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118限目 少し、笑いながら

 そろそろ下校時間、という時間から約三十分。ピンポンピンポンとチャイムが連打された。来たな。どのメンヘラか分からんけど……家を知ってるのは実川さんか良木さんのどっちかだ。

「な、何この連打チャイム!?」

「……メンヘラ女子のどれかだと思う」

「……これ、出て大丈夫なやつ?」

「姉ちゃんは中にいて。俺が何とか追い返すから」

「それはダメ。陽向そのせいで休んでるのに本末転倒でしょ」

 それもそうだ。だが姉ちゃんは、この女子たちの扱い方を知らない。メンヘラに取扱説明書なんかない、これは何度も言ってる事だが……だがそれでも傾向というか感情のベクトルがわかっている分、俺の方が扱いは上手いはず。何かあって姉ちゃがメンヘラの逆鱗に触れなければいいが……とか思っていると、姉ちゃんが目で「部屋にいなさい」と訴えるので、俺はそそくさと部屋へ引っ込んで、少しだけドアを開けて会話を聞くことにした。ガチャリと言う音がした。

「はい……貴方は……」

「ひ、陽向くんいますか!?」

 この声は実川さんか……こんな大きい声出るんだな。普段は体ががりがりなせいか声小さいのに。

「ええと、陽向のお友達かな?」

「ち、違います……彼女、です」

「あ、そうなんだ! へー! 陽向彼女いたんだ。……でもごめんね、今寝てるの。何か伝言があるなら伝えとくけど、ご用事だったかな」

「あ、いえ、その……体調、大丈夫かなって……」

「心配してきてくれたんだね、ありがとう。でも心配いらないよ」

「……分かりました。お大事にって伝えてください」

 それから少ししてドアを閉める音がしたので、俺はそっと扉を開けて玄関の様子を伺った。

「……帰った?」

「……まだ階段を降りる音がしない」

 ……この家は父さんが蒸発してから住み始めた家だ。姉ちゃんはこの家で数年しか暮らしていないが、やはり階段の音は当然気になるだろう。俺も、人が来たか否か、帰ったか否かは階段の音で判断する。そして結構階段の音の響くこのアパートでその階段の音がしないということは……まぁまだいるのだろう、ドアの前に。

「……ま、でも帰るのを待ってても仕方ないしね。それより夕飯の仕込み手伝ってくれる?」

「仕込み? ……まだ3時半だよ」

「うん、今日は唐揚げにするから。出来ればしっかり味を染み込ませたいでしょ」

「なるほど」

 聞いた俺は部屋を出て、姉ちゃんに続いてキッチンへ向かった、その時だった。ドンドンとドアを激しく叩く音が響いたのは。

「え、え……!?」

「さっきの子……? 大人しそうだったのに……! ひ、陽向とりあえず奥にいな! 玄関からは見えないとこ!」

「わ、わかった」

 返事をして言われた通り玄関からは見えないところ……詳しくは母さんの使っている寝室に引っ込むと、それを確認した姉ちゃんがドアを開ける音が聞こえた。

「何!? どうし……えっ」

 ……?何事だ?

「陽向くん呼んでください」

「えっ、えっと……」

「流石に今の音なら起きましたよね!?」

 ……んんん?実川さんの声じゃないな?というか……。

「よ、呼んで、ください……! 今すぐ……!」

「ど、どうして!? 弟は具合が悪くて……」

「知ってます。だからここに来たんです」

 …………これは、予想の斜め上だな。多分まだ実川さんはいる、そして聞こえた声は……3種類。特別耳が良い訳では無いがああも毎日メンヘラたちの声を聞いていれば、要らない能力もつく。……少なくとも今我が家の玄関前にはメンヘラが4人いる。名倉さんの声は聞こえていないが……いないとも言い切れない。そして流石に4人か5人かと姉ちゃん1人、多勢に無勢とはこのことか。姉ちゃんも俺と同じで背が高い方だが、それでも165前後とかだ。多分。良木さんよりは小さいし、細身だからもし恩塚さんあたりにタックルされれば怪我する。……恩塚さんにタックルされたら細身でなくても怪我するな。いやそんなことはどうでもいい。怪我させられたらそれはさすがに看過できないが、俺がどうこうできるかと言われればそれも難しい。そもそも出ていって何を言えばいいんだ……君らの要求はなんだ。

