クリティカルなクリスマスでいこう!
五十メートル先で所在なげに佇むイアさんのすぐ脇を通り過ぎ、地面に雪玉が落下する。真っ白い地面に点々とイアさんの足跡だけが残り、薄明るいグレーの空の下、赤いコスチュームが目立ちすぎる。
だというのに、私の雪玉は当たらない……! 何故だ!
「避けちゃダメだってばー」
「一ミリも動いてないぞ。ノーコンめ」
正論に返す言葉がないですね!
クリスマスイベントってことで、一週間前からフィールドは雪景色オンリーに変わっている。
もともと雪の天候もあるにはあったんだけど、結構レアだったんだよね。足跡が残るから敵の場所が判りやすくなるんだけど、逆に足音が聞こえにくくなるという特殊マップ。
今回はそれに加えて、水面も凍っているのと、若干雪が深くて動きが制限されている。あと、武器は雪玉限定。一発当てても五ダメしか入らないのに、当てづらい。回復なしだからひたすらダメージ蓄積されるにしても、タイマンで倒すのは難易度高いと思われる。
「じゃあもう動いていいです。その代わり追いかけます!」
銃と違いすぎて、取り敢えずイアさんを練習台にしてたんだけど、まだ勝手が掴めない。こうなったら実践だ~!
「ま、頑張れ」
イアさんは笑いながらひらりと身を翻して木立の方へ向かい始めた。
私は足元の雪で新しい玉を二つ作ると、その後ろ姿を追う。
雪玉リロードには三秒。これは何気に長い。でも大丈夫!
あっという間に詰め寄って、十メートルくらいでえいやっと投げる。白いキャンバスに紅い的、今度こそはの距離なのに、ひょいと一歩横にステップしただけで躱すイアさん。
「あっぶね、流石トナカイ」
私のトナカイコス、サンタの一点五倍の速さで歩けるんだよね。その代わり角が長くて邪魔な上、角に当てられるとノーダメージだけど転んじゃうというデメリットが。
「むー。この距離でも駄目かぁ」
仕方ない、超近距離戦だ!
もう一発も躱されたので、また作り直して追いかける。
でも走ってるうちに追いかけるのに夢中でそのままタックルかましてしまった。
「捕まえたー!」
ドサッと二人で雪の上に転がる。
「わっ! 何やってんだマメ……」
途中から気配を察してジグザグに避けていたイアさんだったけど、木立に逃げ込む前に捕獲完了です!
ゴロンと転がったまま隣を見ると、防具無しのイアさんのご尊顔。イケメン。アバターもイケメン。眼福です。
「マメさんよ、これじゃ練習になんねえ」
「よく考えたらイベントって楽しむためのものだから、別に勝たなくてもいいかなって」
(当てるの難しいから諦めたわけじゃなくって、イアさんと一緒ならなんでも良くなってきたって言ったら駄目かなあ)
「やるんならリアルでやってくれ」
イアさんもこっちを向いて、アバター同士見つめ合う形に。吐息混じりの声がまた私のハートを鷲掴みです。色っぽいです。
「リアルでタックル?」
「但しもうちょいソフトに」
「ソフトに」
つまり?
(つまりそれって抱き着いていいってことですね!?)
クスクス笑うイアさんの声を聞きながら悶えている間にエリア収縮に追われて呆気なくリタイアした私たちなんだけど、そんなの気にならないくらい充実した一戦だったような気がしたりしなかったり(個人の感想です)。
待機画面のロビーには、ド真ん中に大きなクリスマス・ツリー。その足元には沢山のギフトボックス。キラキラ綺麗な画面内に、茶色いトナカイの私とサンタのイアさん。
「週末、出掛けられるか?」
「金曜日です?」
今年は金曜日がクリスマスだ。
「そう」
タイミング良く頷くイアさんのアバター。
「仕事終わりなんて初めてじゃないですか……! 勿論オーケーですっ」
拳を握り締めて、力強く頷く私。
「あんまり遅くならないようにはするけど、イルミネーション観に行くか」
「行きたーい!」
「よしよし、楽しみにしとけ」
そばにいたら頭でも撫でてそうに微笑ましげな声で告げられて、場所と時刻を決めてからログアウトした。
真っ黒になった液晶に、だらしない私の顔が映ってる。
(だってクリスマスだよ? 何このリア充イベント!)
ひとしきりニマニマとその日の瑛介さんを妄想してから気付く。
(ちょい待ち。もしかして、プレゼント手渡しフラグもある? え? 私何用意すればいいの?)
慌てて検索を始めた私、翌日寝不足気味だったのは言うまでもないのであったよ……。
【おまけ : もうちょっとだけ練習する二人】
「そんなに言うならお手本見せてくださいよー! ブーブー」
「口に出してブーブー言うやつ初めて見たわ」
と言いながら、雪玉作るインスパイア。
「いいか、このマップは無風だ。てことはだ、計算上は、」
インスパイア、曲線を描くようにマメマメの方向に雪玉を投げ上げる。
「角度良し」
雪玉を追って上を見上げるマメマメ。
「やーん! 空が白いから目標見失いましたぁ!」
「こっち見といた方がいいぞー」
言うか言わないかという瞬間、雪玉がマメマメの顔面直撃。
「ぎゃぼっ!」
「だから言ったのに」
「言うの遅すぎますから!」
「という訳で、理論上は止まっている時に当てるのは簡単だ」
「ええー!?」
ムキになって練習したマメマメがようやく投げ方を会得した頃には、期間限定のためにそこまでやりこまなくてもと言えなくなったインスパイアでした。




