。
4月から今日までの期間で、俺は名倉さんの人柄も、聞く以上の情報を得つつあった。
俺は樋口くんからの話で、彼女は面食いで男好きなんだろうなと思っていたが、どうやら違うらしい。と言っても、勿論男が嫌いとか男性恐怖症とかではない。そんな類だったら俺は困っていない。男が好きとか嫌いとかではなく、彼女は自分の体で顔のいい男を落とすのが好きなのだろう、と思う。体育祭の時含め、体操服やジャージを着ている時に思ったが、あまり言いたくはないが発育がいいのだ。制服の時は目立たないが、自分でも発育の良さに自覚があるのか、どことは言わないが男が自分の1部に注目していると気づけば妖艶な視線を送っているように見える。
ここまでならメンヘラとは言いきれないのだが、言葉の端々に「本当は弱い私」を演出してくるので、やっぱり顔も含めメンヘラなんだろう。非常に残念なことに。
ともあれ、俺は何とか1人での帰宅を成功させた。漫研に入って良かった。入ってなければこれが毎日続いたと思うと、考えるだけで疲労度MAXになる。
普段より早い時間の帰宅になったが、母さんは既にいなかった。高校に入ってから全然顔合わせてないな、と思いながら自室へ向かう。こっちまでメイドカフェになってしまった、という話を愛にしたかった。
いつも通り、愛は部屋にいた。部屋の明かりをつけると俺に気づいて、パッと咲くように笑って窓を開けたので、俺も窓を開ける。
「おかえり陽向! 今日は早いんだね!」
「うん。文化祭近いけど、漫研はやることないから部活休みにして、クラスの出し物に集中しろってさ。それで今日は6時に解散になったから、行くところもないし帰ってきた」
「へぇ。漫研の部員とかってあんまりクラスのそういうのに参加しなさそうな印象あるけど、結構協力的なんだね」
「……たしかにそうだな」
似非オタク知識だが、確実に漫研は協力的だ。理由はどこにあるのだろうか……。……樋口くんに明日聞いてみよう。何かしら知っていそうな気がする。
「ところで、陽向のクラスは何をするの?」
「……そっちと同じだよ」
「メイド喫茶? じゃぁ陽向は部活でやることもないし、調理場になるのかな?」
「いや……実はメイド喫茶と言っても女装でさ……」
「えっ、じゃぁ陽向はメイド服なの……?」
「……そういうこと」
俺が諦めたように言うと、愛は顔を逸らして笑った。くつくつと肩を震わせている。
「そんな笑うなよ!」
「んっふふ……ごめ……でもさぁ! 仕方ないじゃん!? 身長百七十……何cm?」
「177」
「ほぼ自販機じゃん。そんなひょろ長の陽向のメイド服とかそりゃ笑っちゃうって!」
くっ、ド正論だ……でもごつくないだけ俺はマシかもしれない。
例えば橋本くんとか、クラスには身体ががっしりした男子がポツポツといる。そういう男子たちの顔は橋本くんがじゃんけん負けた瞬間屍のようになっていた。自分がメイド服は無理があると理解している顔だった。まぁそこで自分に似合うと思っている方が問題ではあるけど。ちなみにジャンケンに負けた橋本くんは男子に平謝りしていた横で、女子は大盛り上がり。平塚さんが女神のように崇め奉られていた。
「そっちでは何出すか決めたの?」
「具体的にはまだ……でもパンケーキとかになりそう。ご飯よりおやつだな」
「パンケーキかぁ。いいなぁ」
「あとは予算と相談だな」
最悪、予算でなく生徒の自費で何とかすることになりそうだ。俺は小遣いなんて貰ってないからバイト代から出すことになるけど、それはそれで青春の思い出になるかもしれない。母さんから食費は渡されているが、勿論余った金額を貰うなんてことは出来ないのだ。
「……ふふ、どうしたの陽向」
「え? 何が?」
「口元、笑ってるよ。文化祭楽しみ?」
頬を触ると、たしかに少し口角が上がっているようだった。楽しみじゃない、欠席したいと言えば嘘になる。
「正直ね、楽しみだよ」
「あはは、家では存分に楽しみにできるもんね!」
学校でも俺の素性を知っている人は何人かいる。だが、これ以上俺へのひっつき虫が増えないように、と考えると、やっぱり学校では大人しくしておくのが正解なのだ。