117限目 俺の、優しさが招いたこと
『えー、じゃぁお前しばらく来ないのか』
『今日メンヘラやべぇぞ? 来なくてよかったなお前』
学校の昼休み中、陽キャたちと通話する。タムタムのスマホでスピーカーモードだ。
皆の言うには、俺がいないのは稀にあることだとして、朝のHRでの出欠確認のとき、タムタムが「あれ? 結城は?」と先生に聞いたらしい。朝姉ちゃんから事情を聞いていた先生は体調不良と言ったそうだが、俺の学校生活がやばいクラスメイトたちは、何となく俺の限界を察したのか、嘘つけとでもいいたげな雰囲気を醸し出しつつそれを受け入れていたらしい……が、それを受け入れないのがメンヘラだ。そこで問い詰められたのが先生だったら、先生もしらを切り続けることが出来ただろう。しかしメンヘラにそんな勇気はない。あるはずがない。しかし俺の欠席理由は何となく察している。そうすると自然と、メンヘラはメンヘラ同士を疑い出すのだ。そして非常に厄介なことに、今の席は良木さん以外が全員近い。我関せずな平塚さんを挟んだ4人から物凄い不穏なオーラが漂っている……どころか、割としっかり口喧嘩しているようだ。特に恩塚さんが突っかかる形で。
「……それはつまり、今日やばいから俺が居なくて良かったんじゃなく、俺がいないから今日やばいんじゃ……? あと恩塚さんが突っかかってるって、どんな風に?」
『んー……良木さんの席に近づいてって、お前のせいだとか、実川さんと伊藤さんにも同じこと言ってるな。ほら、お前さ、今は実川さんと付き合ってて、その前は名倉さんで、更にその前伊藤さんと付き合ってたじゃん? で、良木さんがお前ん家に凸したこともあったし、しかも前は隣の席だったじゃん? そう考えると……恩塚さんだけお前との関わりが他より希薄なんだよね』
「あー……たしかにそうだね」
『だから自分は悪くないって思ってるっぽい……というのが、今俺の隣にいる平塚さんの考察』
「待って平塚さんそこにいんの!?」
『いるわよ。家は平和かしら。大丈夫?』
「お、俺は大丈夫だけど……平塚さんこそ大丈夫!?」
『そこまでヤワじゃないわよ』
頼もしすぎる……しかしいいのだろうか、いつも別の教室の友達と昼食食べてるのに、俺と仲のいい男子たちと一緒に昼休みを潰すなんて……。
「……てゆうか君らどこで電話してるの? 教室にいたらメンヘラに目付けられない?」
『ん? あぁ、俺ら今漫研にいる。どこか電話するのにいいとこないかって樋口に聞いたら、使っていいって言われたからさ』
「あー漫研か……それならメンヘラが来る恐怖も、先生が来るようなこともないか」
というところで、放送のチャイムが通話口の向こうから聞こえた。ふと時計を見ると、あと五分で5限目が始まる。
『やべ、そろそろ行かんと。じゃぁな結城、進展あったら教えてくれ』
「わかった。じゃぁね」
ぷつ、と通話が切れた。漫研地味に遠いんだよな。間に合うといいけど。
「陽向ー、お昼食べ終わったら洗っといてくれる?」
「ん、はぁい」
今日の昼ごはんは姉ちゃんが作ってくれたミートソーススパゲッティとコンソメのスープだ。俺はスパゲッティというのはあまり作らない。理由は簡単で、夕飯をそのまま母さんの明日の昼ご飯にも利用しているからだ。夜にパスタを食べようという気にはあまりならないので、必然的にパスタをあまり食べなくなる。土日の自分用に作ることはあるが、そういう時にも作るのは大体インスタントラーメンだったりする。あと単純に米派だ。米とおかずと味噌汁を揃えたい。
