信頼
試合が始まった。
2対1というハンデ付き。
元村、八城ペア対中寺先輩。
これは勝たなければならない。
ルール的にも。
ソフトバレーはまずサーブから始まる。
サーブは譲ってくれた。
まだ初心者だからね。
そうは言っていたが、サーブも中々難しい。
ただボールを打つというだけかもしれないが、強いボールを打たなければ取られてしまう。せっかくの攻撃が意味をなくしてしまう。
とは言え初心者。
入れば良し。
俺の上から打つ入っとけサーブから試合が始まった。
中寺さんは簡単にボールを返してくる。
ルール上は3回で返せばいいらしいが、今回に関しては特別ルール。
中寺さんは1回。俺らは3回。
コート奥、ギリギリに返してきていた。
1人とは言え侮れない。
そこは守備範囲内。
俺はボールを上げる。
後は士があげてくれるかどうか。
士はボールの落下地点に素早く移動し、綺麗にあげて見せる。
腕を使うのではなく、両の手のひらで。
授業で習ったことがある。
オーバーハンドパス。トス?
ボールは助走の入った俺の方向へ上がった。
中寺さんのいない方向に打てばいい。
右に位置取っているから今は左。
ボールを打つと中寺さんはボールの正面に移動していた。
ネットの前ギリギリ。
ボールは自陣へ返り地面に落ちた。
俺もそれなりに反応はいい方だと思うが、
中寺さんも負けてはいない。
「バレバレだよー!」
明るい声が響き渡る。
「バレバレですか…」
「目線、体の向き、腕の振り方、
どれも正直だね!スパイクは上手!すごい!」
一瞬の攻防の中、分析をしっかりとこなしていた。
そして最後には褒めてくれた。
「よくそんなに見えますね。俺だったら感覚で飛びついちゃってますよ。」
「あっははー!ま!経験の差だよね!」
元気が良い。
「先輩が強いことは分かりました。」
冷静な士。
試合は熱くなるモノだが、士に熱量を感じない。
あの時の本への熱量はどこへやら。
0-1
中寺さんのリード。
次は中寺さんのサーブから始まる。
ボールを宙に上げ、まるでスパイクの様なサーブが士へ向かう。
1回目が士の場合、3回目も士。
なるほど考えて行動している。
士はボールを上げた。
俺よりも上手いよね。レシーブというやつ。
負けじとトスをする。
もちろん対抗してオーバー。
士はボールを打つ。と思わせコートの前へ落とした。
中寺さんもさすがに取ることはできなかった。
熱量が見えないからこそ、相手に読まれにくい。
体の向きや、腕の振り方、表情も分かりにくい。
「これで同点。すぐに追い抜きます。本のため。元村さんにも点とってもらわない困ります。」
言葉は冷たかった。
しかし目は燃えていた。
熱くなっているんだ。大好きな本のために。
しかしプレイは冷静にこなす。
クールだ。女子だがカッコよく見えてきた。
1-1
士のサーブ。
下打、アンダーサーブ?
ボールはコート右奥ギリギリに落ちようとする。
「いいところ狙う!」
中寺さんは嬉しそうにボールを返す。
「元村さん!」
士の声で自分が1回目に行くと言うことに気付かされる。
ボールは綺麗に俺の出番まで回って来た。
普通に打つだけでは中寺さんには勝てない。
前に落とすのはさっき司がやったから…
右手で打とうとしていたボールをわざと空振り、左手で打ってみせた。
中寺さんは驚き、一歩も動いてはいなかった。
前回の寧捻さんたちと試合した時も右手で打っていた。
そこまでも予測の素材になっているのであれば、新しい素材を提供すればいい。
少しの動揺でも隙にはなる。
「いやー、驚いちゃったよ…八一くん左でも打てるんだ。」
「何となく右手で打ってましたけど、左は反則とかありますかね…」
前回のオーバーネットの事もある。
「いやいや!体のどこで返してもバレーはOK!右で合わなかった時に、咄嗟に左で返す人もいるよ!でも八一くんはまぐれでも、反射でもなかったよね!」
点を決めたのはあくまでこちらのチーム。
しかし、作戦は見事に見破られた。
上手くいったはずなのに、何か嫌な感じだ。
次からこの手は決まりにくいだろう。
2-1
続けて士のサーブ。
次は左奥を狙う。
「じゃあこれならどう…かな!!!」
中寺さんはボールを高く上げて返す。
ここの体育館は広い。故に天井も高い。
柔らかいボールでもここまで高く上げる事ができるのか。そう言う高さ。
ボールは士に向かう。
レシーブは士の方が上手い。
緩やかなこのボールは任せておいてもいいだろう。
落下地点に入りオーバーハンドで取ろうとするが、ボールは手を弾き、地面へと落ちた。
「眩しい…」
士は眉間にシワを寄せる。
この広さの室内を満遍なく照らすには数多くの照明が必要となる。
高く上がったボールを追うには、長時間天井を見る事になる。
だからこそ照明も目に入る。
「さっきのお返しだよー!つかちゃーん!」
この人は可愛い顔して、怖いんだから。
士も可愛らしい顔が台無し。
なんかすごい怖い顔してる。
ここは何か声をかけてあげなければ。
「士、上手くあげなくていいよ。ボールが高く上がればいいから。」
「上手くあげないと、元村さんが私にまで繋いでくれないじゃないですか。」
信用されていなかった。
「…まぁ、どうにかして士まで上げるからさ。あんま怖い顔するなよ!」
「分かりました。」
2-2
「もういっぽーーーーーーっん!」
同じ軌道でボールが士に迫る。
士は眉間にシワを寄せ眩しそうにしている。
「上がればいい!」
俺が声をかけると手のひらではなく、腕でボールを上げた。
ボールは俺には返らずあらぬ方向へ飛んでいく。
「元村さん!」
上がれば追いつける。
コート外に飛んでいくボールを瞬発力で反応。後は上手く上げる事。
「八一くんすごい…ボールが上がる前に動き出した…」
「士!打てよ!」
「な、何を…!」
「ボールだよっ!」
相手コートは背の方向。
振り向いて手であげてたら中寺さんにまた取られるか?
だったら…
士の様に腕でボールを上げる。
腕はフルスイング。しかしボールは士が打つ場所へ。
攻撃の様なスピードでボールは士ヘ向かう。
「…!」
士は上手く打ち、相手コートに叩きつけた。
「こ、こんなの!上手く打てません!」
士は少し怒り気味で声を張る。
「でも、この速さがあれば中寺さんには取られない。」
「でも…」
「士は上手く打ってくれたじゃないか。
さ、後2点だ。」
3-2
試合は後半を迎える。