今でしょ!
瑛介さんに促されてセンターを後にする。別に急かされたわけでもないけど、なんとなくふわふわしていて自分でもどこをどう歩いたのか記憶にない。気付いたら遊歩道で瑛介さんに手を引かれていた。
(ん? 手?)
左手がすっぽりと瑛介さんの手の中に。
ちょっぴり骨ばっていて、指が長くて節がはっきりわかる、大人の男性の手。
(えぇぇっ!?)
なんでどうしてこうなった?
(いやもちろんまったく嫌とかそんなわけないんですけどもっ)
足を止めそうになった私を、瑛介さんが不思議そうに振り返る。
「どうした?」
「えっ……と。いえ、なんでも」
その表情は、なんていうか凄く当たり前の日常動作ですよー的な雰囲気で。
そっか、私と手を繋ぐのって当たり前なんだ? てな感じですが、多分だけど危なっかしいから手ぇ繋いどかねえとな的な、親子? 保護者? 的な意味合い強いんだろうなーなんて考え直してみればストンと納得しちゃうわけで。
なんかでも、どんな風に思われていても一緒にいれて嬉しいなって、素直に思っちゃうわけですよ。少しばかり複雑ですけどね?
でもって、まだそんな大した時間も経ってないし、次はなにするのかも気になるし、このまま駅に戻ってお別れは嫌だなとかも思っちゃうわけで。
いつもは履かないヒールのサンダルが、今更ながらに恨めしくなってくる。
自転車漕いでるときは気にならなかったけど、沢山歩くとちょっとつらい。センターに行くときよりかはゆっくりめに歩いてくれてるけど、バランス崩したらクキッて足首捻りそうでスピードアップできない。隣に並べたら、少しは保護者っぽく見えないかもなんて愚考するんだけども。
(並べない、な)
勝てなかったことよりも、そっちの方が悔しい。
いつの間にか民家が点在する通りに出ていて、道沿いの割と大きめな建物に瑛介さんの足は向かっていた。
シルバーとブラックの箱型の建物に赤味の強いオレンジで英語の店名が書きなぐってある。
どうやらライブハウスのようだ。
(なんだか意外)
私はそういう場所には近付いたこともなくて、戸惑いながらヨチヨチと付いていくのみ。
箱型の外観に空いている小さな小窓の下には、黒板に書かれたメニュー表。トロピカルなドリンクの写真を切り抜いてあって、どれも美味しそう。
だがしかし! え? ドリンクなのにお札いるの?
新米社会人にはちょっと酷なお値段設定ですよ……。
「好き嫌いあるか?」
足を止めた瑛介さんの斜め後ろでビビりまくっている私を振り返る瑛介さん。
「特には」
ぶんぶん首を振ると、小窓の向こうに発注してさっさと会計して、出来上がったドリンクを一つ私に持たせてから自分も手にして、少し離れたところにあるスイングドアをくぐって店内へ。
会計の時以外手を繋いだままってのがポイントです。私、そんなに危なっかしいでしょうか!
(借りてきた猫状態だけどさ)
背凭れも座面も華奢な椅子に私を座らせてから、丸いテーブルの向こう側に落ち着いた瑛介さん。もしやこういうのをエスコートって言うんでしょうか!?
なんだか流れるように動かされてる気がしないでもない。操られてるみたい。
ちょっと汗ばむ気温の外と比べてひんやりした空気が流れている。室内も仄暗い感じで、開けた空間に結構距離を取ってテーブルが点在している。
奥にステージっぽい段差と音響設備が見えるから、一時的にカフェみたいにしてるのかな。
トールサイズのプラカップを両手で握ったままキョロキョロしていると、テーブルの下で足を小突かれた。
「とけるぞ?」
ハッと対面を見ると、呆れたように瑛介さんが笑っている。
うっ。恥を晒してしまった!
「い、いただきますっ」
改めてカップを見ると、太めのストローが刺さっていて、生クリームが絞ってある隙間にフルーツらしきものがちらほらと。
これはもしやとストローを持ち上げてみると、先っぽがスプーンになってるやつだった。
(よし!)
まだ何なのか分かっていないフルーツ(色からして多分マンゴー)と生クリームを一緒に掬い、「はい」と瑛介さんの口の前に。
テーブルがとっても小さいので余裕で届いちゃいます。
「ん?」
「あーん」
憧れのシチュエーション。今やらずしていつやるの!




