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124/124

124限目 少し駆け足で教室を出た。

 ──何度も言うようだが、俺と愛は幼馴染だ。気づいた時には一緒にいて、いつからか分からないくらいの昔から、窓を開ければ話せる距離にいて、男女も気にせず親しくする頃から思春期を経て、それからも離れることなくずっとずっと幼馴染でいた。

 それが俺にとっても愛にとっても普通のことだったが……今にして思えば、女の子に優しくした結果メンヘラに絡まれまくり挙句の果てに命の危機までに及んだ俺が、こんなに可愛い子とこんなに近い距離で一緒にいられたのは、とんでもない幸運だったのかもしれない。

 そして、別に世界に溢れている幸運量に際限なんてないのだろうけど、それはそれとして割と帳尻合わせはされるものだ。


「ごめんね」

 愛は困り笑顔を浮かべていた。

「気持ちはとても嬉しいよ。……ありがとう、陽向。でも、私好きな人いるんだ」

「……天野さん?」

「あはは、バレてた? ……うん。彼女さんがいるのはわかってるんだけど……天野先輩は、ちょっと不安定なところがあって、たまに学校に来なくなる時があるの」

 ……あの時、まだ学校が終わるには早いだろうと思われた時間に図書館にいたのはそういう時期だったのか。なるほど。

「それを支えてあげたいって、私はそう思っちゃった。そういう所が好きってわけではないんだけど……そんなところを支えてあげられる1つになれたら嬉しいなって、きっとこれが恋なんだなって思った。……陽向が、凄い勇気を持って私に告白してくれたのはわかるよ。フラれる覚悟もあったんだろうし」

「……そりゃ、あったよ。むしろ、その可能性の方が高いとすら思ってた」

「あははっ」

 しん、と少しお互いに黙ってしまった。何も言えずに俺が少し俯くと、愛が少し俺に寄ってきた。

「……きっと陽向には、いい人が見つかる。だから私のことも祈っておいて。……先輩にフラれても、良い人が見つかるって」

「……うん。うん、わかった。……約束する」

 にこりと愛は笑った。

「……さて! 学校行かなきゃ! ……また、いつか会おうね、陽向! あっちではメンヘラ釣っちゃダメだよ!」

「わかってるよ! また、いつかな愛! 天野さんにフラれないように頑張れよ!」


 手を振って、お互いの行くべき方向へ歩き出す。この時間からだと少し早いけど、構わない。もうあの日から、俺を待つ女の子たちはいないのだから。

「…………」


結城陽向【フラれた】

まぶち【朝イチの悲報草】

佐々木晴也【だー!!!フラれたのかよ!】

たむたむ【最後の日にフラれてて草ァ!どんまい!】

佐々木晴也【泣いてない?だいじょぶそ??】

結城陽向【泣いてないし今から学校行く】

まぶち【おう、気をつけてこい】

たむたむ【俺も今から行くー】

佐々木晴也【俺もうすぐ着く】


 そんなことを言い合ってから、画面を閉じて歩き出す。愛の言う通り、フラれる覚悟は勿論あった。けれども……実際言われると、結構来るものがあるものだ。だと言うのに、空は見事なほどに春の青さに染まってて、泣くこともできずに笑ってしまう。……さぁ、学校に行こう。


 ──拝啓、今日は朝早くに起きて見送ってくれた母さん、帰ったら一緒に暮らすことになる姉ちゃん、最近母さんときちんと話をしているらしい父さん。

「……行ってきます」




 学校について、まず最初はいつものメンバーにいじられ、そいつらが騒ぐせいで他のクラスメイトにも始業式の日に幼馴染にフラれたことが知れ渡り、橋本くんには慰められ、樋口くんは声を堪えるように笑って、多くの女子には爆笑され、朝の教室は混沌としていた。まぁ、明日から春休みだ。明日から訪れる2週間ほどの休みにみんなテンションが高いところ、メンヘラ女たちの中心にいた俺が幼馴染にフラれたなんてニュースをぶち込まれれば、このカオスっぷりも仕方ない。

