112限目 行動力のある豹変タイプ
ファミレスで夕飯を食べて、実川さんを家まで送って、電車に乗ってる最中──ふと自分の首元を触って思い出した。……マフラー借りてるんだった。返し忘れてしまった。溜息を吐きながら実川さんに連絡する。
結城陽向【実川さんごめん】
結城陽向【マフラー返し忘れた】
送るのとほぼ同時に既読がつき、直ぐに返信が来た。
にいな【私も忘れてた】
にいな【次学校で渡してくれると嬉しいな】
また会う口実ができた、とか言われなくてよかった。なにせ、俺も正確な場所は知らなかったのだが、実川さんの家は結構駅から遠いのだ。冬にまた渡すために駅まで行くとか、実川さんも面倒なのだろう。
わかった、と返すと、よろしくと頼むスタンプが送られてきた。可愛いうさぎのスタンプだった。スマホを鞄に仕舞おうとしたところで、タイミング良く来たのは陽キャたちからの連絡。なんかもう見張られてるんじゃなかろうかというタイミングで来るな……いや実際見張ってるなんてことは無いだろうけど……これが以心伝心ってやつだろうか。多分違う。
まぶち【デート終わったか?】
佐々木晴也【写真見せてー!】
たむたむ【プレゼント交換した?】
結城陽向【打ち合わせしたかのように同時に連絡してこないで】
佐々木晴也【打ち合わせしたんだよ】
結城陽向【打ち合わせたの!?】
予想外の返事に訝しげな顔をしてしまうが、すぐ表情を戻した。いけない、表情を崩すな。電車で人権を失っては行けない。まだあと最寄りまでは5駅あるのだから。人は案外他の人に注目はしないが、それが全部ではない。あと写真は送りたくない。まじのカップルみたいだからだ。いや、偽のカップルという訳でもないのだが……メンヘラとでも楽しそうにしてるところ見られたら何言われるか分からない。……でも、クリスマスツリーくらいはいいか。
──結城陽向さんが写真を送信しました。
たむたむ【おー!】
まぶち【でっけぇw】
結城陽向【撮らなかったけどハンドベル隊と聖歌隊もいた】
佐々木晴也【撮れよ!動画を!】
結城陽向【静かに聞いてたかったんだよ】
まぶち【気持ちは分かる】
たむたむ【で、これを始業式の時に遠藤姉に見せれば結城のやること終わりってこと?】
結城陽向【そういうことかな】
結城陽向【上手く行けばだけど】
まぶち【まぁ気をつけろよ、なんてイチャモンつけてくるかわからんし】
結城陽向【何も無いことを祈りながら冬休み過ごす】
佐々木晴也【可哀想な冬休みで草】
たむたむ【生やしてやるなよ俺も笑ってるけど】
そんなくだらない話をしているうちに俺も最寄りに着く。実川さんを家に送っていた分だいぶ遅くなったが、じいちゃんとばあちゃんから家の鍵を受け取ってあるので問題ない。そもそも10時前なのだからまだ寝てないだろう。予想通り、まだリビングの電気が着いていた。
「ただいま」
「おかえりなさい陽向ちゃん。楽しかった?」
「うん、大きいツリーとか見に行ってた」
「まぁまぁ! 学校のお友達と行けて、陽向ちゃんも嬉しいわね!」
「あはは……」
……本当は期間限定の彼女だなんて言えない……だがこれも雅紀さんと姉ちゃんのため。これで雅紀さんがやけにならずに治療を受けてくれるなら……そしてそれで姉ちゃんが少しでも元気になれば……!…………いや姉ちゃんが落ち込んでる件については雅紀さんの治療の有無は関係ないか……でも雅紀さんが姉ちゃんにとって異母兄なら俺にとっても異母兄だ。助ける義務はないが、義理くらいはある。
その後、なんだかんだ疲れていたのか、俺は風呂に入ったあとすぐに眠気が来た。この家に来てからは早寝早起きが身についているので、そのせいもあるかもしれない。宿題をやれという話だがさすがに今日はやる気が出ない。スマホの通知をサイレントモードにして、俺は布団に潜る。あくびが漏れると、さらに眠気が増加してきた。大人しく寝ようと、そのまま目を閉じる。
