101限目 付き合う義理はない!
「良木さんっていつから休んでる?」
たむたむとしばらく話したあと田向祖父母の家から帰る途中、俺はボソッと2人に尋ねた。2人は何かを察したような顔をしていた。
「……えーと、お前が休んだ次の日……? に、早退したような気がする」
「次の日か、その次の日くらいだったよな。昼にはもう居なかったと思う。何かあったか?」
……言ってもどうしようもないことではある。それが分からないほど俺も馬鹿ではない。成績のことは今は置いといて。
話しにくいことなんだなと言うのは伝わったらしい。浮気か、と言いたげな顔をしている。浮気ではないんだが……。
「……いや、実は……早退の前に保健室で寝てたら、誰か……誰にされたのか分からないけど、キスされて……」
「ふぁっ!?」
「トラブルメーカーすぎるだろ」
「たむたむはわかるんだよ俺を運んでくれたから。でも良木さんはちょっと感染経路がわかんないって言うか……」
「朝名倉さんと話してたのそれか」
「名倉さん、良木さんが休んでんの怪しんでお前と何かあったんじゃないかと疑ったわけだな」
「わぁすごいエスパー?」
「死んだ魚みたいな目してるぞ」
死んだ魚みたいな目にだってなるさ。良木さんがインフルから復活した後、名倉さんにどう突っかかるか分からない。しかも俺が休んだ翌日か翌々日なら、あと2日もすれば復活するだろう。二日だとすれば……金曜か。うわデートの日じゃん……。修羅場になりそうだな……。
とか思っていると、なんか形容しがたい着信音が誰かのスマホから鳴った。俺のでは無い。ふと見ると、馬渕のスマホだったみたいで電話に出ていた。どんな着信だよ。
「もしもし……え? マジで? あー……わかった、見舞い行くけど何欲しい? ……はいはい、了解ーちょっと今友達といるから遅くなるけどいい? おー、わかった。じゃ」
「どうした? 見舞いって言ってたけど」
「俺もやばいかも。彼女インフルらしい」
「お前彼女いたの!!!?」
俺と佐々木の大声に馬渕がビクッと肩を揺らす。俺たちの大声に驚いたのか完全に呆けていた。馬渕が彼女の話題なんて出したこと無かったため、いるなんて全く知らなかった。言ってなかったっけ、とか言ってる。言ってなかったよ。
「高校違うけど中学から付き合ってる」
「長続きしてんだな……」
そのまま駅に着いた俺たちは、途中まで一緒の電車に乗ったが馬渕が途中で降り、俺がの最寄りで降り、佐々木と別れた。
……馬渕彼女いんのか……。
……彼女いんのか……いいなぁ……俺も彼女がどうこうで……とか言いたい…………いや俺も彼女がいない訳では無いのだけどあれは恐喝みたいなもんだし……。
「あの、日向くん」
驚いて振り向くと、恩塚さんと伊藤さん……2人で来るとは珍しいな。
「……何?」
「朝、あの地雷系とガリと何話してたの?」
名前を呼ばない領域に達しているのか……しかもかなり悪意があるしタイプの違いこそあれ地雷は全員地雷だ。
「大した話じゃないよ。良木さんがいないから何かあったのか俺に聞いただけ」
ちょっと誤魔化したが嘘はついてない。それはそれとして、話しかけてくるとは……校外だからと油断しているのか、それともあの封筒はもう届いていないのか……はたまた、効力がなくなってきているのか……効力が無くなってきたのだとすれば、また次の手が来そうな気がするが……。
「……まぁ会話の内容はどうでもいいわ」
「?」
「それよりそろそろ、あの女と別れてくれない?」
恩塚さん、まだ虎視眈々と俺と交際する機会を狙っているのか……伊藤さんが睨んでいるけど気にしないのだろうか。
「そうだよ……なんで何だかんだ付き合ってるの?」
