100限目 なにかされた方なのだが
1週間後、何とか俺はインフルが治った。久しぶりの学校でやることはもちろんノート写しだ。せっかく中間で赤点を取らなかったのだ、期末でとって溜まるか。……にしても多いなとるノートが!これだからインフルは嫌なんだ!
教室の席は2つほど空いている。1つは瀕死の俺を保健室に運んだため伝染してしまったであろうたむたむ、もう1つは良木さん……。……あのキスは良木さんだったんだろうな……。名倉さんは俺が復活する少し前に復活したようだ。そして俺は今馬渕からノートを借りている。
「お、やべ。一限始まる。結城ノート返して欲しいんだけどどこまで終わった?」
「一限なんだっけ……」
「物理基礎」
「物理基礎は写し終わってる、ありがとう」
馬渕にノートを返し、俺は授業のノートを取りつつ馬渕から借りた数学のノートを写す。手が忙しい。そして、想定内の出来事ではあるがノートを写すだけじゃ授業内容がさっぱり理解できない……!これはまたテスト前にお勉強会ロングコースが確定だ……その頃には名倉さんと別れられてるといいけど……。
1時間目の後の休憩中、名倉さんが声をかけてきた。
「伝染しちゃったみたいでごめんなさいね、陽向くん」
「いや、まぁ別にいいんだけど……」
それより、あの、目が怖いんだが。良木さんの席をギラリと睨んでいるその目が怖いんだが。まぁ気持ちは分かる。俺が感染したら、次に感染するのは伊藤さんか実川さんか恩塚さんの誰かだと思うのが普通だ。たむたむについてはいつも絡んでるからか気にしていないようだが、良木さんは別だ。何かしたのかと言いたげな顔をしている。何もしてないし、何かされた方なのだが。
「あのー……名倉さん? なんで良木さんの席の方を睨んでいるのか聞いても……?」
「あら、気になるの?」
「まぁ流石に見すぎだと思うし……」
「心当たりがないとは言わせないわよ」
あるっちゃあるけど確信がある訳じゃなくてね……?なんなら関係ない可能性も無い訳ではなくてね?絶対に!誓って!何もなかった!と言える訳でもないのが辛いところだが。
「……ええと……いや、俺からなにかした訳じゃないんだけど……」
「へぇ、なにかされたのね。あの封筒の意味が分かってないのかしら」
「さ、さぁ……?」
保健室で寝ていたら誰かにキスされた、なんて言ったらどうなるんだろうこれから……。
「あ、あの、ちょっといいかな、名倉さん……」
声をかけてきたのは実川さんだった。俺じゃなくて名倉さんに声をかけるなんて、珍しいこともあるものだ。
「あら、どうしたの?」
「あの……あのね。さっきから、良木さんの席見てる、よね?」
「えぇ、そうね」
「じ、実は……陽向くんがインフルエンザで早退する前の休憩中、良木さんが保健室に行ったらしいの……」
実川さん!?
「……へぇ?」
「もしも陽向くんと良木さんの間に何かあったなら、陽向くんはその時動けないはずだから……悪いのは良木さんかなって……」
……あぁなるほど、俺を庇ってくれてるのか。
「……そう。それじゃぁ陽向くんには心当たりがなくても仕方ないわね」
納得してくれたらしい。助かった。俺の口からは言いたくないことだった。ありがとう実川さん、俺をあの状況から助けてくれて。
と、2時間目が始まる。あぁ……ノートの書き写しが終わらない……。
結局休み時間もほとんどノートの書き写しに費やし、俺はようやく馬渕にノートを返却した。
「ありがとう、助かった」
「おう、お疲れ様」
「あと5分で昼休み終わるけどお前飯食う時間あんの?」
「ないから休み時間に食べる。今日は色々見越してちっちゃいクロワッサン一袋だから食べやすい」
「お前ってパン以外食うの?」
……たしかに学校での昼にはパンしか食べてないけどお前の家でハヤシライス食べただろ佐々木……!パンしか食わない訳じゃないんだよ……!