──そう、鬼のように届き始めた連絡に気づかず、俺は寝たのである。
翌朝、俺はスマホを見て頭を抱えた。夜中の3時まで続いたらしい馬鹿みたいな数の通知。全て実川さんから。内容は……最初に昨日撮った写真が送られてきて、その後は全部別れを拒む内容というか、なんというかだ。
……そうだ。そうだった。他の四人がもっとやばくて、名倉さんの時に協力してもらったから感覚が麻痺していたし、なんならちょっと忘れていたけど──実川仁奈という女は、行動力があるタイプのメンヘラだった。
にいな【別れたくない】
にいな【こんなの酷いよ】
にいな【楽しそうだったのに】
にいな【むりむりむりむり】
にいな【やだ】
にいな【やだやだ】
にいな【へんじして】
にいな【ねぇ】
……気が滅入る。さて、なんて返事をするべきか……。とりあえず、当初の話を持ち出すとするか……とか思ってると1階からおばあちゃんの声が聞こえた。
「陽向ちゃーん、朝ご飯よー」
「あ……ご、ごめん! ちょっと待ってて!」
とりあえず早く返事をする。既読ついたのに返事がない時のメンヘラは怖い。……まぁ、1時間程度でも既読スルーを気にするのはメンヘラに限らず多くの中高生特有のものだとも思う。こういうのって大学生とかになったら治るのかな……。
結城陽向【元々少しの間ってだけだったでしょ?】
それだけ返して、俺はスマホをスリープモードにして1階へ降りた。今日はパンと目玉焼き、ミニトマトという洋風なメニューのようだ。嬉しいラインナップだが、実川さんをどう説得するかが頭から離れない朝だった。
『絶対そうなると思ったー』
「言ってくれるな」
『そもそも陽向忘れたの? 夏に都会の方までストーカーされてたじゃん』
「メンヘラのメンヘラによるメンヘラ行為なんて一々覚えてたらキリがない」
『忘れてたって素直に言いなよ』
「覚えてたらキリがないのも事実だよ」
愛と通話を繋ぎながら実川さんから来る物凄い数のメッセージを眺める。時折俺の方から「短い期間でって最初に話して了承してくれたじゃん」と送っているが……無駄というか無理というか、聞く耳を持たないというか……という感じだ。さすが行動力のある豹変タイプだと言わざるを得ない。さすがと言いつつ尊敬できるところは何一つないのだが……。
愛に姉ちゃんや雅紀さん周辺のことを話すつもりは無かったのだが、結局バレた。ついさっきの話だ。今日の今会話しているのはそもそも、愛が「おじいちゃんちでの暮らしどう?」と聞いてきたのが始まりだ。朝食の後、昨日の長いデートで疲れていた俺はもう少し寝ようかとか考えていたのだが、そのタイミングで愛から電話が来て、声で眠そうなのがバレて、あれよあれよという間に芋づる式に全部知られた。
『突然変わったきっかけは分かるの? わかんない?』
「…………うーん……一つだけあるといえばあるけど……でも絶対これとは限らないな……」
『何?』
「寒そうだからってマフラー借りてたんだけど、返し忘れたんだよね」
『あー……もうちょっとカレカノ続ける余地ありそうだとは思いそうだね』
「わかんないけどな。実川さんまじで突然様子おかしくなるから。刃物とかは持ち出さないけど」
『……実川さんって転校前虐められてたとか言ってたじゃん? なんかフラッシュバックとかして変な行動始めちゃうんじゃない?』
「あー……なるほど……?」
『なんにせよ気をつけなよー? 怪我とかされたくないし』
「それはもちろん──」
ここまで言ったところで押し問答をしている実川さんから少し長めのメッセージが来た。
にいな【ぶっちゃけると遠藤さんの親戚で陽向くんのお姉さんが慕ってる人って、慕ってるって言うか彼氏さんでしょ?】
にいな【付き合ってくれないなら関係ないことに巻き込まれた上すぐ振られたって言いふらすから】
……まじかよ。




