119限目 逆なんだけどな!
相変わらず玄関からはギャーギャーと言い争いが聞こえる。何が起きているのか分からず混乱しているらしい姉ちゃんはドアを閉めることもできずにいるらしい。そこでまた橋本くんから連絡。たむたむたちが到着したらしい。
「そこまでだぜメンヘラ女共ォ!!」
「!」
たむたむの声が響く。そこで女子たちも驚いたのか、一瞬で玄関が静かになった。
「お前ら、結城が来なくなったのは誰のせいだって言ってるけどなぁ……いいか! 結城が来てねぇのは特定の誰が1人が悪いとかじゃなくて、悪いのはお前ら全員だから!! お前ら5人、全員!! お前らメンヘラ共が結城の感情を二の次にして自分のことばっかり優先させるから、あいつは疲れて学校休んでんだよ!! いいか! この際だから言ってやる!! お前ら、クラスにいられてもマジで迷惑なんだよ!!」
た、たむたむ、嬉しいけどさすがに言い過ぎ……とか思っていたら、クラスメイトが次々と同調し始める声が聞こえた。
「な、なに、それ……」
「そ、そんなの、ほほ、ほんっ……本人が言わな、きゃ……」
メンヘラたちが動揺している。……そりゃそう。「邪魔」という言葉は──メンヘラの精神に一番効く言葉の一つだ。
さて……みんな頑張ってくれてるけど、やっぱりトドメの一撃は俺が言うしかないだろう。俺が言わなきゃ、信じないのだから。俺は戸を開け、玄関まで来た。
「陽向……奥にいなさいって」
「大丈夫。ごめんね姉ちゃん、混乱させて。まぁ俺もこうなるとは知らなかったんだけど……」
じとっとメンヘラを睨む。それでもこの女たちは、まだ俺が優しいと……優しくしてくれると思っている。その逆なんだけどな!
「全員、迷惑だよ。もう金輪際、俺に話しかけないで」
5人の顔が一斉に青ざめ、何人かは涙を流して、震えながら逃走して行った。
……やっと言えた。ずっと言いたかった言葉、でも面倒くさいとか反応が怖いとか、言ったところで無駄そうだとか……そこまで言うほどかとか、そんな感じでずっと言えなかった言葉を、やっと……!
「結城大丈夫か!?」
「結城くん体調どう?」
「よく言った! お前はやれば出来ると思ってたぜ!」
クラスメイトが口々にそう言う中、まだ姉ちゃんが混乱しているので、俺は事情を説明した。
「なるほどね、そういう事か! ありがとうねクラスメイトの皆。こんな優しい子達に恵まれて弟は幸せ者だよ!」
「いやいやそんな!」
「困ってるクラスメイトのために動く、それは当然のことです」
「それに俺たち、話してたんです。このクラスに結城がいてくれて良かったって」
「え……なんで? 俺別に誰かの役に立ったりしてないけど……」
「何言ってんだお前。めちゃくちゃ役に立ってるよ。逆にあのメンヘラたちがクラスに揃ってて、お前が別のクラスだったらどうなってると思う? 4人とも誰か別の人にくっついてクラスがもっとカオスになってんだぞ? お前1人が元々お前と面識あった4人と増えた1人を引っつけてくれてたから他のクラスメイトは平穏無事に過ごせたわけじゃん」
「だよなー。まぁあのメンヘラとお前っていうメンツがクラスに揃ってたのは嫌な奇跡だけど……」
「それに、役に立っているとかなにか成果を残しているとか、そんなことは関係ないよ。友達なのだから」
……友達……こんな毎日のようにメンヘラに絡まれ問題を起こし周囲を困らせ巻き込んでいる俺を、友達と呼んでくれるのか……不覚にも泣きそうになり、俺は少し俯いた。
「……それで、お前明日は? 来るの?」
「……いや、行かない。あの程度で諦めるような女だったら俺今頃苦労してないからね」
「それもそっか。……りょーかい! でも、もう一度も来ないってわけじゃないだろ? だから待ってるわ」
「ありがとう!」
……こうして、クラスメイトの皆は各々帰っていった。驚いたし、メンヘラが玄関前に集合したのは望まない展開だったけど、返ってよかったかもしれない。この程度では諦めないというのは本音だし多分合ってるけど、まぁ多少は大人しくなるだろう。そうであると願いたい。
「……ねぇ陽向」
「ん?」
「陽向の気持ちが固まるまで待つつもりだったけど……やっぱり早く決めよう。今後どうするか」
姉ちゃんは意思の強い目をしている。そしてそれは、俺も同意だし、今回のことでだいたいどうしたいか固まった。クラスメイトと、そして何より愛と離れたくない。それは事実だし一番のネックだけど……。
「……転校する」
「陽向……」
「父さんや姉ちゃんと同じ土地に住む。母さん1人残すのは……まぁ少し心配だけど、母さんは別に俺を止めるつもりはないだろうから」
「……クラスメイトはいいの?」
「うん、大丈夫。来年度はメンヘラたちは皆クラス別になるだろうから今年ほど酷いことにはならないだろうし……あの皆なら、多分俺が転校しても俺のこと忘れないでくれると思う」
強がりでも希望的観測でもない。というか、俺みたいな常にやば女に絡まれて限界な生活送ってた人間のことなんて、忘れたくてもきっと忘れられないだろう。それに、遊びに来れない、遊びに行けないってほど遠いところでもない。姉ちゃんが住んでいるところは、電車は乗り換えることになるし、時間もかかりはするけど、保護者の援助なしでも行き来できるようなところだ。
「……愛については、諦める。もう窓開ければ話せるような距離ではなくなるけど……きっとまた、頻繁に連絡するから」
それに、また夏祭りは一緒に行こうって言ったんだから。ただの口約束だけど、俺はまたそのつもりで、そしてその前に出来れば、告白は済ませておきたいところだ。
「……そっか。よし、じゃぁ準備を始めよう! とりあえず姉ちゃんの住んでるところの近くの高校、探すよ!」
「出来れば男子校がいい!」
「わかった!」
こうして俺と姉ちゃんは高校探しを始めた……が、さすが都会、偏差値が高い。俺の頭脳では編入が不可能そうなので、少し離れたところを探すことになった。近ければ近いほどもちろん有難いが、まぁ一時間くらいなら許容範囲だと思っておこう。流石にそれ以上遠いのは嫌だ。……いや、そんなワガママ言っていい立場ではないのだけど……でも今年度ずっとギリギリまで寝てたから遠いのは嫌だな……。
「うーん……中々ないね。あそこ……誰だっけ? 吾妻くんだっけ? その子がいるのはどこだっけ?」
「吾妻は少し遠い男子校。県立の」
「あぁ、あそこか。そこは流石に遠いよね」
「2時間かかるね、姉ちゃんの住んでるとこからだと」
「じゃぁダメかァ。……あ、ここはどう?」
姉ちゃんにスマホの画面を見せてもらうと、そこには私立の公立校の画面が。公立ではあるが、数年前まで男子校だったため、男女比率は未だにかなり偏っているようだ。そして何より偏差値が低い。
「……いいかも」
「よし、とりあえずここキープね。他にも探そう」
「うん」
ポチポチとひたすら検索して調べまくる。もう日は落ちていて、俺たちは夕飯の支度も忘れてどこにするか悩み続けたのだった。ついでに、愛にいつ説明しようとか、父さんに会ってまずなんて言おうかとも。髪の色いつ落とそうってことも、学校いつ行こうかってことも。