「陽向くんが体調不良なのはこいつらのせいなんです!」

「はぁ!? 違う!! あんたが悪いんでしょ!!」

「ふ、2人とも悪いよ……!」

「あんたにだけは言われたくないわよこの刃物女!!」

「相変わらず子供なのね。騒ぐしかできないの?」

 やばい、名倉さんもいる。巻き込まれたのか自ら巻き込まれに行ったのかは分からんが、父親に叱られたはずなのにいるのか!懲りない女だな!

「とにかく弟は出せな……! あ! コラ! 勝手に入ろうとしないで!! 警察呼ぶよ!?」

 やばい。俺も出ていかなきゃそろそろ本格的にまずい。でも俺を見た時のメンヘラの反応が未知数すぎる!でも俺は男だ。弟でも男だ……!俺じゃなくて誰が姉ちゃんを助けると──!!


「君たち、何をしているんだ!?」


 男の声が響く。これは……この張りのある声は……委員長!橋本くん!!なんでいるの!?

「はぁ、はぁ……は、橋本くん、漫研の体力のなさ考えてもろて……」

 樋口くんだ!声がどうとかの前に漫研は間違いなく樋口くん!樋口くんもなんでいるんだ!!

「あんたらまじで……学校外で問題起こすとか正気!?」

「放課後、実川さん抜きで4人で何か話してるかと思ったら、そういうこと」

「人の家にまで迷惑かけたらダメだよ……! 先生に言わなきゃ!」

 え。え?なんで?なんでクラスメイトの何人かが俺の家の前に来てるの!?何事!?俺まさか寝てる?夢でも見てる?一応と思って頬をつねってみる、ちゃんと痛い。夢じゃない……そんなことを考えていると、ピコンと通知が来た。橋本くんから個人での連絡だ。


橋本 政宗【すまない、結城くん】

橋本 政宗【実は君と彼女たちを抜いて、今日グループを作っていたんだ】

橋本 政宗【というのも、先生は欠席理由を体調不良と言っていたが……いつも君と仲良くしている田向くんたちから、本当の理由を聞いてね】

橋本 政宗【さらに平塚さんから、君がどうして彼女を作っていたのか、についても理由を聞いて、その情報を共有したんだ】

橋本 政宗【さらに今日、実川さんを除く4人が君の家に突撃しようとしているという話も聞いて、なにかあった時のためにと思って、可能な人員だけで君の家に向かわせてもらっていたよ】

結城陽向【そうだったの!? でも住所知らないんじゃ……】

橋本 政宗【あぁ。当然彼女たちの後をつけることもできなかった。でもそれは、何人もいたら、の話だ。そこで、甲斐田さん1人に尾行を頼んだんだ。甲斐田さんから流れてくる情報を手に、見つからないよう着いてきた】

橋本 政宗【すまない、君もグループに入れるか、クラスRINEで知らせて君にも知ってもらうべきだと思ったんだが……いつも仲良くしている彼らが、「自分のためにって知ると、結城は多分気負って、そんなことしなくていいとか言い出すと思う」というものだから……】


 橋本くん……俺、君が委員長を務めるクラスでよかったよ!いや、このクラスだからメンヘラがいたんじゃないかと言われればその通りではあるけれども!そしてみんな、俺に対する解像度が高すぎるだろ。

 玄関から聞こえる言い争い。大丈夫かなという不安半分、みんなが俺のことを心配して動いていてくれたことに対する嬉しさ半分。俺は少し、笑いながら泣いていた。

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