103限目 それだけは事実だ。
「まぁまぁいらっしゃい陽向ちゃん。急にびっくりしたでしょう」
「うん、まぁ」
そういうわけで、俺は突如たくさんの荷物を持って祖父母の家に上がらせてもらうことになった。
この家はいくつか空き部屋があり、俺は父さんが子供の頃使っていたという部屋を使わせてもらうことになった。ほぼ物置みたいになっていたのを片付けたらしい。
「何があったって母さんから聞いた? 俺なんも聞いてなくて」
「それがねぇ、おばあちゃん達も聞いてないのよ」
ふむ……となると、俺に話せないと言うよりは母さん以外に知られなくないのかもしれない。
とりあえず夜、部屋で陽キャたちに報告する。今日は復活したたむたむも一緒だ。
『へー、じゃぁ今ばあちゃんちにいるんだ?』
『もしかして病気とかじゃねぇか? 伝染るとかさ』
「えー……でもだとして母さん以外に言えないってことあるか?」
『…………1個思い当るもんがあるな……』
『なっ……!? 佐々木にそんな心当たりがあるだと!?』
『嘘なら早く嘘って言えよ』
『嘘じゃねぇし! いやいとこの兄ちゃんがさ……エイズにかかったって言ってて……』
シンとその場が静まりかえる。考えてもいなかったけど、結婚を互いに考えている2人だ。そうか……そういうこともやってるのか……!姉ちゃんだからとあまり想像できてなかったけど、普通に考えて俺より9つも上の姉だ。当たり前だ。
『何だよお前ら急に黙って!』
「あ、ああ……ご、ごめん……」
『結城めっちゃショック受けてんじゃん』
「受けもするだろ!! ありえない話じゃないし! それなら俺っていうか他の人に言えないのも納得だし!」
『まぁエイズに限らず性病説はあることにはあるよな……』
うー嫌すぎる……いや勿論姉ちゃんが嫌ってことは無いんだけど……それって相手がそれ隠してたってことになる。そんな人だとは思ってなかったけど、実川さんと愛の発言をこのタイミングで思い出してしまった。実川さんはなにか人の本質を見抜くところがあるような感覚がある。そしてその実川さんは、あんな太った人ダメとかとにかく俺に直接的な関係は無い高野さんを否定していた……この2つを組み合わせると、高野さんはこうなることを分かっていながら隠していたことになる。それが嫌すぎる。あんなにいい人だったのに……?
『……まぁ、姉ちゃんが話してくれるまで待っとけ。もしかしたらそんなんじゃなくてちょっと落ち込んでて、すぐまた都会に帰るかもしれん』
「う、そう、だよね……うん、そう思っておく……」
『元気ゼロじゃん。佐々木お前のせいだぞ』
『俺のせい!? 可能性の1つを提供しただけで!?』
「それはそうなんだけど妙に現実味があって嫌なんだよ……あ、ごめんそろそろ切る。ばあちゃん達寝たっぽいしうるさく出来ない」
『あー……まぁそうだよな。じゃぁまた明日学校で』
『おやすみーばあちゃん達早寝だな』
『また明日ー』
「うん、また明日」
時間はまだ10時。もう少し寝なくても十分起きれるけど……明日から少し早めに出ないと心配されるから、出来れば早く起きておかないとな……俺はそう思いながら目覚ましをセットして、スマホを枕元に置いたのだった。
翌朝、ラジオ体操の音で起きた。時間はまだ6時半だが……目が覚めてしまったからには仕方ない。というか、ラジオ体操してるのか……。欠伸を零しながら、喉が渇いた俺は1階に降りた。
「あら、おはよう陽向ちゃん」
「おはよう……早いね」
「毎日ラジオ体操してるのよ」
リビングには既に味噌汁の匂いがしていた。おばあちゃんの家は朝も米だ。俺は朝ごはんなんて滅多に食べないけど、まぁ今日は早く起きたし食べるとするか。多分おばあちゃんもそのつもりでご飯作ってるし。あと何となくお年寄りの家で朝ご飯抜きは許されない気がする。
そのうちおじいちゃんも起きてきて、おばあちゃんが器にご飯を装い、朝ご飯の時間となった。白米と、豆腐とわかめの味噌汁、卵焼き、それと昨日の残りだけどと出された煮物だ。うーん、こんなしっかりした朝ご飯、かなり久々かもしれない。美味しい。朝に食べるご飯っていいな……。
「どう陽向ちゃん、美味しい?」
「うん。昼はパンが多いからありがたい」
「じゃぁ明日もお米にしようね。お夕飯は何がいいかしら」
「そんなに気にしなくていいのに」
俺は苦笑いした。食べ終わって身支度を整え、制服を着ればもう出る時間、コンビニで少し暇を潰してから登校しよう。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけるんだぞ」
行ってきますに返事がくるなんて、一体何年ぶりだ!そんなことを考えると思わず口元がにやける。……まぁこれから向かう先は修羅の国なんだけど……。
「結城ィ! 姉ちゃん大丈夫そうか!?」
「ちょっ、まっ……声でかいよ佐々木!」
教室に入って早々聞いてきた佐々木の頭を小突く。この話出来ればしたくなかった!いやせざるを得ないのは分かっているが!