姉ちゃんは今日、家の掃除をしている。掃除はもちろん毎日しているのだが、大掃除をしていないので風呂を天井まで洗ったりなんなりしているのだ。そこまでしなくても、とは言ったが、「私がいたから大掃除できてないんだし!」と言ってやり始めた。暇よりはいいかもしれない。母さんは早めに昼を食べてからさっさと出かけてしまった。最近は姉ちゃんのことが心配だったらしく仕事が始まる前まで家にいたが、母さんも姉ちゃんから全部聞いて、じゃぁ息子も家にいるしということで早めに出ることにしたらしい。きっと彼氏といるのだろう。
……まぁ、結婚を考えているほどの仲の相手がいると思ったら、その相手が夫が不倫した結果出来た子供だったと判明した娘と、自分が知らない間にメンヘラ女に愛されてしまった息子という姉弟を持ってしまったのだ。そりゃ誰かに愚痴りたくなるだろうし、そうなれば愚痴る相手が彼氏となるのは自然だ。それも一応不倫ではあるのだが。
さておく、家の中は普通に平和そのものだ。……というより、学校が毎日修羅場なので相対的にものすごく平和だ。怖いのは、俺が来ないとなるとメンヘラの誰かしらが家凸してきそうなところか。マジでやめて欲しいけど、誰か一人は来るだろうなという嫌な想定がある。あとは先生が姉ちゃんからの事情を聞いて何とかしてくれることに賭けるしかない。
そんなことを考えながら皿を洗っていると、電話が来た。……非通知。誰だ。メンヘラの誰かか?……いや、でも今は授業中のはず……いやでも相手はメンヘラだしな……特に恩塚さんとか良木さんあたりは体調不良を偽って保健室に行くふりして教室抜けて電話かけてくる……なんてことも考えられる。最もあの二人に番号なんて教えてないが……。そう思いつつ、とりあえず電話に出てみる。
「は、はい……?」
『あ、こんにちは結城くん、林ですぅ』
「え、あ、林先生!?」
非通知と表示されていたのは学校の番号だったか。そうだった、うち固定電話ないから通常の連絡先として俺の電話番号を入学前に記入してたんだった。
『突然すみません、私の授業がない今しかないと思いましてぇ……今お時間大丈夫ですか?』
「はい……大丈夫ですけど……」
『良かったですぅ。お身体やメンタルは大丈夫ですか?』
「問題ないです」
『良かったですぅ……すみません、もっと早く動くべきでしたね……ただ学校側としては、いつもの女子生徒の皆さんには注意喚起くらいしかできなくて……』
「それは……仕方ないことかと……先生が気に病むことでもないですし……」
『お気遣い感謝しますぅ……それで、相談なのですけど……結城くんの当分の欠席理由を、クラスメイトにどう伝えるか悩んでいまして……いえ、クラスには体調不良ということで処理するのですが……問題の女子生徒の皆さんに説明するかどうか、当事者の結城くんに決めてもらった方が間違いがないかと思いましてぇ……』
「あー……なるほど……うーん……」
メンヘラに、俺のメンタルがメンヘラ女子たちのせいで限界だと伝えるか否か、俺に決めて欲しいのか。正直なところ、俺ではない人の口から伝えて欲しいとは思う。だがそんなことを言われてメンヘラが大人しくするか。いやない。そんなことは99パーセントない。いや100パーセントない。どう動くかは予測不能だが、教師に迷惑をかけることはまず間違いない。それは俺としても嫌だ。……嫌、だが……。
──そう、俺はそうやって自分より人のことを優先しようとするから、そうしようと思って生きてきたから……メンヘラの素質がある子達をメンヘラにしたのだ……!!
俺の、優しさが招いたことだ。それなら俺の手で終わらせるのが筋かもしれないが、そんな少年漫画の主人公みたいなことは生憎できない!!もうこれ以上人に優しくはできない!
「……言ってください」
『……分かりました。では放課後にお伝えします。では失礼しますね』
「はい」
先生もどこか覚悟を決めたような声だった。良い方に転がりはしないだろう。メンヘラが関わって良い方向になったことなんてない。
……家に来ることだけはありませんようにと祈るしかないな……。




