102限目 サムズアップで
帰った俺がまっさきにするのは。
「そういうわけで別れた」
『お前マジで転校した方がいいって。このままでは命を奪われかねん』
『それな?』
愚痴通話である。たむたむは不在だ。
『で、挙句に伊藤さんと恩塚さんに、名倉さんがナイスバディだから付き合ったんだと勘違いされてる、と』
「そういうこと……もうどうしたらいいの俺……転校なんてしたいってずっと思ってるけどさ、こんなことで姉ちゃんに負担かけらんないよ。今付き合ってる人もいてお互い口にしてないだけで結婚も考えてるんだよ?」
『あー……そういやそうだったな。つかお前の姉ちゃんあれから進展──』
馬渕が言いかけた時、軽快な音楽がなった。噂をすればとでも言うのか、姉ちゃんからの連絡だ。結婚話に進展でもあったかなと思いつつ確認すると、週末に帰るというとてもシンプル且つわかりやすいけど理由がさっぱり分からない連絡が来てた。とりあえず、了承の返事だけ送るか。
『どうした? なんかあったか?』
「んー……なんか週末帰るって」
『そりゃまた急だな。なんで?』
「さぁ……理由が書いてないから分からない」
『そりゃ婚約相手の紹介だろ』
「んえー!? やめろよまだ俺の方が覚悟できてないよ!」
とはいえ、俺もそんな予感はしている。今年も残すところあと2週間、正月はそれぞれ実家に帰るから、その前に紹介しておきたい、と言ったところだろう。
俺はもう一度会ってるけど、やっぱり姉ちゃんを取られたように感じてしまう。いやいい人なのは分かってる、分かっているんだが……!
溜息を吐き出しながら、俺たちは愚痴通話を続けた。
そして迎えた週末、この間の平日に名倉さんがなにかしてくることも良木さんが何かしてくるでもなく、実川さんによると封筒が届かなくなったとのことで、少しの間平穏な日々を過ごし今日を迎えた。身構えたが、帰ってきたのは姉ちゃん1人だったが……痩せた……というか、憔悴してる?母さんも姉ちゃんの変化には気づいたみたいで、ご飯を作ってる途中だが心配そうに駆け寄った。
「あらあら……どうしちゃったの陽依。突然帰ってきたと思ったらそんなに疲れた顔して……何かあったの?」
「あの、その……言いづらいんだけど、彼氏と別れたの」
……そう来るか。母さんは、まだ姉ちゃんが結婚したいと考えてる段階だったと思ってる。俺から、姉ちゃんの彼氏に着いて母さんにどうこう言わなかったからだ。その段階だと思ってる母さんには、電話かRINEでもすればいい話だが、帰ってきたということは……顔を見て話したいことがあるのだろう。いいさ、愚痴でも何でも付き合うよ姉ちゃん。
「本当はお正月に帰ってきた時言おうと思ってたんだけど、おめでたい日にそんなこと言いたくないし……」
「まぁ……元気を出して陽依。まぁきっといい人が見つかるわ。……話ならなんでも聞くわよ」
「ありがとう、お母さん……」
姉ちゃんは言った後、俺をちらっと見た。…………もしかして邪魔か?と思った時、母さんが立ち上がった。
「さ、まずはご飯にしましょ。食欲無いかもしれないけど、食べないと余計元気がなくなっちゃうわ」
母さんはそう言いながらご飯をよそい始め、俺も手伝いをするのだった。
夕飯はシチューとチキンライス。俺の好物だ。寒い冬はシチューに限る。……んだけど、姉ちゃんの纏う空気が重すぎて味を感じない。何があったんだよ姉ちゃん……そんなことを考えながらサラダもいただく。あ、このドレッシング美味い。
姉ちゃんと俺は似ている、とよく言われる。姉弟なのでやっぱり自分では分かりにくいが、ここは似てるなと思う部分がある。口だ。俺も姉ちゃんも口が大きめ。母さんは小さいからこれは父さんの遺伝だろう。多分。ばあちゃんも大きめだから多分。なので俺も姉ちゃんも一口が大きい……のだが、姉ちゃんが凄くもそもそ食べている……本当に何があったんだよ姉ちゃん。しかも俺には言えない事っぽい視線だったし……俺は姉ちゃんが何言っても姉ちゃんの味方をするつもりなのに……!……こんなだからメンヘラにメンヘラされるのか……。でも姉ちゃんは家族だ、関係ない。
そのうち夕飯が食べ終わり、再度姉ちゃんに一瞥された空気の読める俺は、すたこらと部屋にすっこんだ。俺は2度も見られてその場にいるほど傲慢でも馬鹿でもない。
……まぁ部屋の扉に張り付いて耳をそばだてるけどな!