「俺らも結城の姉ちゃんとなると心配なんだよ。美人だろうし?」
「つか姉ちゃんって似てんの?」
「俺は自覚ないけど、似てるってよく言われるよ」
「そりゃそうか」
「写真ねぇの?」
「兄弟いない佐々木は知らないと思うけど、離れて暮らしてても姉の写真なんて弟は保存しないんだよ」
「それはそう。それも兄貴の写真とか兄貴出てっても保存しねぇもん」
「つか授業始まる」
今日は2時間目が保健体育の……保健の方だ。授業で何かしらやるだろうか……と思ったが、思えば先週の授業は怪我の応急処置とかそういうのだった。今日はその続きだろう……。先生にも聞きづらいし、そもそも姉ちゃんがそうだとは限らない。それにそうだとして、姉ちゃんだって自分の与り知らないところで話が広まるなんて絶対嫌だろう。俺がその立場でも絶対嫌だ。やっぱり姉ちゃんか母さんが話してくれるのを待つしかなさそうだな……いつになるのかわからんけど。
さておく、メンヘラたちは本日も大変元気がよろしい。封筒がなくなった分余計元気がよろしい。俺が名倉さんと別れたのは驚きの洞察力──そんなにあるならもっと周囲に目を向けてくれと言いたいところだがそれは無理だとして──で見抜いたようで、今日もグイグイやってきた。
「陽向くん今日出かけない?」
「陽向くん良ければ今日お昼ご飯一緒に……」
ここ最近名倉さんがずっと独り占めしてた上にろくに俺に関われない状況だったせいですんごいグイグイくるなぁ……!
「ひ、昼はいつもと同じメンバーで食べるから……あと、お出かけはしない……」
「……っ陽向くんっていつもそう! なんでそんなに拒否するの!?」
そう聞いてくる時点で多分説明しても分かってはくれない。
「幼馴染の子が好きだからでしょ」
名倉さぁぁぁぁぁん……!!愛を、愛をメンヘラの射程範囲内に入れないで……!
「いや、愛はただの幼馴染で……あ、あと! 愛には彼氏がいるから!!」
空気が凍った。口からでまかせの嘘でもいい、愛を射程範囲から外さねばならなかった。それだけは事実だ。
「え……?」
「小本さんって彼氏いるの……?」
「そっ、そうだよ! えっとほら、名倉さん以外は小中で愛とあったことあったよな? その時可愛いって言ってただろ? 愛の通ってる学校には姉妹校で男子校があるんだ、交流授業も多いらしいし、それなのに男子が愛を放っておくはずないじゃん?」
あぁ、口から思ってもないこと……ではないけどベラベラと言い訳が出てくる……誰かこの口を止めて欲しい……俺は上手に嘘がつけるほど頭が良くない!
メンヘラたちは互いに目を合わせ、そしてなにかに気づいたように席へ戻った。なんだろう、と思ってると平塚さんがなにかの紙を見せている。『クラス替え』の文字……ありがとう平塚さん、俺が隣なばかりにごめんよ……。




