どやっ!
翌日、クロゼットを前に仁王立ちで唸ること半刻。
センセはお姉さん風な大人っぽいのが好きなのかそれとも若い子らしく可愛らしい格好が好きなのか問題について考えて過ぎた時間だ。(ノンブレス)
色気か? 可愛げか?
もちろん私にはどっちもない! これには自信がある!(ドヤァ)
バトロワ系ゲームに夢中になってる時点でどうなんだって感じだけど、世の中には可愛らしいプロゲーマーだっていっぱいいらっしゃるのでこれは私本人の怠慢だ。
仕事中みたいなスーツってわけにもいかんしな~。センセだってまさかスーツとか白衣じゃないでしょ?
そうだセンセに合わせればいいのか……って、通勤はスーツだし体育会のときは確か普通にスポーツブランドの上下だった。女子が群がってたからよく見えなかったけど。
どんな服装が好きなのかな。アバターみたいに黒い服が好きなのかな? 身体にぴったりした。夏だからコートはないにしても。
あっ、土曜だから駅前は夜市やってるじゃん! 帰りに一緒に行こって浴衣を着ていくとか……浴衣でゲームも可愛くない? 帯が邪魔で椅子に深く座れないから疲れるか? 文庫じゃなくて貝の口にすればもたれられるよね。
はぁ~……センセの浴衣姿とか絶対格好いいよね……。だんだん緩んできて胸元はだけてもいいし、歩くときに風で裾がめくれて普段見えない脚とか見えちゃったり? しちゃったり!?
「はっ! いかんヨダレが」
拳で口元を拭う。
しかし、妄想のおかげでヒントを得ましたぞ!
色気も可愛げもない私が誇れるのって、この健康な身体だよねっ!
よぉーし、この身体で攻めてみようじゃないですか!
「明里、いっきまーす!」
えいえいおー!
「んにゃー! 遅刻遅刻ー!」
まるで漫画のように叫びながら、前傾姿勢でペダルを踏む私。
(ギリギリまで悩んだ挙句に空気入れ忘れてて出るの遅くなった上に踏み切りに引っ掛かってとか何処のギャグ漫画ですかね!?)
人をはねないようには注意しましたよ!
駅の駐輪場だと混み合っていて停められないかもしれないから、ちょっと手前の立体駐輪場に入れて、そこからは小走りで改札から出たところを目指す。駅自体は二階部分になるので、ロータリーにいるはず。
少し背の高いセンセらしきシルエットはっけーん。
煉瓦敷きの歩道の先に、駅ビルの壁を背にしているのは白い半袖Tシャツとストレートデニム姿。近付くにつれて、眼鏡が以前とちょっぴり違っていることに気付く。ガラスのフレームがなくて、裸眼に近く見える。
センセは左手に持った携帯端末から顔を上げて、あまり顔は動かさずに辺りを窺っている。
(あっ! 過ぎちゃってるかも)
慌ててスピードアップすると、ピタッとセンセと視線が合った。
わたわたと手を挙げて振りつつ、多くも少なくもない通行人を避けてセンセの前まで辿り着くと、手を合わせて謝罪ポーズ。
「かたじけない! お待たせいたしました!」
パシンと音が出る勢いで手の平を合わせてお辞儀してから顔を上げると、なんでかポカンとした顔で見下ろされてて。
「はっ! おでこ!」
ビュンビュン自転車漕いだから、前髪ぶわあってなっておでこ全開に違いないと、慌てて手櫛で整える。
(あーっもう! 早めに着いて髪とか服とか見直したかったのに。私のバカバカバカ!)
うなだれていると、ぷくくと笑い声が降ってきた。
「お前、ほんっと、おもしろ」
上目に伺い見ると、言葉通りに楽しそうに笑ってる。
(カッコ悪いし恥ずかしいけど、気分を害してないならいっか)
ほっと息をついて、仕切り直し。
「お久しぶりです、瑛介さん」
鏡の前で練習したこんかぎりのスマイルで。
案の定、センセこと小西瑛介さんは一瞬固まった。
「お、おー」
誤魔化すように携帯端末をデニムの尻ポケットに入れて、「行くか」と歩き出す。
「だってね、もうセンセーじゃないけどリアルでイアさんってなんか変だし」
半歩後ろを、一点五倍速でついてく私。
「だから、瑛介さん」
「わ、わかった」
じいっと見上げていると耳が赤くなってるのがわかる。
(日焼けじゃないよね?)
ちっともスピードを気にしてくれない瑛介さんに、私はにまにま笑いながらついて行ったんだった。