18時限目 死にそうな顔をしている
数日後、俺はまた風紀に呼び出しを食らったが、委員長はなんだか申し訳ないという顔をしていた。
「伊藤紗絵、実川仁奈の両者について、小中の様子について君の母校で話を聞いてきたよ」
「はぁ……」
「済まなかったな、結城くん。どうやら君は前からまとわりつかれていたようだね」
全くその通りです。
「……はい。実川さんには毎朝登校時に待ち伏せされ、伊藤さんは俺が優しくしなければカッターを取り出すといった感じで……」
委員長は笑うことも出来ない渋い顔をした。想定通りの顔だけど、実際されるとちょっと傷つく。
「……ええと、君と付き合ってることに関しても、2人の妄想という線が強……」
「あっ、あの、その事なんですけど……多分、F組の連中に2人とも何か言われたんだと思います」
「F? 何かあったのか?」
俺は体育祭での出来事を話した。風紀委員長は真面目に耳を傾けてくれて、聞き終えた後に深い溜息を吐き出した。
「……そういうことか。わかった、広まった噂は仕方がないがそのうち収まるだろう。F組のことについては任せて欲しい、こちらから注意をしておく」
「あ、ありがとうございます……!」
感激だ……! 俺のメンヘラに引っ付かれるというこの状況からさらに最悪な状況に対して、風紀としてとはいえここまで真摯に対応してくれる人は今までいなかった。友達と言って差し支えないと言う言葉を肯定した樋口くんでさえ避けていたのに……!
よかった、この学校の風紀がまともな人で……そんなことを思いながら、俺は漫研に向かった。
「というわけで諸君! 時は来た!」
風紀委員長と話をしていたため少し遅れて来た俺を見て早々、部長が立ち上がった。あまり使われていない黒板には、文化祭と書いてある。バンッと部長は黒板を叩いた。
「約1ヶ月後の6月20日、21日、そして22日の3日間、この学校では文化祭が行われる! 我々漫研がやること、それは──」
ごく、と固唾を飲んだ。てゆうかあるのか、何かやることがあるのか。
「特にない!!」
ないのかよ。
「そうですね、この研究会の一員でやることは特にありません。というか、ここは研究会であって部費を貰えていないので、できることがありません。やるとしたら自腹になります」
と、副部長。俺は遠い目をして、過酷だなと他人事のように考えていた。
「とはいえ、私と2年の金時くんはやることがあります。私たちは漫画を書いているので」
そういうと副部長は机の下から原稿を取りだした。凄い……漫画の原稿用紙なんて初めて見た。道具もちゃんとしたものを使っていそうだ。漫画描くのに何を使うのか知らないけど。てゆうか絵うっま。
「私たちはこの原稿を文化祭当日までに仕上げ、文化祭では文芸部と美術部と共同で使う視聴覚室に展示をします。そのため私たちは急ぎしくなりますが貴方たちはどうぞクラスの催しに時間を使ってください。泣くほど原稿がヤバくなったら手伝ってもらうこともあるかもしれませんができるだけ頼りません」
手伝えることは何もなさそうだけど、苦笑いをしておいた。俺は絵なんて幼稚園の時とか小学生の頃の夏休みの宿題とかでしか書いたことないし、上手くもないし、漫画の道具なんて一切知らないし。あの薄いグレーのやつとか何使ってんだろ?
翌日から、漫研はしばらく休みになるそうだ。そしてクラスの方への協力を促されたが……それは即ち、メンヘラたちにまとわりつかれる時間が増えるということと直結する。何とか早帰りする手はないものか……いや俺の帰宅に合わせてメンヘラも多分帰宅するだろうから意味ないだろうな……。となると、やはりクラスの催し物の手伝いには積極的に参加するべきだろう。
「私のクラスはね! メイドカフェやるんだ!」
「へぇ!」
「私はやらないけど!」
「へぇ……」
愛の通う学校は、俺の通う学校より1週間早く文化祭が行われる。そして、その文化祭は他校生でも出入り自由だ。メイドと聞いて愛のメイド姿を想像した俺のトキメキとワクワクを返してくれ。想像だってするだろ、俺だって男なんだ。……てゆうか女子校でメイドカフェってやるものなのか?