愛の安全を握られてるから……とか言ったら問い詰められて終わるな。
「……陽向くんってもしかして、やっぱり私なんかよりも、名倉さんみたいな体のはうが好きなの……?」
「…………え?」
「やっぱりそうなんだね、男の子だもんね? 仕方ないよね?」
「まっ、違う! 俺別に体で選んでない!」
「いいんだよ隠さないで。誰にも言わないから、ね?」
そういうと伊藤さんは帰って行った。せめて誤解をとく時間を俺に残してくれ。そしてこの場に残るのは恩塚さんだが、顔が鬼のようだ。
「でぶは論外ですって言うの!?」
「一言も言ってないよ!? と、とにかく聞いて! 俺は本当に名倉さんとは仕方なく! なんだ!! 体型は関係ない!」
「言ってるといいわ。どうせそのうち……」
どうせそのうち、なんだよ。その先を言わないまま恩塚さんも帰ってしまった。はぁ、困ったなぁ……。結果話を聞かない2人に変な誤解をさせてしまった。てゆうか、封筒で脅されてると思いきやそうでも無いのか……? それだともう俺が名倉さんと付き合う理由もないけど、愛のことを考えるとなぁ……うーん、別れたいが悩ましい。いっそ交渉するか? メンヘラはもういいから、愛のことだけ守って、付き合う以外の条件は撤廃して欲しいとか……いやダメだ。グイグイくる名倉さんと付き合ってる状態でなおメンヘラが俺にグイグイくるのは修羅すぎる。伊藤さんと付き合ってた時を思い出せ。あれがもう1回とか地獄だろ。
転校したいなぁ……そんなことを思いながら帰路を歩く。まだ5時少し前だがこの時間でも十分暗いし、普通に寒い。早く帰りたい。
家から学校に行くには、とある公園の横を通る。そしてそこは少し急な階段になっている。メンヘラたちにはもう封筒は送られていないのかも、なんて安易な考えは辞めるべきだったのだ。そして俺も、メンヘラが話しかけない限り俺は大丈夫だと思っていたから油断していた。
とんっと言う軽い衝撃が背中から胸に伝わる。
「え、」
階段が目の前に迫る。バランスが取れない。押された? 誰が押した? 確認したいが、そんな暇もない。もちろん振り返る余裕なんて、この体制ではあるはずもない。……危険な目に遭う瞬間、急に景色がスローモーションのように見えるというのは、本当のことらしい。何とかできたのは、ポケットに突っ込んでいた両手を上にあげ、頭を守ることだけだった。
ガンッという鋭い痛みが走って、スローモーションは終わった。腕、いってえええ……でも頭は守れたようで何よりだ。そして今冷静になったが、犯人なんて決まってる。
「っ……菊城ォ……! お前っ……え?」
その場にいたのは、菊城ではなく名倉さんだった。
「な、名倉さん……!? なんで……!?」
「別にあの女が脅しを全部やるなんて言ってないわよ」
「だ、だからってこんな道で押さなくても……! 下手すれば死ぬぞ……!」
未だズキズキ痛んでろくに動かない右腕を左腕で抑えながら睨みつける。やはりこの女やばい。別れないと、最早命が危ない! 俺の命を人質にメンヘラを脅せば、危険な目に遭わせるために見張るのは俺一人でいいというのは労力を考えるとある意味合理的だとは思ったが、感心している場合では無い。命を差し出してまで、付き合う義理はない!
「……別れる」
「え?」
「君とは別れる。勉強についてと、今まで牽制してくれた恩はあるけど、たったあれだけの会話で階段から突き落とそうとしてくる人とは付き合えない」
「……そう、わかったわ」
随分あっさり引くところには、嫌な予感しか覚えない。
「それなら誓約書は破っておきましょう。いいわよ? 別の案をとるから」
……頼むからその悪知恵は俺に関係ないところで使って欲しいんだけどなぁ!?