「はい、皆さんお静かにぃ。朝のHR始めますよぉ 」

「起立! 礼!」

「おはようございまーす」

 まだ少し笑い声が混ざった挨拶になる。……この後も笑いものにされずに済むのは、良かったかな。


 その後、午前だけ授業して、午後昼休憩はせずに体育館に移動だ。ぞろぞろと生徒たちは移動して、3年生がいなくなって少し広く感じる体育館で終業式が始まる。芸術の選択科目で音楽をとった生徒以外はろくに覚えちゃいない校歌を歌い、生徒指導の先生の春休み中の注意事項と、長ったらしい校長の話を聞いて、その他にも少し話がある先生がいたりして、ようやく終業式は終わりだ。現実世界そんなに長い時間は経ってないけど、如何せん退屈ですごく長く感じるものだ。

「結城ー、午後のHRのあと時間ねぇの?」

「ないよ。すぐ姉ちゃんと一緒に姉ちゃんの部屋に移るし……」

「ちぇっ、最後に昼飯くらい行けるかなと思ったんだけど」

「ハンバーガーとか食いたいよな」

「わかるわー」

「そりゃ俺も行きたいけど……」

 とか思ってると、ピロンとスマホが鳴った。確認すると……姉ちゃん。なんだろうと思いメッセージを確認し、なんだなんだと画面を覗こうとしてきた陽キャたちにその画面を見せる。

「……!」

「よっしゃ! HR終わったらマックな!」

「お前の姉ちゃん予言者かよ!? サイコー!」

 姉ちゃんからのメッセージには、「お友達とお昼くらいなら食べておいで」と書かれていた。


 教室に戻り、再びの、そして今年度最後のHRだ。俺以外にそう多くもない宿題が配られ、先生が話……をする前に、転校する俺が色々話すことになる。望んじゃいないが仕方ない。

「皆もう知ってる通りだけど……俺は転校します。色々迷惑かけたこともあったと思う。ごめん。それと……ありがとう。大変なことも多かったけど、楽しかった。このクラスの一員で良かったよ。そんなに遠くに引っ越す訳じゃないから……また、タイミングが合った時に、会えたら嬉しい」

「おう、また会おうな!」

 皆が拍手で終えようとする中、大声で言ったのはたむたむだ。それを皮切りにみんな口々に、「またな!」「文化祭呼ぶわ!」「また焼肉行こうぜ!」などと言い出す。……ほんとに、苦労が多かった。毎朝引っ付かれ、どこに行くにも着いてこられて、刃物で脅され誓約書を持ち出され駄々をこねられ家まで来て……本当に大変な1年だった。けれど、このくらすでよかったと思うのも本当だ。今俺の顔が満面の笑みでいるのが、何よりの証拠だろう。


「結城ー早くしろよ」

「待って教科書しまってるから」

 HRが終わってみんな帰り始めるのでもちろん俺も帰り支度をする。教科書と言っても、もう置き勉していたほとんどの教科書は家にあるので、今机にあるのは今日の午前に使った物程度だ。カバンに詰めていると、カサカサッと軽い何かがいくつか落ちる音がした。確認すると……4つ折りくらいにされた紙、が……5つほど。

「……?」

 開くとそこには、いつの間に入れたのか。

『絶対に許さない』『私にだけ住所教えて』『どこにいても一緒だよ』『また追いかけるから』『彼女作ったら殺してやる』……それぞれ字が違う。最後の最後でこれかよと思うと、もう本当にどうしようもない。次こそメンヘラ釣らないようにしよ、ほんとに。

「おーい? どうした?」

「今行く!」

 そう答えて、紙を5枚重ねてビリビリに破いて教室のゴミ箱に入れた俺は、少し駆け足で教室を出た。




 ──「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」


         太宰治『人間失格』より──

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