97話 小鳥です
朝食をとりにソフィアと一緒に教会寝所の広間へ行く。
もちろんクロちゃんは私の後ろと付いて来ているし、インコになったビーちゃんは私の肩に乗っている。
夢でなくて良かった。
ふふ、小さくともモフモフが2倍になったと考えていい。
先ほどから何やら外のテントで寝泊まりしている騎士団と護衛官がざわついている気がするのだけれどなんだろう。
代わる代わる窓からこちらを覗いて、私と目が合うと大げさに隠れてしまうのだ。
大きい教会ではないのですぐに広間に到着するが、廊下や部屋の窓にはコソコソと騎士達の頭が揺れているのが見える。
朝から一体何事なのだろう。
テーブルについて朝食の用意を待っているとラーラが話しかけてきた。
「おはようございます。シャルロッテ様。いい朝ですね。ひとつ伺いたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「おはようラーラ。どうかしましたか?」
彼女は窓に一瞬眼差しを向けてから私の肩に乗るビーちゃんに目を止める。
「その肩に乗せている小鳥の事なのですが、それはどこで、いつからおそばにいるのでしょうか?」
「昨日の夜に部屋に来たので名前を付けて飼う事にしたのよ。ビーちゃんっていうの。よろしくね」
ラーラによろしくというと焼き鳥にしますか?とか返事が返ってきそうで怖いが、他に言いようがなかった。
ビーちゃんは小さいし食べる部分は少なく見えるのでその心配はないと思いたい。
私の返事を窓で盗み聞いていた騎士のひとりが絶望の声を上げている。
「はあ、やはりそうでしたか」
ラーラがちょっと溜息をつくような残念そうな顔をした。
「問題がありましたでしょうか?」
「いえ、不寝番をしていた騎士達は今まで『鼠一匹見逃さない』と豪語しておりましたのですが、まあなんですね。小鳥が入り込む隙があったことで自信を無くしたというか何というか」
ごにょごにょと言いにくそうにしている。
そうか、水も漏らさぬ警備をしていたにもかかわらず、私が部屋から小鳥を連れて出てきたら、それはおかしなことに違いない。
窓から入ったにせよ扉から入ったにせよ煙じゃないのだから、ある程度の空間が空いていたはずなのだ。
ちゃんと仕事をしていた人達に悪いことをしてしまった。
「あ、ああ、どうやら私物入れのバスケットに潜り込んでいたようなの。寝る前に開けたら小鳥がいたので私もびっくりしたんです! 昨日の祠で潜り込んだのかしら?!」
窓の外にも聞こえるように大きな声で言ってみた。
苦しいが咄嗟に出た言い訳にしてはいいんじゃないかな。
ラーラは少し訝しげな顔をしたが、納得をしてくれたようだ。
「シャルロッテ様がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。覗き見ている不届き者達も落ち度がなかったことになりましたが、一層の精進をして欲しいものですね」
冷たい視線を窓に投げかけると、チクリと嫌味を添えている。
あまり良くないことではあるが、ある程度の爵位があると黒いものも白だと言えば周りは合わせてくれるのだ。
まあ今回は実際、不寝番のせいではないので仕方がない。
ラーラにしてみたら、手を抜いて護衛に当たったようにしか見えなかったのだろう。
彼女も誰も悪くないのだ、いや不用意にビーちゃんを連れて出て来た私が悪いのか?
ビーちゃんはラーラの反応は置いておいて、女性陣に好評である。
小さくて可愛くて綺麗なものを嫌いな女性はまずいないのだから。
学者が皆の朝食が終わった頃にやってきた。
ソフィアや召使い達が朝の仕事をする中、私はソファに移動してクロちゃんとくつろいでいる。
「あらあら、毛むくじゃらさん。のんびりしすぎじゃないかしら?」
ビーちゃんを指に止まらせて遊びながら、ヨゼフィーネ夫人はいつもの通りそんな風に息子をからかっている。
「こういう小さな寝所では朝食はずらした方がいいんですよ。皆が同じ時間にテーブルについたらイスが足りなくなってしまいますね」
欠伸をしながら暢気にそう返事をしている。寝坊の言い訳としては上等だ。
「おや? その小鳥は?」
「シャルロッテ様の新しいペットですって。昨日潜り込んだらしいわ。すごく人に慣れてるし私も王都に戻ったら飼おうかしらね」
「……。同じ鳥は難しいかもしれないですね」
意味ありげに沈黙を挟んでいる。
学者はソファでクロちゃんと遊んでいた私に声をかけた。
「仔山羊の次は小鳥ですか?」
声にはどこか愉快気だ。
「小鳥のビーちゃんです。ギル様も仲良くしてあげてくださいね」
少し後ろめたさがあって視線を反らしてしまう。
「ビヤーキーのビーちゃんですか。蝙蝠の羽はどうしました?」
学者にはバレているようだ。うーん安直なネーミングだったかも。
「そのままでは刺激が強いので……」
「なるほど」
意外だが、学者はあっさりと引いてくれた。
後でゆっくり見せて下さいという言葉はあったが。
「こう、蜂の様に胸部と腹部に分かれていてその間にはくびれがありました。触った感じは人の皮膚とかわらなくて……」
その後、私は学者に散歩のていで外に連れ出され、昨夜のビーちゃんの姿の説明をすることになった。
狭い教会寝所では話は筒抜けになってしまうし、それはあまりいい事ではないと学者も判断したのだろう。
「記述の通りですね。それで何故ビヤーキーが小鳥になっているのでしょうか?」
「ちょっと見た目が怖いからかわいくなってもらったんです」
かわいく……。と学者は繰り返し呟いた。
「そんなことが出来るのですか。では、少しだけ元に戻っていただくことは出来ないですか?」
「どうでしょう?ビーちゃん出来る?」
肩に止まっているビーちゃんに話しかけるとブンブンと頭を振った。
「出来ないみたいですね」
「ビヤーキーは人語を解すると言いますが、実際に言葉は通じていますね。うーん体長は2、3メートルと巨体のはずなのですが、何故こんなに小さいのでしょう。ああ、呪文を一部しか唱えなかったから? いや、元々召喚されて祠にいたという方が現実的だ。あの寂れ具合と共に実体を無くしていった可能性の方がありえるか……」
ブツブツと考察をする為に思考の沼にはまっている。
そんなに考えなくても可愛いは可愛いでいいのに。
考える事の多い学者は大変なのだなと思う。
「神話の生き物が姿を見せないのは、消えてしまったのではなくて違和感のないものに紛れているのか。では思ったより多くのものが現存していると考えてもいい」
彼のスケッチブックには新たに私の口述によるビヤーキーの姿とかわいいインコが並んで加わった。




