サンドイッチという名の由来とサンドイッチ伯爵という人
サンドイッチ(サンドウィッチ)は皆様ご存じだろう。
パンに具材を挟んだ軽食である。
サンドイッチ伯爵にちなんで名付けられた話は有名であるが、筆者がこの話を最初に知ったのはジャポニカ学習帳のこぼれ話的なページで読んだ時であった。
そこに記載されていたものを要約すると、「イギリスの貴族であるサンドイッチ伯爵がトランプ遊びに熱中しており、トランプ遊びをしながら食べられるように召使いにパンに肉を挟んだ物を持ってこさせたのがサンドイッチの始まりです」と言った内容であったように記憶している。
皆様におかれましても、大凡このストーリーで記憶している方が多いのではないだろうか。
あるいはトランプ遊びではなくもっと具体的に「賭博」と言った生々しい感じで書かれているものが最初かも知れない。
さて、もちろんのことであるが、サンドイッチ伯爵がトランプ遊びに熱中して召使いにパンに肉を挟んだ物を持ってこさせたのサンドイッチと言う料理の始まり……なんてことはない。
パンに具材を挟んだだけの単純な料理故に、それこそサンドイッチと言う料理自体は古代ローマや古代エジプトの時代から記録が残っている。
第四代サンドイッチ伯爵が活躍していた時期は西暦1700年代なので、パンが食べられるようになってから数千年が経っているのにもかかわらずパンに具材を挟んだ料理が発明されないなどと言うことはあり得ないと言っていいし、そもそもロンドンの軽食屋では「パンと肉」と言った名前で売られていた記録もある。
しかしそれだけありふれた料理であったがために、逆に明確な名前が付けられることも無かったというわけだ。
では、パンに具材を挟んだ料理は、何故サンドイッチと呼ばれるようになったのか。
結論から言えば、「サンドイッチがサンドイッチと名付けられたのは、サンドイッチ伯爵が国民から人気がなく、あることないこと言われ続けたから」である。
訳の分からない結論から先に言うチコちゃんスタイルはとりあえず置いておくとして、実際のところを見ていってみよう。
サンドイッチの由来となった人物は英国貴族ジョン・モンタギュー(1718年~1792年)であり、第四代サンドイッチ伯爵である。
ちなみにサンドイッチ伯爵家は現代まで続いており、1960年代に一度アレクサンダー・モンタギュー氏が爵位放棄(当代のみの一代放棄)をして平民となったものの、1990年代にアレクサンダー・モンタギュー氏が死亡したことによって爵位復権し、現在に至っている。
さて、この第四代サンドイッチ伯爵であるジョン・モンタギューであるが、とにかく国民から人気がなかった。
65歳前後の時に海軍大臣を辞して政界から引退した際にも、民衆からは引退を大いに歓迎され、町中で拍手喝采が起きたほどである。
若き頃から主要外交の全権大使として派遣され、その後は軍の要職を歴任することとなったエリートであるはずの彼は何故人気がなかったのか。
それはひとえに、彼がスキャンダラスな人生と共に歩んでいたからと言える。
サンドイッチ伯爵は若い頃から「地獄の火クラブ」と言ういかがわしい遊び場で遊び惚けていたり、その遊び場が告発された際には陣頭指揮を執って告発人を逮捕・投獄したり、他にも軍の物資を横流しして時の英国国王ジョージ三世からめっちゃ怒られたりとやりたい放題であった。
特に「地獄の火クラブ」に関する出来事については国民から大きく不満が噴出し、当時流行していたオペラの人気演目でサンドイッチ伯爵の事を痛烈に皮肉っているほどである。
まあそんなわけで国民からの人気は全くなかったものだから、ゴシップ誌の記者から政治に批判的な作家まで、サンドイッチ伯爵の事を好き放題に書いていたわけであった。
そんな中にあって1760年代頃にとあるゴシップ記事が出回り始めた。
要約すると大体次のような内容である。
「サンドイッチ伯爵は国務もせんと賭博場で一日を過ごしとるんや。朝から晩まで寝る暇も惜しんでギャンブルに夢中になっとるもんだから、ゲームで遊びながら片手で食べられる食べ物としてパンに牛肉を挟んだものを発明したんやで。サンドイッチ伯爵が発明したこの新しい食べ物は、今ロンドン中で大流行しとる。この食べ物は発明した伯爵の名を肖って、サンドイッチと呼ばれてるんや」
この記事が出回り始めた辺りから、ロンドンでは「パンに具材を挟んだもの」=「サンドイッチ」と言う言葉が定着していく。
最初は賭博場の中で売られる軽食から始まって徐々にロンドン中の軽食屋やパン屋で売られ出し、最終的には上流階級のサパーとしても浸透していった。
1800年までの間にはサンドイッチと言う言葉は完全にロンドンに定着したと言っていい。
その後はロンドンから羽ばたいて急速に広がり始め、いつしか明確な名前のなかった料理はサンドイッチとして世界を席巻していった。
産業革命の勃興によってサンドイッチのような軽食が大流行したというのも追い風であった。
さて、一方のサンドイッチ伯爵であるが、サンドイッチと言う名前が広がり始めた当時は海軍大臣と言う要職に就いておりその生活は多忙を極め、賭博場に入り浸る暇などなかったであろうと言われている。
そもそもサンドイッチ伯爵が「パンに具材を挟んだもの」を作らせた記録やそれを好んで食べたと言う記録はどこにもなく、本人がこの食べ物について言及した記録もない。
つまり「サンドイッチ伯爵が召使いに命じてパンに肉を挟んだものを作らせ、それを自身の伯爵名を冠したサンドイッチと名付けた」可能性は極めて低く、どちらかと言うと「サンドイッチ伯爵は賭博場に入り浸ってるんスよ。それで、飯食う時間も惜しいんでパンに具材挟んだものばっか食ってるんスよね。全く、とんでもねえ大臣っスよ」と言った不名誉な命名のされ方をしてしまったというわけだ。
サンドイッチ伯爵の名誉のために付け加えておくと、ジョージ三世からは怒られたものの一回国務大臣を罷免された程度ですぐに政府の要職に復権しており、また、事業面でもキャプテン・クックの太平洋探索を支援したり音楽家を支援したりして、割と順風な貴族生活を送っていたと言える。
英国貴族がどんどん消滅していく中で現代まで貴族として残っているのだから大したものである。
余談ではあるが、サンドイッチ伯爵は実際にサンドイッチ地方の領主として働いていたり領土を持っていたわけではない。
日本の戦国時代によくみられる「出羽守」や「安房守」と言った地名官位と同じく、「実際にその地方を治めているわけではないが官職として機能している」爵位名である。
無論日本のそれとは違い世襲制の爵位であるが。
そして当代サンドイッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏であるが、なんと「アール・オブ・サンドウィッチ」と言う名前のサンドイッチチェーン店を経営しているのである。
当初本人は「祖先にまつわる不名誉な記録」と言うことで乗り気ではなかったが、次男の説得とレストランチェーン店経営者の熱意に打たれ、2004年から事業を始めた。
第四代サンドイッチ伯爵が当時食べていたとされるサンドイッチ(だから、当時サンドイッチ伯爵がサンドイッチを食べていたという記録はないって言ってるでしょうが)は、フロリダ州にあるウォルトディズニー・ワールドリゾートで食べることができる。