刺客
「あの人…ぼくの居場所を奪おうと……」
眼鏡女子は涙目で訴えてくる。
何が何やら訳分からん。
「はぁ…中寺さん、入ってきてください。」
「はーーーい!」
元気よく返事をすると綺麗な行進をして教室に入ってくる。
「何かな!入ってくれるのかな!」
あなたが教室に入るという話で、俺が部に入るという結論は出していない。
「その前になんでこの子を脅してるんですか?」
「脅してるなんて辞めてよー。私はただつかちゃんの読んでる本を廃棄しようと思ってるだけだよー。」
この人、2周回るくらい予想外な人だな。
「いや、それ教育委員会ものですよ。」
「あーごめんごめん!正確にはわたし図書委員でね。つかちゃんがいつも読んでる本があるんだけど、貸し出しの数も少ないしそろそろ新しいのと入れ替えようと思ってるの。そしたらつかちゃんが、どーーーしても残して欲しいって言ってきたものだから、私のお願いも聞いて貰ったわけ!」
ふんぞり返り自慢そうに話をする。
「あの本、好きなので…」
眼鏡女子は予想通り図書室の隅で本を読んでいる女子であった。
髪の毛はショートだが。
「で、入らないわけですが?どうします?」
迷ってはいるが少し強気に出て見ることにしよう。
「こ、困りますっ…!」
困ってしまったのは、つかちゃんと言う眼鏡女子だった。
確かにここで1番困るのはこの子だ。
ソフトバレー部は人数が足りないということだが、どうにか練習はできるだろう。
しかしこの眼鏡女子は唯一の物、そして唯一?の居場所が無くなってしまうかもしれない。
「私の居場所が…居場所が…」
座り込み頭を抱え込む。
この世の終わりの様に。
本なんて買えば良いだけの話。
何か思い入れでもあるのだろうか。
そこまで落ち込む理由を知りたくなってくる。
「つかちゃん、つかちゃん!八一君はね!付き合ってあげるって言うとお願い事聞いてくれるんだよ!」
「何にですか…?」
「八一君に!」
ん?これはハーレムルート突入なのかな?
青春が始まってしまうのか?
「じゃあ…ぼくも付き合います…!だから…!」
突入。
2人もの女子から求められている俺はなんて罪な男なんだ。
俺ってもしかしてかっこいい?
自分を過小評価し過ぎていたのかな?
もっと攻めていいタイプなのかな?
自問自答を繰り返している中、
その場は静まり返っていた。
しかしその時間は長く続かなかった。
「分かりましたよ…。じゃあ何か勝負しましょう。」
このバトル漫画にありそうなセリフ。
中寺さん、それは俺が言うセリフなんですよ。
真剣な顔をして中寺さんは提案する。
「ソフトバレーで私に勝ったらもう何も言わないからさ。勝負しようよ。」
ボケなのではないかと疑ってしまいたくなる。しかし、中寺さんの表情は至って真剣だった。
しかしこれは、不利な提案だ。
俺にメリットがない。
そして、ルールはソフトバレー。
「受けるメリットがないんですけど…」
「私に勝てばもう何も言わない、プ・ラ・ス・し・て!付き合ってあげると言う約束も守ります!」
「ありがたい提案ですけど、バレーで中寺さんに勝てる気がしないんですけど…」
それを聞いた中寺さんは、
良い案が思いついたかの様に手を叩く。
「わたしVS八一君、つかちゃんペア!1対2!そっちは3回までに相手コートに返す。わたしは1回。5点マッチ。これでどう!?いい感じじゃない!?」
なるほど。1回で返すと言うことは、あの速すぎボールを打つことはできないわけか。
そしてこちらはボールさへ上げることができれば攻撃することができる。
つまりは一方的に点をとっていけるかもしれない。
「なるほど、その提案なら受けても良いですね。」
「あのぉ…わたしとの約束は…」
眼鏡女子が恐る恐る質問をする。
確かに。眼鏡女子がこの勝負を受けるメリットが今はない。どっちが勝っても本は廃棄。
少し考えた後、中寺さんは何かを思いつく。
「それなら2人が勝ったら廃棄の件もなかったことにする!」
のっそりと眼鏡女子は立ち上がった。
かがみこんでいた、いや床の一部になろうとしていたあのナメクジの様な姿に、後光が刺す。
「……ましょう…やりましょう…!