「陽向来るでしょ?」
「あー……行きたい、けど……」
……バイトは休めばいい。小中のメンヘラは俺のバイト先なんて知らないだろうし問題ない。だが問題は常連の名倉さんだ。土日はほぼバイトに入っている俺が居ないと知ったら、名倉さんにまで愛の存在が知られてしまう。
……でも行きたい。
「行くと思う。バイト休めたら」
「わかった! 待ってるね!」
バイトを休むのはきっと簡単だし、愛のメイド姿を拝めないのは残念だけど普通に楽しみではある。俺は少し口元を緩ませた。
「陽向のクラスは何やるの?」
「まだ決まってない。話し合いもしてないんだ。多分週明けにその話になると思う」
「そっか。陽向の学校にも行っていい?」
…………来てくれるなら嬉しいけれど、問題がないとは言わない。それは愛も分かっているはずなんだけどなぁ……。
「……いいけど、愛……」
「実川さんたちのことなら大丈夫、自分でなんとかするし、陽向にベッタリなんかしないよ! 友達も誘うから安心して!」
……それなら大丈夫、かな。まぁ何かあったら俺がどうにかしよう。守る対象は愛1人なんだし、それくらいは何とかできるはずだ、多分。それに小中の4人は愛のことを知ってるからそう変なことにはならないだろう、文化祭に来るくらいで。
「……ところで、愛は文化祭何やるの? メイドやらないんだろ?」
「私は裏方でアイスの盛り付けとかやってるよ、ほぼ一日ほ」
会える可能性ほぼ皆無だな。
「そういうのシフトじゃないんだ?」
「んー、部活の方の出し物に行かなきゃダメな子もいるからシフトはちゃんとあるけど、私部活無所属だから離れる意味もないんだよね。お昼休みは貰えると思うけど」
まだ3週間くらい先なのに、随分話は進んでいるようだ。進学校はほとんどそういうことに教師が手を出さないと聞いたこともある。生徒同士でちゃんと話し合いをしているのだろう。
「あとね、クラスによってはフリマとか、学年が上がるとダンスとか、もちろん劇とかそういうのもあるみたい。1年生はお化け屋敷とか売り物とかそういうのなんだけど」
「いいなぁ、楽しそう」
「陽向のところも同じようなもんでしょ? 中学じゃないんだし」
そう、中学にも一応文化祭と名のつくものはあった。あったけど……自由研究の発表とかだったため、こういう楽しさは特になかった。高校の文化祭は陰キャの振りをすると決めた俺とて楽しみにはしていたのだ。もちろん陰キャである振りをしながら楽しもうと思っていたのだ。クラスメイトがあんな感じでなければ。
「俺が楽しめるかどうかはわかんないけどな……」
「……元気だして……」
「うん……」
週明け、5限目と6限目の授業は変更となり、LHRになった。題材はもちろん、文化祭の出し物だ。クラスのウェイ族はああだこうだと話している。ウェイ族に絡まれるようになった俺と、俺のそばにいるせいでウェイ族に絡まれる巻き添えを食らった樋口くんは死にそうな顔をしている。
「やっぱメイドカフェっしょ! なぁ女子!」
「ミーニスカ! ミーニスカ!」
「セクハラじゃんサイテー!」
「メイドは定番だろうが!!」
ギャンギャンとウェイ族男子とキラキラ女子が争う。先生のオロオロしている様子は見えていないが、そのうちキラキラ女子のリーダー格の女子……平塚さんが机を叩いた。
「わかったわ、こうしましょうみんな」
すくっと平塚さんは立ち上がった。
「私と……そうね、橋本くん来てちょうだい? 今からジャンケンしましょう。私が負けたら女子がメイドをやるわ。その代わり男子が負けたらその時は、男子が女装メイドにしましょう。猫耳もあるとなおいいわね」
「……!?」
男子全員の視線が向く。おいおいとんでもないこと言い出したぞこの女子。が、ノリノリなクラスメイトである。
「行ったれ橋本ー!!」
「女子のメイドみたい!!」
「平ちゃん頑張れー!」
「男子に報復を!!」
「最初はグー、じゃんけんぽん!!」
橋本くん、グー。平塚さん、パー。
「ああああああああああああああ!!!!」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……うん、こうなるような気がしてたよ……。




