114限目 人権に関わる
宿題が何とか終わり、休み明けの前になって、姉ちゃんが俺にも事情が伝わったことを知ったからか、俺は実家に戻ることになった。健康的な生活の終わりはなんかアレだが、俺もそろそろ家に戻りたいと思っていたのでよかった。愛の顔も見たかったし。
久々に部屋に戻ると、愛はいつも通り勉強していた。だがすぐに俺に気づいてスマホを手に取る。
『もしもし陽向!? おかえり! 陽依お姉ちゃん大丈夫!?』
「ただいま。うんまぁ……体調がどうこうってことは無いよ。ただメンタルがね……」
『や、やっぱり彼氏さん関係……?』
「そう」
『そっかぁ……別れちゃったのかな。悲しいよね』
流石に愛を巻き込む訳には行かないので、愛には事情を話していない。あんな根深いことまで話してたまるか。
「まぁ、きっとそのうち立ち直ると思うよ。だが、元気になったらまた声掛けてあげて」
『うん、勿論! 陽向も、あんま無理しないでね!』
「ありがとう」
電話を切り愛の方を見ると、愛はグッと拳を握って笑った。ファイト、と言いたいんだろう。俺も同じポーズで返し、明日学校に行く準備を始めたのだった。
そして休み明け……あー修羅の国だー……しかも実川さんとの恋人関係は継続中……。そしてやはり校門に実川さんと名倉さんが居ない。名倉さんは俺から離れてくれて本当に良かった、が……実は昨日樋口くんから珍しく連絡があり、その内容が、名倉さんは今2年生のイケメンにお熱らしいという話だった。どうやらその先輩は読モで、テニス部らしい。わかりやすくモテそうなやつだ。俺から離れることでその人に熱をあげることになったのか、それともその人を見つけたから俺から離れたのかは知らないが、なんにせよ懲りてないらしい。ちなみに先輩の方はウザがっているようだが名倉さんはそれに気づいてないのか気にしていないのか、という感じのようだ。……てゆうか樋口くんのその情報網どういうことなんだよ……。
引っ付かれながら教室に入り、休み明けでやる気のなさそうな朝礼が始まる。さて、気持ち切り替えよう。具体的には……今日の昼休み、遠藤姉に話に行くのだから、その時なんて言うか考える、という方向に。
マフラーは休憩時間に返し、次は遠藤姉に会いに行く時間になる。遠藤姉のクラスは覚えている。3年C組だ。俺は昼飯を食べずに実川さんとそのクラスへ向か──おうとしたが、そんなことは他の三人のメンヘラが許さなかった。天の神様仏様……!これは俺だけの問題じゃないので今日だけはメンヘラ実川さん以外休ませるとかできなかったんでしょうか……!
「ねぇ、どこ行くの? 最近実川さんとやけに仲良いね?」
「えっと……」
「仲良いのは当たり前でしょ? だって私の彼氏だもん」
実川さぁぁぁぁぁぁん!!!
「は? 聞いてないけど」
「今度は、実川さんなの……?」
「男子っていつもそうだよね! 結局痩せてる子が好きなんでしょ!?」
「ちが、これには事情が……! あと、騒ぐとクラス替え……」
「別にいい。もうすぐ1年生終わるし。来年同じクラスなら」
来年同じクラスになる確率は限りなく低いと思うが!?良木さん、クラスメイトってランダムじゃないんだよ!問題を起こすか否かとかあと成績とかで先生が決めるんだよ!FIFAのグループ予選みたいな選び方しないよ!!
「と、とにかく俺たち3年生に用事あるんだ! 昼休みのうちに行きたいから……!」
「行かせるわけないじゃん」
「私もこのくらい痩せてればよかったの……? もっと食べるの減らせばいいの?」
「伊藤さんは充分細いからそれ以上痩せるのやめて!! あと何度も言うけど俺体型で選んでない!」
もう本当に、俺の話なんてちっとも聞いてくれない……!俺のことを大切に思いたいという気持ちがあるのなら俺の話を少しは聞いて欲しい、そして出来れば言及をやめて欲しい。……が、俺の話なんて聞くわけない。これは経験論でありどうしてそうなるのかということについてはよく分からないが、とにかくメンヘラたちは自分が納得できないことはとことんまで突き止めないと気が済まないのだ。助けて、という視線を陽キャたちに送ると、3人は仕方ないといいたげな顔で立ち上がりこっちに来てくれたが、救いはその前に現れた。
「いい加減にしなさいよ」
若干怒りを含んだ声でそういうのは──平塚さん!本当に済まない!俺が隣なせいで!