そして勝ちましょう!ぼく、頑張ります!元村さんもやりますよね!」
図書室の隅でいそうな雰囲気はどこへやら。闘争心に溢れかえるその姿は、まるで水を得た魚。
意味というよりかは生き生きとしているという表現をしたい。
「決まりね!今日はバレー部がオフの日だからすぐにコートは使えるよ!じゃあ体育館で待ってるよ〜〜〜!!!」
中寺さんは颯爽と廊下へと消えていった。
気がつけば教室には俺と眼鏡女子の2人きり。
興奮冷めあらぬ1人と気まづそうな1人。
謎の空気感に包まれる
テンションの違い、そして初対面ということもあり何を話して良いか分からない。
もし彼女ができたらこんな感じなのかな?
わたし!買い物楽しみなの!
俺、買い物に付き合わされるの嫌いなんだけど?
そんなテンションの違いから会話が少なくなったりするのだろうか。まぁ付き合ったこともないのだから悪魔で妄想の中の話だが。
現状、何を話して良いか分からなくなる時点で俺にはまだ彼女を作るというのは早いのか。
加えて言うと、某夢の国でも待機列に並んでいるあの時間が勝負だとどこかで見たことがある。話が続かなければ、この人はつまらない人だと思われる。らしい。
恋愛って難くね?
とりあえず何か話すとしよう。
できる男への一歩を踏み出すとしよう。
「とりあえず、体育館…行く?」
ぎこちない一言をかけてみる。
「そうですね…では体操着に着替えた後、現地で…」
眼鏡女子は教室を出て行く。
足取りは少し力強く感じた。
気弱そうな口調とは違い、
気持ちには気合が入っているのだろう。
さて、俺も体育館へ行くとしよう。
ちなみに今日は体育の授業はなかった。
体力としては十分に残っている。
これからの模擬的な試合では本領を発揮することはできるだろう。
自分の為だけではない、あの眼鏡女子の本を守るためにも戦わなくてはならなくなった。
少年漫画的には他人の為に何かをする時、力は発揮されるらしい。
少年漫画って例えやすいな。
この流れは勝てるかもしれない。
そう体育がなかったからこその体力の温存。
体育はなかった。
つまり体操服はないのだ。
威勢よく行きたいところだが、制服のままでは上手く動くことはできないだろう。
「ということでユニフォーム貸してください。」
場所は体育館。目の前には中寺さん。
そう、体操服がない俺は誰かに借りるしかない。しかし、友達がいない俺としては借りる術もない。
頼るものはただ1つ。ソフトバレー部は部活動。そして古都波学園運動部は強豪。ユニフォームの1つや2つ持っているだろう。
「いいよ!ちょっと待っててね!」
中寺さんは急ぎ足でコート近くの倉庫へ走って行く。
推測通りユニフォームはあるらしい。
さすが強豪校。
中寺さんが帰ってくるのは早かった。
その手に持っていたユニフォームは斬新としか言いようがない
漆黒のユニフォーム、学校名も黒くほとんど見えない。番号は白く目立っている。だからこそ学校名はほとんど見えない。
これはユニフォームとしていいのか?
「じゃあこれ着て来てね!」
渡されたユニフォームを持ち更衣室へ向かう。
ユニフォームに袖を通し何かテンションが上がる。
何事も形から入る人の気持ちが少しわかる気がする。
黒だからこそシルエットが際立つ。
スタイルをよく見せてくれる。
鏡の前の自分につい見惚れてしまった。
さて世紀の第一戦。
俺史上最大の分かれ道。彼女ができるか否か。
更衣室からコートへと向かうと、そこには準備万端な2人が待っていた。
コートに着き準備運動を軽く済ます。
横にいる眼鏡女子の表情は見えないが、闘志で溢れかえっていることだろう。
「ぼく、八城士って言います。」
そう言えば名前聞いてなかったな。
なるほど、士だからつかちゃんと言うことか。
「OK士。俺は元村八一。さぁやりましょうか!」
拳を士へ突き出す。
士は正面を向き試合が始まるのを待っている。
俺の拳は見事にスルーされた。
ユニフォームで拳を突き出す1人。
他、体操服で平常。
あれ?俺だけ浮いてね?
区切りの良いところまで良いところまで。と書いていたら長くなっちゃった。