逃がさないよって、伝わったよ 〈完〉
普段から路上ライブをやる人がちらほら散見される公園内は、今日はクラシックギターの人が弾き語りしているくらいで、割と静か。て言っても、グループごとにはしゃぐ声なんかは聞こえてくるんだけどね。それぞれがゆっくり歩きながら写真撮影したりしつつも、寒さには勝てずに長居する率は低いみたい。
登っちゃ駄目なトム・ソーヤのツリーハウスを見上げながら、そろそろ一周したよねとしんみりした気分になってきた。
遅くならないようにするって言ってたし、もうすぐお別れかな? 帰ったらインしてゲームできるかな? それともライブでひとりで遊ぶのかな。
歩みが遅くなった私に合わせてか、瑛介さんが足を止めた。
「あのね、瑛介さんに渡すものが」
名残惜しさとしんみりさを振り切るように、腕を解いてから小さなリュックを下ろして、中からラッピングされた箱を取り出す。
嫌がられはしないと思うけど、やっぱり緊張する。自分で稼いだお金で、親以外に買った初めてのプレゼント。
悩んで悩んで、結局日常使いできそうなものにはしたんだけども。
瑛介さんの手のひらに収まるそれを、彼はしっかりと握り直してから、私をベンチに誘う。
「ありがとな。開けていいか?」
「も、勿論」
コクコクと頷く私を笑顔で見つめてから、瑛介さんは手袋を外して私に預けた。
長い指が包装を解いて、取り出されたものがイルミネーションを反射してキラリと輝いた。
「タイピンか。センスいいじゃん」
おもむろにコートをはだけて、中に着ていたスーツのネクタイを留める指先を見つめていた。
色んなシチュエーションで使えるシルバーなんだけど、グリーンの革が表の大部分を覆っている。
「良かった! やっぱり似合ってる」
詰めていた息をホッと吐いていると、瑛介さんの手が頬に添えられて、反対の頬に柔らかなものが当たった。
(て。えっ!? ほっぺにちゅう!?)
そのまま、チュッチュッって音がっ、音がっ。何しろ耳に近い位置ですからね? こう、音を拾わないわけがないっていうか!
数え切れないキスにぼうっとなってると、耳朶に冷たい感触。
「ふえっ?」
何がなんだか泡食ってると、反対側の頬に唇が移って、もう片方の耳にも冷たい感触が。その後、唇の端を両側吸われたときにはもう体温に馴染んじゃってたんだけど、私も手袋を外してから、おそるおそる自分の両耳に触れてみた。
「イヤリング?」
鏡がないから、自分では見えないのが残念。でもせっかく瑛介さん手ずから付けてくれたんだし、帰ってからのお楽しみにしておこう。
「ん、似合ってる」
満足そうに頷いてる瑛介さんですが、渡し方! もっと普通でも良かったんですよ? あんまり人がいないし、居ても他人のことそんなに気にしてないだろうけど、市民公園で何してくれちゃってるんですかね!
顔がカッカして、めっちゃ熱い。
目を細めて笑いかけられて、嬉しいんだけどつらい。恥ずかしぬ……!
「あのー……すっごく、すっごくいまさらなんだけども」
「ん?」
「私たちって、付き合ってるんです……?」
気になってたんだけど、言えなかった。尋ねて否定されたら、どうしたらいいのかも分からない。
だけど、ここから先、そんな曖昧じゃあ不安の方が大きくなりそうな気がして。
上目に見つめてる私の前で、瑛介さんが真顔になる。
「好きじゃないやつに、俺がキスするとでも?」
(お、怒らせちゃったかな?)