静かに扉を締め、耳をピタッと扉につける……が、静かに話しているようで、全く内容は聞こえない。壁薄めなのに畜生……。何とか聞き取れないものかと考えるも、俺の頭では少し扉を開けるとかしか考えつかない。しかしリビングからは俺の部屋の扉が見えるためそれは不可能と言っていいだろう。
どうしたものかと思っていると、スマホが鳴った。これは通知音でなく着信音だ。見ると、愛と表示されていて窓の方を見ると、愛がこっちを見ながらニヤニヤと笑っていた。窓を開けると寒いので電話に出る。
「もしもし……」
『何してんの陽向』
「いや……実は姉ちゃん帰ってきたんだけど、俺には聞かせられない話があるみたいで……それで部屋にすっこんだんだけど、何とか聞き取れないか頑張ってるところ」
『え、陽依お姉ちゃん帰ってきてるの? 会いたいなー』
「なんかそういう雰囲気じゃないから今はやめた方がいいと思う」
『んーそっか……にしてもなんだろうね? 陽依お姉ちゃん結構何でもオープンじゃん? 陽向と彼氏会わせるくらいだし。破局はまぁあるとしても、陽向に聞かせられない話とか想像つかない。お姉ちゃんがいる弟って甘え上手って言うけど、陽向はしっかり者じゃん?』
「まぁ楽観的なところは俺にもあるけどね。金の話……はもう高校生だし……浮気とか……も別に聞かせられない話じゃないような……まぁあれかな、高校生にはまだって言うか、まだ姉ちゃんが俺を子供扱いなのかも……」
「陽向」
「ふぁっ!?」
話を聞けそうにないと判断してベッドに寝転んでいて良かった。ドア近くにいたらドアと衝突しているところだった。ドアを開けたのは母さんだ。
「どうしたの母さん……姉ちゃん大丈夫?」
「陽向は心配しないでいいのよ。それより陽向、しばらくおばあちゃんの家に行ってて頂戴、今日荷物をまとめて、明日から。おばあちゃんには話しておくから」
「えっ、え?」
やっぱり俺に説明はできないと思っているようで、母さんはそれだけ言うと部屋から出ていってしまった。
「……?」
『陽向ー? どうしたの?』
「あ、あー……なんかよくわからんけど、ごめんそろそろ電話切る」
『え?』
「なんか荷物纏めてばあちゃんち行けって……」
『……なんで?』
「俺が知りたいよ。……明日は電話できないかもだけど、また」
『う、うん。またね』
俺は電話を切って、しばらく頭を回した後、とりあえず大きめのリュックサックを出す。ええと、着替えと、あと学校に持ってくものと、あ、あと歯ブラシも要るし……教科書類はだいたい置き勉だからいいとして、あ、でも問題集の類は持ってかないと勉強できないな……あと要るものは……アメニティの類は歯ブラシ以外あるよな?まぁだいたい学校に持ってくもの持ってけば大丈夫か。うっ、でもじいちゃんち行くとなれば学校には少し早く行かないと心配される……今までギリギリの登校で惰眠を貪っていたのに……。
それに姉ちゃんが心配だ。そんなになにか悪い状態なのだろうか……。
荷物を詰めてると、ピロンと通知音がした。愛だ。
小本愛【何かあったら相談してね!】
「……!」
窓の方を見ると、愛がこっちを見ていた。笑って、きっと大丈夫だよと言うようにガッツポーズをして。俺も笑って、サムズアップで返した。