「いや俺だって米とか麺とかの類は食べたいけど、温められないじゃん? お湯もないし」
「まぁそれもそうか」
「弁当自分で作るのも面倒だしな」
本当にそれだ。ただでさえ寒くて起きるのが辛いのに、弁当なんて作れるわけない。コンビニでパンを買う時間も計算しなきゃ行けないのも辛い。もう冬の朝は全てがやばたにえんの無理茶漬けだ。何が辛いって、家から学校に行くまでの道にコンビニがなく、コンビニに行くなら学校とは別方向だけど近いコンビニに行くか、同じ方向だけど途中で道を逸れなきゃ辿り着けないコンビニに行くしかない。
「と、そろそろ時間か。あ、そうだ結城、今日部活休める?」
「ほぼ自由参加だから休める」
「じゃぁ見舞い行かね? たむたむ」
名倉さんは断ったが、たむたむは友達だし俺から伝染してしまった相手だ。断る理由もなく、俺は了承したのだった。
そして放課後、アイスやらゼリーやらを駅のコンビニで買い込み、俺たちはたむたむ宅へと突撃した。事前に連絡はしたが、既読が着いただけで返信はないため恐らくしんどいのだろう。済まない、俺が感染したばっかりに……しかもお兄さん受験生なのに……。
歯医者入口ではなく家の入口に行き、ピンポンとチャイムを押すと、暫くしてからお母さんが出てきた。
「あら、誠斗のお友達よね? お見舞いに来てくれたの?」
「はい。たむ……誠斗今起きてますか?」
「ごめんなさいねぇ、誠斗ここにはいないのよ」
「……え!?」
俺たちが驚いていると、お母さんは困り笑顔を浮かべた。どうやら田向母によると、受験生である兄にインフルエンザが伝染すると不味いため、たむたむは少し離れたおじいさんおばあさんの家にいるらしい。場所を聞いたはいいが、困った。電車に乗って移動、その上駅から20分も歩くとなると、ゼリーはとにかくアイスが溶ける。
「どうする?」
「見舞いは行きたいよな」
というわけで俺たちは折衷案として、お兄さんのおやつにどうぞとアイスだけ田向母に渡し、ゼリーだけ持って聞いた住所に向かうことにした。
電車でまた移動し、歩いて田向祖父母の家まで向かう。遠いな祖父母宅……この辺はどうやらバスも通ってないみたいだし、車がないと大変そうだ。
やがて教えられた住所につき、インターホンを押す。インターホン越しに、「はぁい」と声がした。
「すみません、俺たち誠斗の友人なんですけど、お見舞いに来ました」
「あらあら、まこちゃんの友達? 今開けるから待っててねぇ」
少しして、ガチャリと玄関の扉が開いた。優しそうなおばあさんだ。
「わざわざありがとうねぇ」
「いえいえ……てゆうか俺から伝染しちゃったので申し訳ないです……」
「あら、じゃぁ貴方も大変だったでしょう。とにかく上がっていって。まこちゃん起きてるかしら」
家にあげてもらい、2階にいるというたむたむの元へ向かう。もちろん全員マスク装備だ。先頭にいた佐々木がドアを開けた。
「たむたむ起きてるー?」
「つか生きてる?」
「んあ? あれ、どうしてお前らここに」
たむたむはベッドにいたが、思いの外元気そうだった。
「お? 思ったより元気じゃん 」
「熱下がったか?」
「もうだいぶ平熱だぞ」
「なんだよー。じゃぁ返事くらいしろよな」
「返事……あ、悪い悪い、読んだ直後に飯に呼ばれて忘れてたわ」
「なーんだ。あ、そうだゼリー買ってきたけど食う?」
「くれんの? サンキュー」
「アイスも買ったんだけど、ここに来るまでに溶けそうだったから1度たむたむん家によって預けてきちゃった」
「多分お前の兄ちゃんに渡ってるわ、すまん」
「いいよその分兄貴に奢らせっから」
元気そうなたむたむの様子に、俺たちは心底安心したのだった。