「各々事情があるんでしょうけど、とにかく結城くんはいつも迷惑がっているのが分からない? 結城くんも……名倉さんのことは仕方ないにしても、付き合う人をコロコロ変えるのは問題があるわ」
「うっ……!」
ぐうの音も出ない正論……!だが伊藤さんにはその場でカッター出されて脅されて、名倉さんには愛を使って脅されて、伊藤さんは姉ちゃんのためなんだ……!言えないけど、そんなこと!
「……まぁ結城くんは今はいいわ。とにかく貴方たちよ。彼のことを優しいと思っているなら、傷付けたくないから迷惑って言わないだけだとは、考えたことがないの?」
メンヘラが押し黙った。強気な平塚さんはさらに畳み掛ける。
「あと良木さん、クラス替えはランダムじゃないの。初年度以外は先生がクラスで問題が起こらないように決めてるの。貴方たちが来年同じクラスなのはありえない。問題を起こしたくないのなら、2人を解放しなさい」
3人は渋々と席に戻って行った。俺は平塚さんにありがとうと小声で言って、3年生のクラスに向かった。
遠藤姉に二人で撮った写真やら何やらを見せる。どうやら認められたらしく、これで高野さんはゲームに負けて治療を受けることになる…………はず……遠藤弟が変なことをしない限りは。……まぁそんな事しないと信じよう。そしてそれ以上の問題が、俺はこの弱みを握られている限り実川さんと別れられない、ということだ。あと平塚さんの中で浮上しつつある俺がコロコロ付き合う女を変えるような男であるという誤解は解いておきたい。休み明けから嫌なことが多すぎるな……。
教室に戻ると、平塚さんはいなかった。俺たちが揉めているのを止めた後、他のクラスへ昼食を食べに行ったのだろう。俺も鞄からパンを取りだし、陽キャたちの所へ合流した。
「おう、お疲れさん。どうだったよ」
「認めて貰えた。あとは遠藤姉弟がどう伝えるのかと、元彼さん次第」
「よかったな、まだ足りないとか言われなくて」
「まぁ証拠のために写真は沢山撮ったし、ツーショットも撮ったりしたからな……これでダメとか言われたらどこからが付き合ってる証拠なんだよって話になるよ」
何しろ、ツーショットに写っている俺は明らかに女物のマフラーを巻いていたのだ。実川さんはちゃんとそれに対して、マフラーを貸していたことを話していた。
「でも今度は平塚さんに要らぬ誤解を生ませてしまっている……」
「残念なお知らせだが、甲斐田も多分同じ誤解をしている」
「つかなんなら、事情を知らないクラスメイト全員勘違いしてるぞ」
「いやだぁ……名倉さんの時はとにかく、さすがにこればかりは橋本くんには頼れないよなぁ……」
事情が事情だ。父が不倫でとか姉の彼氏が性病でとか、周りに広めたい話ではないし、誤解を解くために広めたところで「なんでお前関係ないのに巻き込まれてるの?」というツッコミが絶対に飛ぶ。俺に言われても困るツッコミが絶対に。まぁ自分から広めてしまえば、実川さんの脅しは通用しなくなるというメリットもあるはある。ただ死ぬほど広めたくない……こちとらまだ高校一年生の貞操が童だ。父の不倫とか姉の恋人の性病とか絶対そんな話はしたくない。俺の学校での人権に関わる。メンヘラを前にほぼ死んでる人権をこれ以上喪失したくない。
「はぁ……」
時が解決してくれないかなぁと、そんなことをぼんやり考えるのだった。