「わざわざクリスマスに誘い出して?」
「そ、そうなんですけどっ」
必死の思いで、挑むように目に力を込める。
「好きです! いま一番気になってるのが瑛介さんです! でも、付き合おうかとか、なんにも言われてないし、こうして一緒に居ても、もしかしたら彼女は別にいて夜はその人と過ごすかもしれないじゃないですか……」
「俺、そんなヤツに見えてるのか」
「そうじゃないって信じたいけど、そんな経験値私にあるわけないし! なあなあでこれ以上進めないじゃないですか……」
あ、ヤバイ。必死過ぎて目頭熱くなってきた。もっと軽く確認するつもりだったのにぃ~……。
泣きそうな顔を見せないように、俯いて瑛介さんの手袋をコートに押し付けるようにして返してから、くるりと背中を向けた。
(あー……ダメ。ダメだこれはダメだ。せっかくいい雰囲気だったのに)
自分で無茶苦茶にしておいて、泣いちゃダメ。図々しいにもほどがある。
荒くなりかけていた息を調えていると、後ろからそうっと腕が回ってきた。
背中から抱き締められて、後ろ頭にぐりぐりと押し付けられているのはおでこなんだろうか。
「わりぃ」
掠れ気味に囁く声に後悔が滲んでいるような気がする。
「明里、好きだよ」
今度は耳に寄せて、耳朶を食むかのように告げられて、ギリギリ眦に留まっていた涙がコートに落ちた。
「確かにその通りだな。大人の駆け引きなんて、お前にしちゃ駄目だった」
「か、駆け引き?」
(とは?)
ゆっくり顔を上げると、いったん離れた瑛介さんが、今度は私の肩に顎を乗せてくる。
「お前が新しい環境に慣れて、心にゆとりも出来たら……同年代でイイやつ見つけるんじゃないかって思ってた。だから、それならはっきりさせずに、でも好意は隠さずにいればいいかって。そしたら、選ぶのはお前だろ?」
「そんな相手なんて……部署の人殆ど中高年だし。居たとしても、好きになるかどうかなんてわかんないじゃないですか……!」
「そうなんだけど」
「付き合って、合わなければ別れて、それじゃダメなの?」
「駄目じゃない、たぶん、お前が真っ当」
身じろぎに合わせて、首に息がかかる。
くすぐったさを越えた何かが、私を居心地悪くさせる。
「――俺がズルいの。だからごめん」
「ホント、ズルい。振られるのが嫌だったってこと、ですよね……」
(私から振るなんて、あるはずない、のに)
また顔に血が集まってきて、今すぐ走ってどこかへ逃げ出したい。
「ズルい男は嫌か?」
(そんな、また私に選ばせようとして)
それなのに、縋りつくように回された腕が、私を逃がさないって言ってるんだね。
「ズルい……瑛介さんは、酷い」
「うん……」
「だけど、好き」
「うん、サンキュ」
さっきまでしんみりしていた声の温度が変わって、様子をうかがうように耳殻を食まれた。歯を立てないように、優しく辿っていく唇が、音を立てて耳を塞いで。
「あっ、ん……」
差し込まれた熱い肉がぐるりと撫でては、ジュッという音と共に吸われて、頭が痺れて身動きできなくなる。
ぴちゃりと濡れた音があまりにもダイレクトすぎて、下腹の奥の方が疼く。
「やっ……え、すけさ……」
初めての感覚に翻弄されて、縋るように瑛介さんの腕を握り締めた。
「ハッ……あーやべ。まだ、駄目だったな」
瑛介さんの息が熱く首筋を撫でて、それから離れていく体温に寂しくなる。
手袋をはめ直してから改めて体ごと向き直ると、情欲を孕んだ目に捕らわれた。
「帰って一段落してからやるか」
ん? と伺うように傾げられた首がちょっと可愛くて、笑みがこぼれる。
「出撃、しましょう!」
うん、と大きく頷いて、立ち上がってからまた腕を巻き込むようにして手を繋いだ。
帰宅してマジマジと姿見で確認すると、銀色のイヤリングに透明な石がはまってる。
(こ、この透明でキラキラのやつって、もしかして……)
ごくんとツバを飲み、そっと外してからじっくりとチェック。裏側に【Pt950 0.1ct】って刻印あり。
「こ、これはまさか……!」
鼓動が落ち着かないままに検索して、ふわわーって腑抜けた叫び声あげちゃったよ……。
(瑛介さん、ホントごめんなさい!)
両手でイヤリングを捧げ持ち、ひとりで拝むポーズ。
(ちゃんと、気持ちこもってた)
見えなかったから、仕方ないんだけど。
お風呂に入っている間も、ずっと悩んで、でも私には瑛介さんになんて伝えればいいのか判らなくて。
ボイスチャットが繋がってすぐに、「伝わりました」って言ったときには、きっと泣き笑いの表情になっていたと思う。
――ダイヤモンド、金剛石の石言葉は【永遠の絆】
了